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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
12 *古代/Ancient*3
 丁度その日の夕刻にあたる。
 二駅先のデパートの屋上、ありきたりに子供が遊ぶような施設があり、
 中央のこざっぱりした舞台の前には子供たちがわいわいと並ぶ。
 その端で絹夜は紙パックの未調整牛乳を口にしてぼんやりと檀上を見ていた。
 その上ではごつごつした怪獣の着ぐるみと赤を基本としたスーツのヒーロがもみあっていた。

「やれーっ! ミナライダー!」

「ミナライダーよけてー!」

 子供の声に応える様に赤いスーツのミナライダーはただ事じゃないほどの派手なアクションで立ちまわる。
 一方怪獣の方は手足が短いのでそれほど避けてどうなるってもないのだが、子供とそれを見ている親からしたら拍手ものだ。

「おかあさん、おっきいお兄ちゃんもミナライダー見てる」

「指さしちゃだめよ」

 しかもここは禁煙ときた。
 ストローの先端をがりがりとかじりながら絹夜は調子よく怪獣を倒すミナライダーを見ていた。
 ちなみに、ミナライダーというのはローカルネットにて朝7時から放映されている子供向けの変身ヒーロー特撮で
 大工見習の港修平が港区のヒーロー、ミナライダーに変身して悪を以下略。
 見習いと港区ライダーをもじっているのだろうが、後者を子供が理解しているかは不明である。
 一通り終わり子供が目を輝かせて散っていったところで絹夜はようやく立ち上がり舞台の裏手に回る。
 衣装やら小道具やらが並ぶ狭い通路を抜けて今まさに秘密のマスクを取り上げたミナライダーが廊下に突っ立っていた。
 まさかミナライダーの正体が子供もその親も髪が痛むまでブリーチした金髪の高校生だとは思わないだろう。

「おっつ、きぬやん」

 スーツの上半身を脱ぎ腰に巻きつけて汗だくになったタンクトップをパタパタとやってジョー。
 俺の正体、なんてもったいぶったことを言ったから期待したものの。
 言葉の暴力か物理的暴力か迷っている絹夜の横をするりと抜けて初老のおじさんが封筒を持ってジョーに渡す。

「お疲れ様、今日の分だよ」

「あざーっす」

「この人、役者仲間?」

「あ、いやガッコのセンセっす」

「ほー。ずいぶんと男前な先生だね」

 聞く話、ミナライダーには”トビ独特のアクロバットアクション”があり、それを再現できる人間が滅多にいないらしい。
 人づてでジョーが紹介されてなんだかんだでショーがある場合はこうして呼ばれてはヒーローの中身になっている。
 だが、ジョーの正体についてはそれで終わりではないらしく、タバコが吸いたいという絹夜に合わせてデパートを出て
 少しにぎわいを離れた駅の鉄橋近くの土手にたどり着いた。
 ようやく一服した絹夜の横に座りジョーは興味担ぎ歩いている木刀を取り出した。

「こいつはさ、大蛇薙ぎっていう特別な木から切り出した木刀らしいんだ。
 オヤジがどこからともなく持ってかえって、そして俺に渡したんだ」

 どこか寂しげに語るジョー。
 そして考えた末、大きくため息をついて明かした。

「俺の家は代々脈守の家系でさ。江戸時代からこのへんを守ってきたんだ。
 ナインスゲートの異変には薄々感づいてた……きぬやんが来た時は、ああもう本当に何かが変わっちゃうんだって。
 平穏ってヤツが終わっちゃうんだって……あの時はびびったよ。今は後悔してないけどね」

 脈守という単語にあまり聞き覚えがなかった。
 ただ、この東京という街は得体のしれない術の上で構成されており、特殊な環境であることは有名だ。
 十年前、絹夜が通った陰楼学園も、そして九門高校もその上に成り立っている。
 異変が起きた時に沈める役目の一族がいてもおかしくはない。
 だまってジョーの言葉を待つと、やはり彼から出たのはため息だった。

「俺、本当はこのとおり役者になりたいんだよね。できればヒーローのさ。
 ピンチに駆けつけられるヒーローになりたいんよ、俺。
 でも、金はかかりそうだし才能だってないかもわかんない。
 そんな危なっかしい夢の為に妹やお袋や、それに街をないがしろにしたくないのも本音。
 脈を守れない脈守、それが俺の正体なんよ」

