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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
12 *古代/Ancient*2
 翌日はあいにくの天気で小雨がぱらついていた。
 フェミニンなブラウスにハードロックなショートパンツ、長靴代わりのウエスタンブーツ。
 大概レオの私服は体のラインがでる軽いものばかりで、今日もたいして着飾っているつもりはない。
 ただクラスメイトと一緒に出かけるだけ、そんなのはジョーとも何度も行っている。
 それと同じだと思っても、何か思いこもうとしている節があるのはレオにも自覚があった。
 大して物の入ってないボヘミアン風のバッグを肩から提げて準備万端。
 歩いて数分の駅にたどり着いたレオは早速唖然とした。
 白髪を隠すためか帽子を深くかぶり、ネルシャツの前をしっかり閉じて、まさかいまどきあり得ないというレベルの服装のクロウに、
 清潔感のある真面目そうな女性だが、何やらしつこく話しかけている。
 どう見てもキャッチだ。

「すいません、私達、幸せに関して考える会なんです。
 パンフレットを配布しているんで、こちらを読んでみてください」

「結構です。僕、もう十分幸せなんで」

「そんなことないですよ、もっと幸せになる方法があるんですよ。
 きっとあなたは気が付いていないだけなんです」

「い、いえ、小さな幸せで満足なんです、もう全然幸せなんです」

「皆さん最初はそう仰るんですよ」

「いや、本当に幸せ何で」

「いいえ、あなたはウチの宗教に入ります」

「入りません」

「入ります」

「絶対入りません」

「絶対入ります」

 幸せだといっている割には薄幸オーラが出ていた。
 まともな服装には見えなかった、まともな人間には見えなかった。

「不毛だ」

 さて、どんな風に割りこもう。
 ってか、帰ろうかな。
 レオが踵を返すという選択肢を選ぼうとしたその時だった。

「レオちゃんーッ! 助けてッ!」

「…………ああ、もうッ!!」

 全身に悪寒がはしって、その勢いに乗りレオはずかずかとキャッチの女性とクロウの間に入ると彼の腕を強引に取って
 駅のショッピングモール側に引っ張る。

「でかい声で呼ばないで!!」

 振り返りざまに怒鳴りつけるとクロウは潤んだ目を向けてくる。

「だって、怖かったんだもん」

「私はあんたが怖いわ……」

「ありがと、ありがと、レオちゃん。やっぱりレオちゃん、男らしくて素敵」

 その言葉を男に言われるとは思わなかった。
 そうですか、と棒読みで答えてレオはそのままクロウの手を引っ張ってショッピングモールに入った。

「あ、あれ? 何? お買いものするの?」

「あんたダサすぎ! そのカッコで隣で歩かれたらこっちが恥ずかしいんだよ」

「ごめんね、ごめんね、レオちゃん〜!!」

「だーかーらーッ!!」

 その調子でクロウにタンクトップを買わせるとネルシャツの前を開け、だぼだぼのジーンズをひざ丈までめくった。
 オタク青年から一気にワルぶった服装に変更させられ、クロウとしては落ち着かない様子。
 しかしレオに指図できるはずもなくクロウは黙ってされるがままだった。

「よし、これで許す」

 散々手を加えられて何かガラの悪い状態になってしまったクロウ。
 恐らく当人の表情からして不安なのだろうが、彼はおどおどとしながら礼を言った。
 山手線でぐるりと周り上野で下りると、すでに賑わいが見えてレオは久々の人並みに背筋をのばした。
 不忍(しのばず)口から出ればすぐかの有名な東京上野公園の入り口が見える。
 夏の日差しを満喫する人の波に乗って歩いていくと
 いくつか荘厳な博物館や美術館が並んだがそれを通り過ぎ全くもって人目につきづらい階段の奥に展示場があるようだ。
 ついていくと、地下に埋め込む形で作られた大きな展示場のようだった。
 きちんと下調べをしたのかクロウの足取りによどみはない。
 中は少し薄暗い中で人がたくさんいるのに静まり返っている。

「あ、傘持つよ」

「あそう。よろしく」

 少し言葉を交わすと気まずさがほぐれた。
 いつも大暴走してくれるクロウだが、案外話せる奴じゃないか。
 膨張色でなよなよした、か弱い乙女がそのまま男の子になったみたいなクロウ。
 なんでこんなんなっちゃったんだろう。
 自分の事は棚にあげれレオは首をかしげた。

