NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA 13 *黄泉/Yomi*1 夢を見た。 いつもの狭い箱の中だ。 鉄格子の填まった眼前、上方向に流れていく風景。 決まって格子の中には自分が二人いて討論をしている。 冷静な自分、感情的な自分。 「ほらみろ。考えて分からないことだらけだ。諦めてほしいようにすればいい。 傷つくならそれは傷ついた奴の軟弱さが悪い」 感情的な自分が言った。 冷静な自分は答えた。 「そんな風に生きてきて、間違いだったと諭された。 もう認めているんだ。一人で生きていくことは出来ない」 「でも一番自分が大切なんだろう?」 「自分より大事なものはあったはずだ……」 「それにもつっぱねられた。 全部間違いなんじゃないのか? 俺も、お前も」 破滅、死んでもいい。 そんな思想に行きつくと必ず体がなくなって悪夢は終わる。 死んでもいい。それで楽になってしまえ。 もう、どこにもいけないんだ。ここから出ることなんて出来ないんだ。 「そう急くなよ」 別の声がした。 それは格子の反対側にいて、今や一人格子の中の椅子に腰かけている絹夜の正面で笑っていた。 藤色の学生服。 孔雀色の髪。 ああ、なんてことだ。 まるで死神の模倣じゃないか。 「そうだよ、マネごとだよ。全部そうさ。 お前も私も、ここでは全てが虚空に等しい。 自然が定めたプロトコルを破ればまた不具合扱いされてしまうからね」 認識を操る魔剣士。 とてもとても恐ろしい相手で、勝機を見出したことすらない。 彼は――いや、彼女はするりと、まるで幽霊のように格子を抜けて絹夜の前にひざまづいた。 そして膝に手を置いて子供に言い聞かせる様に囁いた。 「もうすぐ会えるよ」 なんだって? なんせ、お前は死んだはずじゃないか。 * * * 日本の夏、その日天と湿度は狂っているとしか思えない。 盆だとか、夏期休暇だとか、帰省ラッシュだとかいう言葉が耳をかすめたりもしたが幸い裏界には季節感がない。 ただのそれだけが支えで今日も今日とて裏界をほじくり返すという事になった。 「あづい……きぬやん、早く、ゲート開けて……」 いつものように屋上のゲートから裏界に入る。 屋上に出るくらいなら理科室のゲートを使えば良かったと後悔した。 名倉校長が気を利かせてマスターキーを用意してくれたのだが、こいつがなかなか使いどころがない。 なんせ裏界ではガラあきなのだから。 何かの役に立つ日を待って、今日も地理教材室のデスクの中で眠っている。 裏界に到着するなり毎度のことだがジョーがしりもちをついていた。 「さー! はりきって悪者をやっつけますよ!」 「おう、世界平和の第一人者になってやんぜぇ!」 そして今回は当直だった銀子も参戦、やかましいことこの上ない。 なんせ、ジョー、レオ、銀子が前衛タイプでイノリが後衛、となると絹夜は傍観かサポートしかやることがない。 しかしながらゲートの支配権を持っているのでいないわけにもいかない、と上手に役割分担をされており、やや消沈気味だった。 「黒金様」 そんな絹夜にしとやかなイノリの声がかかる。 彼女は校庭を指しており、さも当然といった調子で訴えた。 「あそこにカエルが」 「何言ってんだ」 レオがつっこみながら下方を覗く。 残りもそれに続くと、そこには彼女の言ったとおりカエルがいた。 それも、校庭いっぱいサイズの今までと比べモノにならない大きさだ。 * * * 校庭に降りてそれを目の前にすると銀子がえらくはしゃいだ。 今までの影と違って攻撃の意志がないのかまだこちらに気が付いていないのかが不明である。 赤黒いそれは見上げても頭が見えないほどメタボリックなカエルでどこまでもイボのついた側面が続いた。 まるで水の入った袋が無造作に置かれているような有様だ。 「なんか……逆に挑戦的だよね」 「一体相手が何者かがわからん、とりあえずここは一度下がって――って言ってんだろ、何やってんだお前らは」 行ってるそばからレオのセクメト、そして銀子の爪がぶよぶよしたカエルの皮膚に突きたてられていた。 「影がいっぱい入ってますね」 「本当だ、こいつらを吸収してでかくなったんじゃないの」 その瞬間だ。 どぶん、とカエルの体が波打つ。 攻撃を受けやっと気がついたのかその巨体で押し潰すつもりか。 「バカどもめ!」 絹夜は駆けだしレオと銀子の首根っこをひっつかみ奥にぶん投げる。 だがレオの方は逃げ損ねたか片足がカエルの腹の肉に食い込んでいた。 「レオ!!」 手を伸ばすと待ってましたと言わんばかりにレオががちっと絹夜の手を掴む。 同時に、絹夜の足もとがずず、と前方にすっていた。 「のわー! きぬやんまで飲み込まれんぞ!! 銀子ちゃん、イノリちゃん、手貸して!!」 「わわ、はいー!!」 慌ててジョーと銀子、そして力には期待できないイノリが絹夜に連結しているジョーを引っ張る。 だが、やはりレオの体はカエルに飲み込まれていくし、それに腕を掴まれている絹夜も引きずり込まれていくばかりだ。 「レオ、手を離せ!」 「冗談言うんじゃない! 仲良くしようよ!」 仲良く、という同音異義語としか思えない。 「くそ、バラバ!!」 絹夜を見習ってジョーもスサノオを召喚する。 それらがカエルの腹をどすどす攻撃するのだがカエルの体はゼリー体を模しているのか銃弾や剣の起動が残るだけだった。 「うわッツ!」 今度スサノオがカエルに触れ、強烈な酸に触れたように煙を上げる。 