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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
13 *黄泉/Yomi*2
 一度自宅に帰って着替えてくるというレオにいいように約束を取り付けられてそのまま神社に向かう。
 すでに夕日の欠片が空に残るばかりで東の空はすっかり星が輝いていた。
 鳥居の下でタバコを吸っていると露骨に足を出した格好のレオがやっぱり音もなく現れた。
 こんな虫の多そうなところでショートパンツなんてはいているとさされそうだ。

「よっす」

 やはり胸を強調するようなシャツで絹夜は視線をそらした。
 それが不機嫌な素ぶりに見えたのかレオも同じように眉間にしわを寄せる。

「もうちょっと自重しろ……前、開き過ぎだ」

「アンタにはわかんないかもしんないけど、閉じらんないの、入んないの!
 物理的要因なんだからしょうがないでしょ!」

 物理なんて難しい言葉が睡眠学習しかしていないレオの口から出るとは思わなかった。
 男なのだから分からないに決まっているしそれを言われてしまったら反論のしようがない。
 そうか、と簡単に流すとレオはまだぶつぶつと唱えて、一人境内への階段を上って行ってしまった。
 なんであいつには取扱説明書がついていないんだ。
 内心で毒づきながらも絹夜がそれを追う。
 あらかじめレオはジョーが手伝いをしているという屋台の場所を聞いていのか、にぎわっている中から通りの中央の屋台に迷いなく歩いて行った。
 そこにはすでにジョーがお姉さま方に囲まれており、でれでれとしながらそれでもちゃんと手を動かしている。
 頭にタオル、汗だくのTシャツ、まさしく勤労青年で清々しい。
 ようやく客の足も途絶えてそこに顔を出すと、ジョーは少し驚いたような顔つきになって、そしてにやりとほくそ笑んだ。

「なに、デート?」

「お前が誘ったんだろう」

 両者から同じ言葉をもらってさらにジョーはにこにこと嫌な笑顔になる。
 ただ素直にソースを焦がした煙に誘われてレオの腹が不発した打ち上げ花火のような音を立てた。

「……へいへい」

「あれ、あー、きぬやんお財布にされちゃったんだ」

「まぁな」

 2つ分の金額を気にうやが払い、2つ分の焼きそばをジョーはレオに受け渡す。
 それが間違いだったのかレオは2つ分の焼きそばを持って外設のテーブルに座り、礼も”いただきます”も無しに口に運び始めた。

「…………きぬやん、お財布の中身を確認した方がいいかもね」

「そうだな」

 どういうわけだか異様なほどに食べるレオ。
 よく引き締まった体を維持できる。
 全部栄養が乳にいってるんじゃないか。
 そんな疑いの目を向けながら前に座ると、箸を止めてレオが冷たい視線を向けていた。

「違う!」

「まだ何も言ってないけど」

 そして体を横に向けてもぐもぐと再開し始めた。
 全くよくも遠慮なしにがつがつと……。
 絹夜も同じように顔を背けて奥の通りに目をやったその時だ。
 オクルスムンディが無意識に発動して、そして涙腺から青い涙がこぼれた。
 体が警戒して一気に魔力を高揚させたのだ。
 バランスが崩れる。
 急に頭痛がしはじめた。

「……ッ!」

 耳鳴り、ざわめき、プルガトリオ。
 嫌な歌が聞こえる。
 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がる絹夜を、レオは口から焼きそばをはみ出させた状態で不思議そうに見上げていた。

「悪い、ちょっと外す」

「ん? んー」

 トイレ程度にしか思っていないのだろう、レオは行った行ったと手をひらひらさせる。
 あいつが何をしにきたのかは不明だ、もしかしたらまたあの反則じみた剣を拝むのかもしれない。
 あの時よりも魔力の出力はついたが、体力だけはいかんせん落ちたはずだ。
 人ごみを抜けて境内の裏手にある茂みに入りさらに歩く。
 適当なところで足を止めると、すぐ後ろまで付いてきたそのやたらうすらぼんやりした気配も止まった。

「お前、本当にあの時の……」

 振り返るのが怖い。
 邪眼がどんどん熱くなっていく。

「どうだかね」

 その声を耳が捉え、認識した瞬間、体中が急にひやりとした。
 しかし不思議と頭痛と魔力高揚は止まる。
 荒療法の後のように逆にすっきりしたぐらいだ。
 振り向くと、そこに立っているのは自分が知っている藤色の制服を着た男装の麗人ではなかった。
 いや、人でもなかった。
 月明かりに照らされて出てきたのは大きな黒い犬だった。
 赤い目をしたラブラドールレトリーバーだった。