「あ、レオちゃん見てみて。あそこにお土産屋さんがるよ」

 それがどうした、と思うのだが、かなぐり否定して言葉の暴力を叩きつけるのはかわいそうになってきた。

「ホントダー」

 女子生徒に合わせる様に機械的に返事するとクロウはそれはもう万遍の笑みを向けてきた。
 もしかして、今日一日これでいくのか。
 ひきつった笑顔を返しながらレオは思った。
 展示場に入るとそこは神秘的な空間で巨大な石造やら小さな農具の破片やらがライトアップされてなかなかシュールな光景だった。

「レオちゃん、レオちゃん」

 小さな声で手招きするクロウ。
 またしても大きな声を出されても困るのでレオは保護者の気持ちになって大人しく付き合った。

「見て、これ」

 死者の書だ。
 五メートルはあろうか、繊維の荒いパピルスの上につらつらと文字と絵が書き連ねられている。
 どうしてこんな面倒臭い代物を古代エジプト人が作ったのか。

「なんだか、不思議だね。死んだ人の為にこんな風に出来るだなんて……。
 あのね、これは死んだ人が再生するときに、生き帰る時に困らないようにって書かれたものなんだって」

 やっぱりまどろっこしい代物だった。

「ふーん……再生なんだ……」

 オウム返しになったレオにクロウは不安げな顔をする。

「興味、ないかな……」

「あん? あ、あー。すごいのはなんとなくわかんだけど……。
 それさ、途中から飽きてるカンジがするんだよね」

「え?」

 死者の書は、前半気合いが入った繊細な絵と文字がが敷き詰められているのに、後半になると絵は間隔があき、簡単な動物たちと太くだれた文字が並んだ。
 きっと書いた人間は死を飛び越える魔術より、たった五メートルの書に退屈な永遠を見たに違いない。
 途中から飽きている。
 その説明にクロウは口元に手を当てて笑っていた。
 死者蘇生、か。
 そりゃいなくなった人が戻ってくればうれしい事だが、誰もがそんな事をされて嬉しいのかと考えると複雑な心境だった。
 カイには帰ってきてほしいと思う。
 彼はまだこの世のどこかに生きているはずなのだから。
 しかし、両親にはそんな想いはない。
 愛されなかったから、あまり記憶にないから、そんな事ではない。
 死んでしまった人間に対して、戻ってきてほしいなんて気持ちはなんだか、失礼な気がした。
 死んでしまった人たちの苦痛を、悲しみを全て否定して、彼らを否定しているような気がした。
 死に塗りつぶされたわけではない、死と混ざりあい、同化する。それが二階堂レオの死の価値観だった。
 いずれ死ぬであろうから、自分であって、彼であって、丸ごと認めることができる。
 再生。
 それは叶わぬ恋をしているようでいささか目の当たりにするのがこっぱずかしかった。
 いつの間にかパンフレットを持ってきていたクロウのそれを奪い取り展示物の一覧を眺めていくと、そこには”セクメト”の名があった。
 自分のオーバーダズ、精神の起源だ。
 つまらない農具や置物などをすっとばし、レオは別のフロアにある像の立ち並ぶ区画に先走った。
 セクメト。
 破壊の女神。
 獅子頭に女性の体をした大きな女神像だった。
 牙を見せる顔、優雅な体つき。

「ああ、セクメト女神だね」

 クロウも同じようにそれを見上げていた。

「好きなの? こういうの」

「あ、うん、ちょっと……気になって」

「セクメトはね、エジプト神話の恐ろしい女神なんだ。
 暴力、伝染病、血、破壊……そんなものを司ってて、人類を滅亡に導いたこともある」

「人類滅亡……?」

「神話の中でだけどね。自分を信仰しなくなった太陽神ラーが作り出した復讐女神で命令通り人類を殺して回った。
 さすがにやりすぎで太陽神含めた神々も止めようとはしたんだけど、束になっても勝てるあいてじゃなかったみたい。
 それで、セクメトが大好きな返り血に見せかけた酒で酔わせて止めたんだってさ。
 それでもこうやって崇めたてまつられるってすごいよね」

