NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
14 *鴉羽/Crow*3
観葉植物がならび清潔感のある白い空間、大きなテーブルを囲むように彼らが座っていた。
席は12程あるのに埋まっているのはたったの2席だった。
「ウェルキン博士は……?」
席につきながら青年は言った。
正面の椅子に腰かけている壮年の男は溜息をつきながら笑った。
「ホムンクルスが心配で日本に向かったそうだ。やれやれ、困ったものだね。
家族ごっこもいいところだ」
ギーメルギメルのボスである吾妻ヘイル・ブラーティーン。
白髪混じりのオールバックに白いスーツのいかにもマフィアといった男だった。
一方、青年は焦げ茶の髪に浅黒い肌、スポーティーな印象だった。
「伯父様、他幹部から連絡です。
法王庁がとうとう我らギーメルギメルの殲滅に本腰を入れたとか。
エジプトで嗅ぎ回っていた奴らのエージェントから得た情報によると、その為にトラキア系の日本人を探しているとか」
青年はせせら笑った。
それこそヘイルを挑発しているようで、しかしヘイルも同じように笑い返した。
「法王庁も良い鼻をしている……」
そして急に表情を凍てつかせ、青年を睨んだ。
ヘイルの拳がテーブルに叩きつけられる。
「貴様の目がゴールデンディザスターで無かったばかりにこの様だ。
姉にだけ発現していたとはな……」
「あなたが勝手に僕を連れ去ったんじゃないですか」
だが青年は――吾妻カイは表情を崩さず、むしろヘイルを責める様に言った。
「”ヘラクレイオン”なんて夢見てないで、僕はもっと、噂だてられているギーメルギメルであってほしいと思うんですけどね。
悪の組織、みたいなものにちょっと興味あるんだけどな。
早く宝探しを終えて、発掘屋から秘密結社に戻りましょうね、伯父様」
「ふふ、手厳しいな」
言葉の上では同調しても視線が殺意と憎しみでまみれぶつかり合っていた。
カイの視線の中には、さらに嘲笑と作為が混じっていた。
* * *
なんでけが人を増やすのか、というユーキのいつもの説教を聞いてそれでもやっぱりふるまわれる紅茶を飲みながら大人しくしていると
今度は絹夜に校内で2046を振り回すなとの愚痴が飛んだ。
反論も反省もないようで絹夜は黙ってベッドに腰かけ、痛めた肩に湿布を貼られながらレオを睨んでいた。
レオはというとわざとらしく顔を背けて黙って異様な量のアイスティーを口にしている。
その間で手の治療を終えたジョーとクロウが暑苦しい話をしているのだが絹夜の耳には全く入らなかった。
「はい、おしまいです」
ユーキが救急箱を持って定位置につき今度は茶菓子の用意をしはじめても絹夜は口よりも頭を回転させていた。
力、怒り、苛立ち。
暴走するオクルスムンディ。
庵慈に贈られた眼鏡も、結局制御の補助であって完全に制御不可能なものに対しては効果がない。
自分の精神的な揺らぎが原因だ。
このままじゃオクルスムンディどころか、バラバ、2046も扱えなくなるだろう。
昔の自分に戻るか?
