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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
17 *膨張/Overflow*3
 ようやく意識が戻った絹夜に対し、ユーキは指を突き付けて厳しく言った。

「とりあえずは三日、絶対にオクルスムンディを使わないでください!」

 ベッドに腰かけぬれタオルで顔をふく絹夜を全員で囲むようにしている。
 まるで責められているようで絹夜は釈然としなかった。

「以前より断然悪化しているかもしれません。
 少なくとも、オクルスムンディは視線という直線状に魔力をたたきこんで相手の動きを封じる邪眼。
 しかし送る魔力量が調節できなければ使えないのも同然です!
 気づいていてわざと知らないふりをしましたね」

「魔力補正は控えていた」

「言い訳になりません。魔力補正も使わないでください。
 二週間、ただの教師として生活していてください。
 ただでさえあなたは聖魔混在といわれる奇妙奇天烈なバランスの上で成り立っているのです。
 崩れてしまってはあなた自身のオーバーダズまで失うことになりますよ」

「三日か……」

「そのあともう一度診断して様子を見ましょう。
 安静すれば元に戻るようなら少しほおっておけば自然と魔力や聖力のバランスが戻るものなのかもしれませんしね」 

 本当だったらごねてそんな約束取り付けられたくないのだが、
 少し責めるような批難の目で囲まれては反論する気分にならなかった。
 なんだかんだでつまらない約束をしてしまった。
 ため息をつく絹夜を中心にテキパキとユーキが全員に指示を出す。
 このことは内密だ。
 もしギーメルに気がつかれたら危険な状態になるかもしれない。
 それに、魔力供給が断たれているということは彼の魔力を媒体としているレオやジョーのオーバーダズも封印されたも同然。
 最も頼りになるのは魔力供給を必要としていない銀子だけになったということだが、銀子自身はそれに気が付いておらず、
 しかし図に乗ると腹が立ちそうなので絹夜は黙っていることにした。
 そうして今日はほかに何も出来ることがなくなり解散となる。

「レオちゃん、そんなぼろぼろのカッコで大丈夫? ジャージとか着たほうがいいんじゃないの……?」

「夏なんだからいいんじゃないの、開放的で。
 それより、絹夜こそ大丈夫なの? 足元定まってないけど」

 ずるずるとあからさまに体調悪そうに歩く絹夜に肩を貸しているジョーは首を振ったが絹夜は青ざめた顔をしていった。

「大丈夫に決まってるだろ」

「きぬやん、この状態で言っても冗談にしか聞こえないよ」

 それも笑えない冗談だった。
 そんな様子じゃバイクで帰るのも無理だろう。
 かといって制服姿の全員にぞろぞろと付いて歩かれるのも嫌だった絹夜は校門前でタクシーを拾うことにした。
 ジョーが止めたタクシーに乗り込んだ絹夜にクロウは心配そうに声をかける。

「先生、あんまり無理しちゃだめだよ。
 ギーメルギメルがきたら、僕がなんとか食い止めるからちゃんと休んでね」

「お前に守られるくらいなら――」

「どきな」

 絹夜のおそらくはかっこいいセリフの途中でレオが彼を蹴り飛ばして後部座席の奥に突っ込んだ。
 そして無理やり開けたそこにどっかり座って運転手に行き先を言うとどかん、とドアを閉める。
 あまりに男らしい行動にジョーとクロウは唖然としながら口をそろえて思わず彼女の事をこう呼んだ。

「アニキ……」

「じゃあ、またね」

 そうしてタクシーは走り出した。
 あのタイミングでなければクロウがしつこく止めそうだったものの絹夜に同情しているのもあるか騒がずただ静かに手を振って見送っていたようだ。
 ただでさえ目が回るというのに、しかも足蹴にされて絹夜は体調を押してレオに怒鳴りかかった。

「何様だ。今すぐ降りろ、できれば走行中に降りろ」

「うれしいでしょ、送ってあげんのよ」

 その言葉と一緒にレオはにっこりとほほ笑む。
 うれしいかうれしくないかを判別しようと頭が自動回転を始める。
 すると、思考も噛み合わないし、ぐるぐると目が回るしで絹夜は頭を抱えたまま動きを停止し、それこそ思ったことを吐きだした。

「俺は蹴られて喜ぶ趣味じゃねぇ……」

「私は蹴られて喜ぶ人間を、蹴って喜ぶ趣味じゃない」

「…………」

 女子高生のドS発言に運転手もやりにくかろう。
 絹夜は窓に額を当ててレオから顔をそむけた。

「……乳以外に栄養はいかねぇのか、てめぇは」

「蹴ってほしいんでしょ」

 言葉の牽制が本気だからこそ絹夜はおとなしく黙った。
 本当にどうしようもなく頼りがいのある女だ。
 豪快で、華やかで、淀みがない。
 10年前の自分と比べていた。
 風見チロルとの類似点を探した。
 真逆同質、彼女は否定に属さない。否定を否定する存在だった。
 彼女は受け入れる。
 それがかつて自分が否定した”神”だろうと。
 間違いなく、根底は献身的で大らかのはず――だが、ちらりと振り向けば”アニキ”という言葉がふさわしく腕を組んでまっすぐ前を見ている。

「……何?」

 絹夜の視線に気がついてレオは視線だけを彼に向けた。
 開いた胸元は傷があり、赤いラインがまだ残っている。
 色気と粗暴、妖艶と純真が微妙なバランスで成り立っている。
 傷ついた手足からは、僅かに血の、彼女の匂いがしていた。



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あきゅろす。
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