こいつは何でも吸収して溶かしてしまう酸の水袋みたいな影だ! 察した絹夜とジョーはオーバーダズを格納した。 だが、思いが共通だったのはそこまででジョーは絹夜の胴を引っ張っていた腕をぱっと離した。 「ちょ、何やってんだ!!」 「だってきぬやん、腕まで入ってんじゃん! もう助からないよ、それ! 助からないんだよ!!」 ジョーはそういいながら爆笑していた。 何かどこかでツボに入ってどうしようもなくなったのかもしれない。 「え! えーッ! く、黒金先生、今までお世話になりました!?」 くそ、バカどもめ。 とうとう絹夜も体半分飲み込まれて次の算段を立てているところだった。 ふと顔を上げると、レオがセクメトを呼び出している。 案の定セクメトの体は泡を上げているのだが、同時にびりびりと赤い雷を纏い始めていた。 多分、ジョーはこれを見て決着がついたと判断したのだろう。 セクメトはかなり離れているのだが、それでも影を通じてカエル丸ごと感電させる気だ。 なんて大バカ野郎なんだ。 「セクメトぉ! やっちまいな!!」 メリメリと嫌な音を立てて真っ赤な雷が走った。 即座にバラバを呼び出しかばわせるがどの程度の威力なのか分からない。 バン、と大きなフラッシュが起き、カエルが雄たけびを上げる。 何度かレオの攻撃が走ったのか、しかし何度目かに絹夜の意識が途切れていた。 * * * 「レオレオがきぬやん殺した〜」 「殺してない」 声が聞こえる。 意識がはっきりしない。 膝枕? 「黒金様、お目覚めになりましたか?」 目を開くと視界にストレートゴールドの髪が滴っていた。 青い無機質な目。 妙にがっかりした。 「……くそ、どれくらい俺は寝てたんだ」 頭が鐘を打たれているみたいにふらふらするが無理やり立ちあがり絹夜は誰ともなく言う。 そして恨みがましい視線はレオに向かった。 「悪いね、あと先考えてられなくて」 それでも自分が正しかったといわんばかりに彼女はふん、と顔をそむけた。 彼女の後ろには赤いゲートの文様が開いている。 無事にカエルは討伐したようだが納得いくはずもなかった。 「5分もたってないよ。いやー、警察呼ばなくちゃいけなくなるかと思ってひやひやした」 ジョーは冗談めかしながらも時計を気にして、そしてやっぱり主張した。 「きぬやん、悪いんだけど俺これからバイトあるんだ。早く表に帰ろうぜ?」 またミナライダーか? どうやら秘密にしているようなので問わないがもはやここに用事もない。 さっさとゲートの支配権をとってイノリに別れを告げ、早々裏界から退散しまたしても暑苦しい表界に戻ってきた。 「ジョー、バイトって何? また危ないことしてんじゃないだろうね」 「はっはっは〜やだなぁ、レオちゃんは心配症ネ。 神社でやってるお祭りの屋台だよ。若い労働力は珍重されるワケ。 みんなも後で来てよ、やきそばごちそうしてあげる」 「アンタに御馳走されるとおもうと物凄く気つかう」 「……じゃあ買って」 絶望的な呟きを最後に一人足早に校舎を駆け降りていったジョーを見送り、一服代わりに保健室へ。 当然と思ってるのも不思議なのだがユーキがアイスティーを用意し、4匹目の門番の討伐を報告した。 「ほう。サソリ、コブラ、ワニ、カエルですか……全てエジプトで神や神の使いとして崇められている動物ですね。 やはりここの裏界は随分と古い形式のエジプト魔術によって開かれたものなんでしょう」 「ギーメルと呱呱の角は繋がった。ルーヴェスもその一端なのかもしれないな……」 「そうですね……ギーメルについてはかなりもやついた部分がありますが、彼らの形成が大きく変化したのも確か。 出来ることと言ったらゲートを先に開けて深層部にたどり着くことだけですからね」 ギーメルギメルの目的が深層部のなんらかの奪取だか隠蔽だかは不明だが、その答えは深層部を開けてみなければわからない。 問題はいつギーメルがこちらの存在に気がつくのか、気が付いているのか、だ。 ルーヴェスがギーメルの一員だとすると後手に回っていることだけは予想がつく。 そんな思考を閉ざすように銀子がでかい溜息をついた。 「……やきそば、食べたいですう」 本日当直なので学校から離れられない銀子。 仕事も結構持ち込んでおり神社の祭にはいけない様子だ。 すっかり話と思考の腰を複雑骨折させられた。 タバコ吸おう。 「解散、解散」 そういって部屋を出ると銀子の恨みがましい悲鳴とそれをなだめるユーキの苦笑が背中に刺さる。 さらに横からレオがやはり音もなく覗きこんでいた。 忍者か、こいつは。 覗うような視線に絹夜は眉を捻じ曲げて見返す。 「別にあの時はああするしかなかった。 だが後先考えるなり――」 「何言ってんの?」 「は?」 「やきそば、ごちそうして」 ジョーにああいったくせに自分は財布代わりだ。 これは完全に言う相手を選んでいる。 「なんで俺がお前に飯食わせなきゃいけないんだ」 「じゃあ私にご飯食べさせてくれない理由って何? おなかすいたの、お金そんなもってない。ご飯ごちそうして」 確信をつかれてまたしても首をかしげている間にレオが話を纏めてしまった。 なんという強引な話なんだ、ただ明確に否定できない。 どういうことだ? どうしてこうなってしまったんだ? 理性が起動して上手に自分が間違っていないことだけは組み上がる。 だが、その先に進まなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |