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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
15 *再会/She*1
 風荒ぶ荒野の真ん中、黒服の男女が立っていた。
 二人の胸にはきらりと金十字、そして二人の髪は煌めく銀色。
 夕暮れ色の大地と、空気と、そして空。
 巻きあがる硝煙を纏い、女が大きな縁なしのメガネを上げなおした。

「一歩出遅れましたわね。
 いいえ、ここに改め、始動ですわ、士道ですわ、至道ですわ!」

 シスター服の女の手には彼女の胴よりも太いマシンガンがくっついており、ゆらゆらと硝煙を吐き出している。
 その隣に立つ青年の両手にも銀色のデリンジャーが収まり、夕日の色をはじき返していた。

「つまりは……仕切り直し、ってコトかな」

 神父服の青年も両脇のホルスターにデリンジャーを収める。
 二人の周りを囲うように打ち砕かれている灰塵の山は巨大な虫の形をとっている。
 そしてそれらの中からは破れた札がはみ出していた。
 そのうち一枚を手に取る神父。

「まったくルーヴェス・ヴァレンタインってば余計なことばっかしてくれんだから。
 副班長〜、見て下さいよまたこれ例のオジサンの仕業なんですよ〜」

「ファーザー・ビリー。オジサンとは軽率な。
 相手は”微笑のルーヴェス”、名の知れた恐ろしい魔術師です」

「シスター・ジェーンだって恐ろしい聖女じゃないですか……」

「あら、幻聴かしら、厳懲かしらね」

「あ、あ、あ! 副班長〜! 終わりましたー!」

 ファーザー・ビリーが呼びかけたその先にはぱりっとスーツを着こなした女性がいた。
 しっかりと前を閉じ、しかし短いスカートからは白い足がすらりと伸びている。
 肩を抱く黒い長髪、それを纏める金の髪飾り。
 柔和そうな日本美人だが、特有の儚さはない。

「御苦労さまです。明日は日本に行きますよ。早くご飯を食べて早く寝ましょうね」

 遠く西日を見上げた女性。
 一陣、風が通り抜けた。

                    *              *             *

 先日ギーメルへの決裂宣言をしてとうとう黒金ファミリーの一員となったクロウだが、
 逆になにが出来るのかと問うと、へらへらしながら”破壊活動はあんまり”と答えた。
 もうちょっとマシなホムンクルスを作れ、と内心毒づいた一同ではあるが遅れを取り戻すためにクロウと銀子を含め
 いる人間全員で裏界へ向かい、ゲートの番人を探すことにした。
 今まで、サソリ、コブラ、ワニ、カエル、とゲテモノ系を相手しており、残りが何なのかは未だ持って不明であるが
 それを倒さない限り話は進まない。
 何よりここの裏界にちょっかい出したい連中はギーメルギメルの他にルーヴェス・ヴェレンタインもおり、
 早期解決でかっさらったら逃げる、というのがベストな手段だ。

「うわぁ、ちょっと気が滅入る系なんだね、裏界って……」

 早速ネガティヴな感想を口にしたクロウ。
 新しく仲間が増えたことではしゃぐ銀子。
 また変なのが増えてしかも化学反応している。

「すみません、黒金様。私もここのところそういった影は見ておりませんので。
 今度見かけたら触らずにいます」

「いや、いい。お前に頼るわけにもいかない」

「ふふ、左様でございますか」

 いつも機械的なイノリが笑いかけたので絹夜は猛烈に違和感を覚えた。
 風見チロルだっていつも無表情でお堅いことばかりを言っていたのにその顔でにこりと微笑まれるとむずがゆくなる。
 一方レオは腕を組みながらクロウたちの輪に入るでもなく鋭い目つきをして考え事をしているようだった。
 ギーメルギメルのボスが自分の伯父だとしてそうなると2年前に両親を亡くし自らも瀕死の重傷を負った事故は
 組織の覇権争いによるものだったという事だ。
 普通だったら混乱してこんなところにはいられないだろう。
 だが、どう考えても彼女は規格外だ。
 そのことについてもジョーがきいたのだが”もしそうだとしても、闘うべき相手が分かったってだけ”と冷たく答えた。
 もとより彼女は伯父の事をよく思っていないらしく悲観的になるようなことは一切なかった。
 彼女が気にかけているのは、伯父に奪われたという弟の事らしい。

「カイ……」

 本当に小さな声でそう呟いて溜息をついた。
 そんな傷心気味なレオを見て同じように溜息が出た絹夜。
 さらにそれを不思議そうにイノリが見ていた。
 そんなとき、銀子のわぁ、という感嘆の声が上がる。
 目を向ければクロウの目の前に簡単な文様ではあるが魔法陣のようなものが浮いて出ている。
 その程度ならある程度力を持った人間なら描ける文様だが、特筆すべきはそれは空中に描かれているというところだった。
 地面なり紙なり、平面上にでしか発動しない性質の魔法陣をどこにでも生成できるということは戦闘での機動性に繋がる。