 自分を嘲笑するような視線で遠くを見つめながらタバコをふかしている絹夜にジョーは視線を上げた。
 全く別の世界から来た男。
 自由な世界で、何にも縛られることなく生きている男。
 憧れている、うらやましくも思う。
 地を這う虫にとっての大鷹のような存在だ。

「くすぶってんよねぇ……俺ってば。でも、なんていうか。
 今はすごく満足してるんよ。きぬやんと一緒にいるとさ、ちゃんと俺ってば守れてんじゃんって思うもん」

「どうだか。少なくとも、お前が脈守ってヤツなら俺の敵だな。
 俺はほじくり返して宝を奪う。お前はそういうヤツの駆除係だ」

「ははは、じゃあどっちかが自分の役目を怠ってるって事だよ。
 はい、俺の話はおしまい、こんだけ! 次はきぬやんのターンだよ」

 絹夜はその場に座って暗くなりつつある空を見上げた。
 宵の明星――ヴェスパーティンが見えた。
 何の話だったか。
 薄らぼんやりとする中でジョーが改めてしずかにきいた。

「きぬやんはレオの事どう思ってるの」

 どう?
 あんまりにも漠然とした問いだ。
 なんとでも答えられる。
 若い女、暴力的、乳がでかい。
 そして得体のしれない邪眼。
 絹夜はそのまま言ってジョーを沈黙させた。
 ごほん、と咳ばらいをしてジョーは、それ以外にという条件付きでまた同じように問うた。

「俺が……もう何年もわからないままの問いにたいして、明確な答えを知っている……気がする。
 ”穢れを知らぬ真白き神に人の痛みと慈しみの何が解る”……そんな否定だけが俺の全てだった。
 誰かの為に戦う事が出来ない俺に、大事なものが出来て、俺はその為なら魂捨ててもいいと思ってた。
 そんな風に思ってた女に、”つまらない男になった”って言われて、なんだかよくわからなくなっちまった」

 そう言った絹夜の表情は悲しそうでも、苦しそうでもなかった。
 からっぽになっていた。
 きっとすこしでも気持ちが動いてしまえばそれこそ辛くなってしまうような出来事で心を鎧ってなんとか耐えているのだろう。

「きぬやん、その人の事……愛してた?」

「……もうそれもよくわからない」

 気持ちがつかれていた。
 穏やかになったんじゃない。つかれていて、あの頃の怒りも欲望も何もすっかり萎えていた。
 人を愛して牙が折れて、人に愛されなくなって狩りを忘れた。

「レオは……昔の俺によく似ている。あいつは”つまらなく”なる前の俺なんだと思ったさ。
 今は、微妙に……相当違う事に気が付いている。
 いや、違うのは俺か? ずれてるのは俺の方か?」

 自問自答になって首をかしげて絹夜はタバコの灰が落ちるまでそのままだった。
 経緯と理由、論理的に構築しろ。答えを見つけ出すんだ。
 レオは今ごろ、何をしているんだろう。
 可能性の全てを考慮しろ。
 欲しいといわないのは欲しい理由がわからないからだ。
 それ以上でもそれ以下でもない。

「きぬやん」

「あ?」

「大丈夫? 顔色悪いよ」

「…………」

 ヴェスパーティンが闇に飲み込まれていく。
 また、夜が来る。
 今日も日が沈む。
 ”守ってあげるから”
 ただ、その言葉に甘えてしまいたいのかもしれない。
 ふと、視線をジョーに戻すと彼の後ろに人影が見えてぎょっとする、そしてよく見るとそれがレオだったので絹夜は声を上げて一歩引いた。

「おうわッ!! お前! 音もなく!!」

 そんな言葉を浴びせかけられているジョーが何事かと振り向くとそこには緑色の双眼があった。

「ぎゃばーッ!!!」

「おいーっす」

 何やらいろいろと入ったビニール袋を抱えながらよく近づいてきたものである。
 そして二人の間に入るといつものふんぞり返った仁王立ちで歯を見せて笑った。

「私がいなくて寂しかったでしょ」

 寂しかったとも、不安だったとも。
 不意打ちの登場にそんな言葉が出かかる。
 口だけ開いて絹夜は適当な言葉を取り繕った。
 適当過ぎて散々矛盾し散らかしていた。

「うるせぇ、思い出してもねぇ!」









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