いや、字利家はそれをさせないが為に忠告しにきた。
じゃあどうすればいいってんだ。
「ところで、ギーメルについて聞いていい?」
アイスティーをやっつけたレオがクロウとジョーの話の合間を狙って切り出した。
すると、笑顔もちらほら見えていたクロウの表情が途端に凍り付き、しかし静かに頷いた。
「僕は黒金先生が言ったとおり、ホムンクルス――人造人間なんだ。
生まれたのは2年前、低重力操作と電子記憶でレオちゃんたちと同じような生活ができるようにはなってるけど
あまり外の世界については詳しくないんだ。
ギーメルについて僕が知っているのは最近の事だけ。
今のトップは反逆を起こしてトップの地位を奪った恐ろしい人で、それからギーメルはここの裏界に執着し始めた。
僕が生み出されたのも反逆の時に失われた戦力確保の為の試験みたいなもので、僕とルゥルゥはサンプルなんだ。
ただ、変なのは、僕の電子記憶にレオちゃんに関する記録は最初からあったんだ」
「私の?」
「うん……何か怖い存在なんだって思うようにはされてたんだけど、僕はレオちゃんがそんな風に思えなくて……。
優しいお姉ちゃんなんだなって、思ってた。怖いとか、そんな忌み嫌われるような人じゃないって。
ギーメルがここに執着する理由も、レオちゃんを知ってる理由も僕にもわからない……いや、伯父様以外には誰にも分からないかもしれない」
「その伯父様というのはどなたの事なんでしょう?」
お茶菓子をテーブルに並べながらユーキは聞いた。
本当は興味津々のはずなのにそれを隠して大したことでもないと思わせるような態度が小ずるい。
「伯父様がトップなんだ。吾妻ヘイル・ブラーティーン、そういう名前だと聞いたことがある」
「ヘイル……」
何故そこが気になったのかレオは復唱した。
頭に手をやって何かを思い出そうとしている。
そして何かを思い出したのか、彼女の指はちりちりと震え始めた。
懸命に隠そうとしているがその動揺は誰の目にも見て取れる。
「どうした、レオ?」
「…………」
彼女は歯をくいしばって、氷の解けたアイスティーのグラスに手をかけたがかたかたと解けかけの氷が鳴った。
そして意を決したか結局グラスは置いて少しかすれた声で話し始めた。
「私の母の旧姓は吾妻、吾妻クレア。弟を奪っていった伯父の名前は覚えていないけど……。
2年前、両親が原因がわからない事故で死んだ。伯父は強引に弟を奪っていった。
クロウに植え付けられたのは、私に関するカイの記憶……だとすれば、私の伯父が吾妻ヘイル・ブラーティーン……」
吾妻なんて苗字、日本にはそこそこいるだろう。
だがクロウがレオを知っている理由が説明出来る推論はレオの言ったとおりのものだった。
レオの記憶の出どころは今や一人しかいない家族のカイ以外にあり得ない。
それがギーメルに利用されているという事は、カイはギーメルにいるという事であり、
そして彼を奪っていった伯父が吾妻ヘイルであると十分に考えられた。
「ははン、ま、置いとこうその話は」
驚いた事にレオは乾いた笑いで自分の考えをはけた。
前のめっていた体を後ろに倒し、頭の後ろで手を組む。
「クロウ、続き」
「あ、うん……。僕の役目は諜報だけだったんだけど……その、あんまり送ってないんだ。
調べろって言ったってよく分からなかったし、それに情報でしか知らないレオちゃんが目の前にいるんだもん、僕、ドキドキしちゃって……」
「人選ミスとしか言いようがありませんね」
ユーキが思ったことをそのまま口にするとクロウは肩を落として同意した。
確かにストーカー具合は高かったのだがそれが諜報員としてではなく
アイドルオタクに類似した方向性だったのを見抜けなかったギーメルも間抜けで仕方ない。
「ギーメルの狙いは結局黒金さんだったんでしょうか、それとも二階堂さんだったんでしょうか」
「そうだね、きぬやんは商売敵だから狙われても仕方ないけど、あのルゥルゥって子はどっちかって言うとレオを狙ってたみたいだけどね」
「ルゥルゥは最初からレオちゃんの事を嫌ってて、完全に私怨だから特に理由はないよ思うよ。
単純に同性だからだと思うんだけど……」
「まぁ確かに知らない同性の記憶があったら気味悪いわな。
しかもそれに兄貴分をとられたっとなっちゃ、天使のようなウチの妹も嫉妬するかもしれないねぇ。
ゴールデン……なんとかって言ってたのもレオのこと?」
「ゴールデンディザスター、ギーメルの間ではレオちゃんの事をそう呼んでいるみたいなんだ。
その理由は偉い人しか知らないみたいだけど……邪眼、のことかな」
「で、結局二階堂さんの記憶が植え付けられている理由もわからずじまいですか」
「はい、すいません……。ただ、憶測でしかないけどレオちゃんもここの裏界と何か関係があると思うんだ。
ギーメルは今、本当にここの事にしか予算をつぎ込んでいないらしくてその中でわざわざ僕に記憶を植え付けるなんておかしな話だもの」
「つまり、ギーメルにとって用事があるのは裏界とゴールデンディザスターさんであり、
黒金先生は横から首を突っ込んできたお邪魔虫ってところですか。
それならまぁ、よくある組織間の問題ですね。トレジャーハンターは私有地侵害するのがお仕事ですから。ね、黒金先生」
嫌味な振り方をするものだ。
だが、ユーキの冗談にも付き合えず絹夜は肩をすくめた。
二階堂レオ。
ギーメルの血縁者か?