「あ……字利家?」

「どうも久しぶり、そしてはじめまして。
 先に言っておくが私はキミとは面識のない字利家蚕だ」

「ああ、俺の知ってる字利家は人間だったはずだ」

 そんな嫌味をぶつけたが、犬は冷静に答える。
 それがなんとも彼女らしかった。

「少なくとも完全な同一人物というわけではない。
 私は並行世界の中で同時に生きる”私”の一人だ。
 だからお前の”字利家は死んだ”という認識を掻い潜ってこれた。
 たったのそれだけで私はやっぱり字利家だ」

 韻を踏んだような心地良いリズムで語る、難解でほぼ意味不明な言葉。
 懐かしい。
 知能のずれから生じるこっぴどい天然っぷり。
 彼女は恐らく子供に話しかけるようなわかりやすい言葉で説明しているつもりなのだろう、だがやはり絹夜には理解出来なかった。

「盆には死者が帰って来るものだ」

「ほう。それで、今度は何のお節介を焼きに来た」

 死者との再会。
 出来ることならもっと別の人間が良かった。
 絹夜の想いを見透かすように犬の赤い目が彼を貫く。
 そして言った。

「風見チロルは死んだ。もう二度と戻らない」

「……そんなことわかっている、俺が――」

「いいや、全ての世界から接続を断った。消滅した。
 私は何度もアクセスドライブを試みたが彼女の残骸すら見つけられなった。
 だから未だ、風見チロルの――イヴの残像にとらわれているお前を解放しにきた」

 残像。
 そんな言葉で彼女を表してほしくはなかったがあまりに的確にいい当たっていて絹夜は少し悲しくなった。
 彼女を残像にしてしまったのは自分だ。

「解放しにきた、といってもきっとお前は抵抗するのだろうな……。
 最悪、お前から風見の記憶を全て消去しなくてはならない」

「な……!」

「お前は影響を受け過ぎた。10年前、彼らに関わり合い過ぎた。
 そして彼らの想いに縛られながら生きている。彼らの模倣をしながら生きている。
 彼らを切っ掛けにするのは構わん、しかし模倣をされてるのは少々困りものでね。
 彼らは外部のプログラム、お前も外部からの”神”の因子を植え付けられていた存在。
 だから接続記録の末梢を容認していたわけだがお前のここの所の揺るぎ方は見苦しいね」

 字利家の言っている事には納得したがその納得すら疑わしい。
 彼女の能力は全ての者の認識を同時に操る”神”と闘うべくして備えた”神”に近しい能力。
 正しく、そして全てが偽りだ。

「一体どうするつもりだ」

 絹夜の腕に魔性の炎が宿る。
 だが、字利家は微動だにしなかった。

「この場で私を斬って捨てるも厭わんか? 相変わらず気が小さい男だな。
 最悪、記憶を抹消する、といっているだけだ。対処方法何ぞいくらでもある。
 その相談に来ただけだ」

「お前が俺の認識をいじくればそれで解決するんじゃないのか?」

「ああ、それもある。だが、お前自身が変わればそれで済む。風見チロルの生き方を模倣するな。
 ネガティヴ・グロリアスが命を盾にする卑怯な戦略を、何故敢えて選んだのか。
 単純な話だ。彼らはネガティヴ・グロリアス。自らさえも否定し、虚ろとなり、そして当然のように無に還った。
 だが、お前が自らを否定する理由はこの世をひっくり返したって出てこないよ」

「俺が命を盾にしている?」

「そうだよ絹夜。お前は命よりも大事なものが出来て、だから命さえ捨てて手に入れようとした。
 浅はかなんだよ、その愛は」

 ”つまらない男”だといわれたあの時のようだった。
 何について言われているのかわからなかった。
 ただ、彼女に答えを求める気は起きなかった。
 どうせ意味わかんないんだろ。
 それに彼女もまた外部接続。
 一方的に提示して、聞いても応えてくれないインターフェイス。