「クロウちゃん、それなぁに?」

「これは盾の魔法陣だよ。僕、あんまり戦うの好きじゃなくて、防御とか補助とかしかできないんだけどね」

「すごいですー!!」

 ここにきてようやくそういうタイプの参入か。
 クロウは自分が低重力で育てられたホムンクルスだと言っており、その為に筋肉両がこの年の少年少女に比べて低い。
 そのかわりに特化したのが記憶力で魔法陣の形も生まれた時から脳に埋め込まれていたという。
 ただし、彼に戦闘経験があるのかというと、全てルゥルゥが前に立っていた為、彼自身はゼロだろ言う。
 その経験の少なさからどう考えても複雑な魔法陣を描くにあたってもたつくことは目に見えた。

「クロウ」

「あ、はいッ!」

 どこか絹夜に対して恐れをなしているクロウ。
 少し青ざめた顔をして背筋を伸ばす。

「感知の魔術を構築しろ。でかい反応があったら教えろ」

「はい、わかりましたッ!」

 慌てながら中に魔法陣を指でなぞり、時折あやしげに頭を叩いて思い出そうとしているあたり、
 クロウのこの魔術には色々と不便なところがありそうだ。

「しかし、黒金様は表界でお友達が多いのですね」

「お友達だったらいいんだけどな」

「羨ましく思います」

 イノリの表情が物悲しげで絹夜は不自然に感じた。
 彼女は影にしてはあまりに鮮明すぎる。
 焼きついた思いが特殊なのか、焼き付き方が特殊なのか。
 またしても思考が歯車のように動き始めたところでクロウが声を上げた。

「でてきました!」

「位置は?」

「黒金先生の後ろです」

「そりゃイノリちゃんだってば」

「あれ? アレアレで、でもコレアレアレ。
 いや、これ……っ」

 クロウが目の前のしょっぱい魔法陣からイノリに視線を向ける。
 一度魔法陣に視線を落としたもののすぐにイノリの方に向き直り声なき悲鳴を上げた。
 何事かと振り向くと、赤黒い巨大なマントヒヒがまるで人形のようにイノリとレオを両手に掴んでいた。

『ウホッホホ!』

 ウホウホいいながら美少女二人を掲げて嬉しそうなマントヒヒに否応なしに殺気が集まる。

「このスケベザルーッ! どこ触ってんだ!!」

「レ、レレ、レオちゃんーッ!」

 やっと叫んだクロウの後ろで銀子が頬を膨らませていた。

「なんで私はさらわないんですかね」

 その問いに答えられるものはいなかった。

「黒金様ッ!」

 手を伸ばしたイノリ、それに腕を伸ばすが届かない。

『ウッホウッホ♪』

 マントヒヒはごわごわとした頬の毛に二人をなすりつけると確実にいやらしい笑みを浮かべた。
 その瞬間、それはもうバラバの銃弾と魔法陣が応酬する。
 何発か着弾したがマントヒヒは驚いた様子を見せ、さらには二人を掴んだまま器用に両足で走り校舎の裏に逃げ込んだ。

「うわッ! 逃げちゃいますよ!!」

 銀子に言われるまでもなく走り出す絹夜とクロウ。
 校舎の裏手、駐車場にまでやってくるとマントヒヒの手の中でレオがバリバリと電撃を上げていた。

「イノリ、悪いけどこのバカザル死止めないと気がすまないッ!!」

「か、構いません!」

 この電撃で絹夜が昏倒したのを見ているイノリだが、覚悟を決めたのかそう答えた。
 絹夜に続き、クロウ、ジョーそして銀子がそれを目の当たりにして止めようとする声があがりかかる、その時だった。

『ウホン♪』

 雷光を放っているレオの上半身をマントヒヒの長い舌がぬっとり走った。

「…………」

 完全沈黙の後、レオはマントヒヒの指の中でぐったりする。当然雷光はしゅんと消滅した。
 今までに無かった恐ろしい攻撃にイノリは現実を疑う顔つきでびちゃびちゃになったレオを見ていた。

「ヴァアラバアアアァァァァッ!!」

 鬼の形相でバラバを再召喚する絹夜。
 今まで見せた事もないラピッドファイアに加え絹夜は青白く燃える巨大な剣を構えていた。

『ウホッウホッ!』

 しかしその様子を楽しむようにマントヒヒはいわるゆ”おしりペンペン”をする。
 完全にバカにしている。
 これ以上とないくらいバカにされている。

「悪い子はお仕置きですよッ!!」

 両腕を獣に変化させた銀子が飛びかかる。
 そこにマントヒヒはさっとイノリを突き出した。
 寸前の所で攻撃を止める銀子だったがその後完全に人間のものとは思えない奇声をあげた。
 イライラ絶頂の一同をかき分け、飄々とした様子でジョーが前に出る。

「ほら、こういうときは心を清らかにしてさ」

 と、振りかえって両手を組んでくねくね動き始めた。

「素敵な素敵なおサルさん。その二人、返してくれないかな」

『ウホ?』

「おサルさんにぴったりな可愛いコ、紹介するよ」

『ウホッウホッ!!』

「一時間五千円ポッキリお一人様入りましたッいらっしゃいま――」

『ウホホ』

 プチ、とジョーが踏みつぶされた。

「鳴滝君、何のバイトしているんですか」

 憐れむどころか銀子が冷めた口調で問いただす。

「いや、あの……看板……」

 看板を前後につけているアレなのだろうが言い終わる前にジョーは力尽きた。
 しかしこのマントヒヒ、ことのほか二人を気に入っているようで放す気配は全くない。
 その上盾にされては攻撃も叶わないし、オクルスムンディもその例外ではない。
 巻き込んでマントヒヒごと攻撃する手はあるのだが、レオはともかく影であるイノリにはダメージは大きいはずだ。

「……クロウ」

「判ってますよ黒金先生……後は頼みますね、菅原先生」

「むむ、何だかよくわかりませんがお二人にお任せします……私も気に入りませんっ!」

 レオの件もあってか二人の目つきは怪しかった。
 擬音でいうと確実に”ゴゴゴゴゴゴゴ”だった。
 何も言い合わせていないに拘わらず同時に動き出す絹夜とクロウ。
 二人で左右に挟み打ちすると絹夜にイノリ、クロウにレオを向けてきたマントヒヒ。
 そして正面はガラ空きだ。

「グルアオオォォォウッ!!」

 飛び付きながら変身した銀子の牙がマントヒヒの鼻先をえぐった。

『ウホホーッ!!』

 思わず二人を手放すマントヒヒにさらに銀子が噛みつき斬り裂く。
 落下した二人をそれぞれ受け止めると加勢に入った。
 イノリを片腕に抱えながら素早く後ろに回り込み大剣を振り下ろした絹夜。
 そしてぐったりしたレオを肩で支えながらクロウは素早く慣れた手つきで魔法陣を描いた。

「一重、万死を命ず白き鉄槌、二重、時をも凍てつく重き黎明、三重、堕天使縛る永久氷結!」

 銀子が離れたのを見計らって、くいっとクロウの指が下から上に振りあげられるとマントヒヒを掴むように純白の氷柱がせり上がる。
 一瞬にしてマントヒヒは琥珀の中の虫のように氷漬けになった。
 そこに再度銀子が襲いかかった。
 かぎづめをもった銀子の強烈な切り裂きによって亀裂が入りマントヒヒの影ごと氷が砕ける。
 一件落着、そう思いたいのだが絹夜としてはまだ苛立ちがぬぐえない。

「レオちゃん、大丈夫……? ほら、ふいてあげるよ。
 こっちにおいで〜」

「…………」

 真っ白になっていた。
 その場でへたり込んで前髪から何だか分からないピンク色の粘液を垂らして呆然自失のレオ。
 クロウがハンカチで彼女の顔を拭いているのだが、いつもなら手も払いのけそうなところ無抵抗というか全くそれにも気が付いていない様子だった。

「あ、あの……黒金様……」

「あ?」

「降ろしてくださいますか……?」

「…………」

 抱きかかえたままのイノリを降ろし、絹夜はため息をついた。
 ようやくジョーも起き上がって銀子の説教が始まりわいわいと始まった喧噪の後ろでイノリが呟く。

「黒金様は、私が二階堂様でなかったから気が滅入っているのですか……?」

「別に」

「……黒金様は嘘つきですね」

 そしてちょん、と遠慮がちに袖を掴んできて顔を背けたイノリに絹夜は肩越しに彼女を見やった。
 頬に流れる涙にぎょっとしながらも、袖に伝わる震えが確かで絹夜は何も言わなかった。

「怖い、と思いました……でも、あなた様が来て下さいまして……嬉しかった」

「影と言えど、泣いてる女の相手は苦手だ」

「ごめんなさい、御迷惑ですよね」

「……いいから早く泣きやめ」

 顔を上げてにこにこしながら無事を訴えて手を振ってくるジョー。
 全員の視線がこちらに向く前に絹夜はイノリの前に立って肩をすくめた。
 背中にそっと祈りがよりかかる感触が悲しい。
 俺だってそうしてぇよ。
 寄りかかって楽になりてぇよ。
 自然に視線がレオに行って、しかし彼女はまだ立つ気力もないのかクロウに背負われていた。
 誰にも渡す気なんかないのに。


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