少なくともルゥルゥが報告すればギーメルは九門を狙って本格的に武力行使をしてくるだろう。
あの娘事態は強くない部類で菅原銀子でもどうにかなるだろう。
ただ、あの娘もやはり捨て駒のようなものだったとしか考えられない。
「ルーヴェス・ヴァレンタインという男はギーメルにいるのか?」
ようやく絹夜が口を開いたのに対し、クロウは過剰なほどびくりと反応し恐る恐る答えた。
「僕、内部人員については詳しくないんです……でもいなかったと思います……」
舌打ちして絹夜はシャツを羽織ると前を止めながら絹夜は出口を開いた。
「どこいくんですか。まだ安静にしてないと」
「ほっといてくれ」
うるさい小姑だ。
今日はもう一つゲートを開いて半数以上の支配権を手に入れてそれこそギーメルに差をつける算段だったのに。
裏口から駐車場、そして校舎の側面にあたる人目のない場所についてようやく絹夜はタバコに火をつける。
西の空はオレンジ色の太陽が雲の中に沈みかけているところだった。
体の中のいらいらしたものが少しずつ抜けていく。
「……レオ」
教えられてようやく自分以外の誰かを認識できるようになった。
ただ自分はそれが上手ではなくて、理論武装の末、感情を押し付けて、潔白であることを証明させていた。
自らが傷つくことを恐れるように、自らが穢れることを恐れるように。
「穢れを知らぬ真白き神……」
10年前あれだけ憎んでいた存在になり変ろうとしている自分がいた。
真っ白で、つまらなくて、怯えていて。
自分の弱さを認め始めたらきりがない。
「もうどうすりゃいいんだよ……」
この崩れかけた体、この迷子のような気持ち。
自分の感情は愛なのか?
そもそも愛って何だ?
愛していると言えばきっとそれで済む事なのかもしれない。
それが嘘でも彼女は受け入れるかもしれない。
しかしそれを正当化する理由がない。
明確なのは、彼女の優しさが自分以外の誰かに向けられた時の、あの不安で惨めな感情だけだ。
幼稚な嫉妬しか絹夜には思い当たらなかった。
* * *
夢を見ていた。
重たく赤い匂いがたちこめるあの場所だ。
ベージュ色をした天井の床、精緻な彫刻。
黒い何かが弟の血をすすっている。
それが何者か、レオは見たことがなかった。
今まで目を背けていたんだ。
レオは檀上から降り、そして回り込んだ。
その手の中には15、6の少年がおさまっており首からどくどくと血を流していた。
むっと血の匂いが濃くなる。
そして 黒いものはゆっくりこちらに振り向きにやりと真赤な口元で笑った。
青白くぎらついた目。
「絹夜」
彼は笑った。
弟の冷たい体を横たえると彼はレオの腕を掴み、強引に引き寄せる。
いつの間にか右手には青白く燃える剣が握られていた。
恐ろしかったが、それは理解できていたことで、どうしてかいつかはこうなると思っていた。
ただ、その時がきたのだとレオはわけもわからないまま受け入れていた。
「だめ」
絹夜の右腕に手が絡んでいた。
カイと同じくらい、いやもう少し小さな女の子と見違うほど可愛らしい少年だった。
黒い長めの髪、つんと吊り上って小生意気そうな眼。
「きみも、絹夜……?」
「もう、誰も傷つけたくないんだよ……」
子供にしては重い言葉でレオは彼に何があったのか不安になった。
しかし目の前の、鮮血にまみれた絹夜は右手にまとわりつく子供の彼を振り払いレオの左胸に2046を突き立てる。
「手に入らないのならいっそ――」
心臓が熱くなった。
自分から吹きあがる赤いものを浴びて、ようやく絹夜は安心したようなそして恍惚とした表情になった。
視界がぼやける中、すすり泣きの声も耳を掠めていた。
床に倒れこむと体がびちゃびちゃに濡れている。
ふと体が違和感とともにぶるりと震え、意識が浮上すると目の前が薄暗いのを知った。
どっぷり冷や汗をかいて背中が冷たい。
ああ、また嫌な夢を見た。
窓から漏れる光はまだ青く冷たい。
夜明け直前だ。
午前4時。
「そうだ、エアコン壊れてたんだ……」
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