 なんて過激な。
 そんなものが自分から出てきたレオとしては自分の事のようで聞いていて耳が痛かった。
 それ以外には目当てになるものもなく、億劫ながらクロウに合わせる。
 彼は満足したような顔つきだったが、レオにはやはりなんだかよくわからなかった。
 どこもかしこもベージュ色の大理石、まるで夢に見るあの大量殺人現場のようだ。
 ――セクメト、血、死体。

「…………」

 入場前に見かけた土産展では誰が買うのか不明なデカイ置物や展示物の写真が写っているポストカードが売っている。
 いくら世界に引き込まれたからって買う人間がいるのか、思わずそんなツッコミを入れたくなる代物ばかりだ。

「レオちゃん、何か欲しいものある?」

「ない」

「……いや、即答されると、困るんだけど……」

 そういいながらレオはレオで10個そこそこで2000円するチョコを購入しており、
 買い物はクロウがあっちこっちにいって人波に流されている間に済ませた。
 保健室でユーキに渡せばお茶でも入れてくれるだろう。

「お、お揃いのブレスレットとか」

「いらない」

 若干強引に会場を出てすぐ目の前にあった喫茶店で小休憩と昼食をとるとやはり、といっていいのだがもじもじしながらクロウが聞いた。

「これからどうしよっか」

 やっぱり続きがあるんだ。
 食後のコーヒーを飲んで口の中をさっぱりさせているレオの目の前でクロウはデザートを口に運んで
 やっと食の細い、しかし甘いものは別腹の乙女チックな食事が終わったところだ。
 お守をしている気分になった。

「上野動物園いく?」

「私動物園って嫌い。閉じ込められてる動物見て何が楽しいの」

「あ……そうだよね」

「これで終わりなら帰るけど」

「え、ちょっとまって……今考えるから……考えるから」

 もたもたしているなぁ。
 しばらくクロウがそんな様子なのを見て、しかしすぐに飽きてレオは立ち上がった。
 何事かとクロウも視線を上げる。

「買い物する」

「え?」

 確かこの近くには有名な商店街アメ横があったはずだ。
 何か珍しいものでもあるかもしれない。
 レオが伝票を持って会計に向かうとクロウはさらにもたもたしていた。
 上野公園を出てすぐ、アメ横を歩いて行く。
 活気のいい声、破格の乾物。
 ほぼレオが引きずりまわして荷物持ちにしていたのだが、クロウはぜぇぜぇと息を切らしながらやっとのことでついてきた。
 店のオヤジとの腕相撲で勝ってアジのひらきを何枚かぶんだくったり、夕方にはまた小腹がすいて露店のスジ煮を食べたり、
 デートというにはいささか趣向が渋いもののレオがクロウに暴力暴言を振るうことはなかった。
 なんだかんだで日が傾いて、電車に乗って地元に戻ると空は紫色が染み込んでいた。

「レオちゃん」

 ちょっとさみしそうな顔をして別れの挨拶を切りださないクロウ。
 何か言葉がつっかえているようだった。
 それでも言う気にならなかったのか、クロウは俯いて無理に笑顔を作ろうとした。
 大量に手に入れた食べ物の袋を提げたレオは振り向きざまに苦笑した。

「楽しかったよ。でも、アンタとはテンポが合わない」

 正面切って言うとわかっているといわんばかりにクロウは頷き、それでようやく落ち着いたのか笑顔にならない笑顔で手を振る。

「……じゃあね、ばいばい」

 話を無理に押し切って、背中を見せて去っていったクロウがきっとこれから誰もいない部屋に帰ることをレオには想像出来ていた。
 彼からは暗い夜のような重い色の不安の匂いがした。
 まるでどこに行ったらいいかわからない迷子のような、寂しさと孤独の匂いがした。
 どうしても、その類の匂いが鼻をかすめると、黒金絹夜の事を思い出す。
 隠しているのにどうにもこうにも隠しきれない、まさに暗黒が彼のどこかにあるのだ。
 そして、彼自身はその暗黒を懸命に否定しようとしているのだ。
 そんなの、できっこない。
 己の中に巣食った闇を否定しても無意味だ。


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