「一応、昔のよしみだ。忠告したよ。
 君が第二のネガティヴ・グロリアスになろうというのなら、次の敵は私だ」

「…………ッ!」

 彼女の言っている中で一番わかりやすかった。
 そうだ、字利家はネガティヴ・グロリアスと敵対していたのだ。
 彼女がここまでして警鐘を鳴らした意味は理解できた、しかしやはり自分のどこが否定の因子なのかがわからない。
 ”守ってあげるから”
 ふとレオの言葉がよみがえった。
 くそ、それのどこが答えなんだ。

「今一度さようならだ。君が私の敵にならないことを祈っている」

 すっと黒い犬は方向転換して闇に消えていく。
 まさしくブラックシャックじゃないか。
 相変わらず不吉な女だ。
 かつて彼女は大剣を担ぎあらゆるものを破壊し、捻じ曲げる力を以て”神”に挑んだ。
 それが今になって牙を剥くのか。
 甘い干渉かと思っていた、とんだ忠告だ。
 戻ろう。
 今は浸りたい世界がある。
 だが、一歩も足が進まず、しかも退けたい気分になって動けなくなった。
 自分はあの場所にいていいのか?
 また平穏を乱して、壊して、結局全部取り逃がしてしまったじゃないか。
 もう少し勇気があったらこのまま消えられるのに。
 風が静かだ。
 喧噪が遠い。
 どうしてその温かくて華やかで眩しい世界に入れてくれないんだ。
 自分はどうなってもいい、だから愛してほしい。
 それが間違いだなんて言われても他に何を代償に支払ったらいいのかわからない。
 わからない。

「絹夜ぁー?」

 ふと、目から何かがこぼれた。
 魔力結晶ではない、ただの涙で頬おつたうそれは暖かかった。
 なんて女だ、ヒーローみたいじゃないか。
 黒犬に宿った女と入れ替わりに現れたのは黒豹のような少女だった。
 涙腺だけが痛んで顔を逸らし、両手で隠そうと両手をこめかみあたりにもっていった。

「どうした?」

「…………うるせぇ、ほっといてくれ」

「バカだなぁ、ほっとかない」

 まるで姉が弟に言い聞かせるような言葉だった。
 絹夜の胴を抱きしめて彼の頭を肩に乗せるとそっと髪をなでる。
 それが優しくて、心地よくて、うまく理性が働かなくなった。
 何も考えられない、何も考えなくてもいい。
 子供のようにあやされて、扱われて、恥ずかしいことこの上ない。
 それなのに、それなのに両手はだらりと下がって抵抗も止めてしまった。
 まただ、なんだこの甘い敗北感は。

「カッコつけるの、疲れるでしょ。
 あんた、泣いてるの。認めてあげなよ」

 認めていない。
 そうなのかもしれない。
 自分の感情を、自分の本能を認められないのかもしれない。

「レオ……」

「ん?」

「悪い、しばらくこうしててくれ」

 それが絹夜の、精いっぱいの甘えだった。
 何を察したのかレオは豪快に笑ってさらにきつく抱きしめる。

「泣きやんだら、一緒に遊ぶよ」

 甘やかしだろうと、なぐさめだろうと、心地良い事に変わりはなかった。

                     *              *             *

 観葉植物がならび清潔感のある白い空間、大きなテーブルを囲むように彼らが座っていた。
 席は12程あるのに埋まっているのはたったの4席だった。

「一体、君の所のホムンクルスから受け取っている情報だと、すでにゲートは4つ開かれたそうだね。
 残り5つ、我々は後手に回っているじゃないか」

 正面の席に座った男が穏やかに、しかし畏怖を込めて言った。
 言われた白衣の男は身と縮ませる。
 痩躯に白髪混じりで分厚いメガネ、博士とあだ名づきそうな男は必死に弁解の言葉を探した。
 しかし答えたのは彼の隣にいた白髪を二つに結った可愛らしい少女だった。

「ダメダメなんだもん! 目の前にいるのにいるんだからさっさと殺しちゃえばいいんだよね!
 お兄ちゃんになんて任せないで私にもお仕事ちょうだい、伯父さん〜」

「こ、こら! そんな口の利き方――」

 横から白衣の男が少女の口を手げ覆う。
 しかし正面に座った男は、ふむ、と思案してまさに姪にでも提案するかのように優しく命じた。

「ようし、じゃあルゥルゥ。黒金絹夜の討伐を君に任せるよ」

「えっへ〜! やった〜!」












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