NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
12 *古代/Ancient*1
夢を見た。
またしても狭い箱の中だ。
鉄格子の填まった眼前、上方向に流れていく風景。時折格子の先には懐かしい夜明けの番人の姿があった。
決まって格子の中には自分が二人いて討論をしている。
冷静な自分、感情的な自分。意識はその間を行き来していた。
だが、今回の夢では自分は一人だった。
そして異様な程に、格子の向こうにあらわれるであろう何ものかに怯えていた。
相手が何者なのかは思い出せない。
ただ、それは明確に死をイメージさせるものだった。
一番苦手で、それでも大切にしまっている思い出だった。
いやだ。
絹夜はそう念じると恐怖に答えるように下がり続けてきたエレベータが停まる。
冷たく硬い重低音を上げたきり、動きそうもなかった。
格子の先には光が満ちた長い通路がずっとつづいている。
その奥から、ゆっくりと足音が響いていた。
きた。
細長い影が光の中に浮いて、ちかずいてくる。
足音と合わない足取りですっと絹夜の前にあらわれた。
逆光で暗い輪郭だけが白い中に浮いて見えた。
「お前は……」
ふと、思い出しかけて絹夜は否定した。
なんせ、そいつは――。
それは笑った。
あの時のように。
そして絹夜と同じように格子に手をかけた。
それの顎が開く。
「――歌うな!」
絹夜が恐怖していたのはまさしくその行為だった。
しかし止める事も叶わず、ソプラノ、アルト、テノール、バスが同時に響く。
それは格子に絡めた指にぐっと力を込める。
聞け、我が声を。何びと足りとも逃さぬ認識を。
「死んだはずだ、大天使!!」
歌を中断して、それは怒る父のように静かに唸った。
「連ねよ、我が子よ。
お前は、だからこそあらゆるものから与えられた。その恐怖すらも」
恐怖。
自分は何を恐れているんだ。
それは少女のように瑞々しく笑っていた。
「お前はようやく、あの時のままだ」
「いつだって思わせぶりだな!」
嫌悪と怒りが理由のわからない畏怖に勝って絹夜は拳を格子に叩きつけた。
がしゃん、と鮮明に金属の悲鳴が聞こえて――目覚めた。
午前四時だ。
「…………」
夢の中ではきちんと思い出せていたのに、カーテンの隙間から漏れだす青白い夏の朝がすっかりさらっていってしまった。
* * *
指折り待ちに待った終業式。
暑い体育館の中でやはり空気をよみとったのか校長の話はやっぱり短かった。
もうすでに生徒達は今日からの日程、遊ぶことで頭がいっぱいである。
最後に、夏休み中の注意というお決まりの文句があっておしまいだ。
小一時間熱い体育館に立っているだけでその日は解散、待ちに待った夏休みだ。
「レオちゃん……あの」
フェードアウトを決め込もうとしたレオの前に立ちふさがったクロウ。
しかし今日にかぎってへらへらした様子ではなく、何が何でも止める、という決意が感じられた。
「なんなの……」
どすん、と一歩踏み出すクロウに気押されてレオは一歩下がる。
それを何度か繰り返しているうちにレオは窓べりにおいつめられた。
周囲の目はもう、またやってる、という風で日常茶飯事となっている。
がしっとレオの両手をとると、そこに派手な色の紙切れを一枚収めた。
「明日、駅前で待ってる」
「は?」
ぎらついた目でそれだけ言うと、クロウは本当に珍しくそのままばっと振り返って去っていった。
いつもならそれはもう好き勝手に暴走するのだが。
クロウに無理やり渡された紙切れを恐る恐る見てみると、それはこの夏開催されているエジプト古代美術展のチケットだった。
なんてしぶいんだ。
隠すようにそれをバッグに入れる。
何もなかった、何もなかった、と念じながら顔を上げると視線が集まっており、レオはそれに対してカっとガンを飛ばす。
蜘蛛の子を散らすようになって、しかしレオは足早にそこを去った。
* * *
庵慈が残していった資料に目を通し、絹夜はいくつかの疑問点にあたっていた。
呱呱の角病院では肉体、魂、精神を分解して、魂だけを焼きつけるという術を行っていた。
当然、肉体はその際に失われ、魂はゲートの魔法陣に変換される。
そして残った精神は今なお裏界を彷徨っているという事だ。
実際にこの魔術は完成している、だから彼らの論理は正しく構築されていたのだろう。
しかし、どう考えても変だ。
どうさばを読んで算出しても子供1人辺り生贄にしたところでゲートを開くことはできないし、
もし強引に開くとするのなら何十人もの、それも相当な魔術師やら聖者クラスの人間の魂が必要になる。
この子供一人一人がそれだけ優秀な才能の持ち主だったというのだろうか。
いや、子供のうちは魔も聖も判別がつかない不安定なエネルギーだ。使うに適さない。
何か別のものがトリガーとなっていたのではないか。
魂なんてそのトリガーをほじくり返す呼び水程度だったのではないか。
絹夜はその答えに結び付けようとしたのだが、何故子供1人につきそれだけのエネルギーである前提が立てられたのかがわからない。
とにかく、今この高校の裏界をギーメルと取り合っていることとなる。
いや、呱呱の角病院は元々ギーメルの息がかかった場所であることから、自分の方が横合いからぶんどろうとしているのだ。
一応トレジャーハンター的なものを名乗っているが、この仕事が成功したらきっとまた”盗賊”、”盗人”と言われるのだろう。
そして法王庁がまた適当な罪状をつきつけて――。
絹夜が法王庁浄化班トップの兄を思い出しナーバスになりかけたその時、どかん、と乱暴に戸が開いた。
無意識なのか足音は小さい。よく出来た身体能力だ。
「お前らもずいぶん裏界がお気に入りみたいだな」
「絹夜程熱心じゃないけどね」
すかさず嫌味な返事をするレオ。
その後ろにやたらきょろきょろとするジョーの姿があった。
スパイごっこでもしているのだろうか。
「フン」
レオを追ってジョーがひょいひょいと部屋に入ってくる。
戸を閉め辺りに気配がないか調べた。
そしてレオの前に出て不自然なほどの笑顔を見せた。
「レオ、さっきクロウちゃんに何もらったの」
「別になんだっていいでしょ。面白半分に首突っ込まないで」
「面白半分なんてそんな、面白全部だよ」
「…………」
ああいえばこういう。
口先のまわるジョーに負けたのか、レオは鞄から紙切れを取り出した。
そのままジョーにつきつけると、彼はレオとチケットの間で視線を何度か行き来させ首をかしげる。
本当はギーメルについて頭を巡らせたかったのだが、絹夜も視線だけそちらに向けて二人の会話に聞き耳を立てていた。
どうしても気になる。
そのクロウ・ハディードの話を聞くとどうにもこうにもいらついた。
「エジプト古代美術展か……クロウちゃん、こういうの好きなのかなぁ。案外しぶいね」
「さぁね」
「ほーん。じゃ、明日頑張ってね」
「はい?」
「行かないわけにいかないじゃない。クロウちゃんの携帯電話の番号もアドレスも知らないでしょ?」
「…………ムギャーッ!!」
何を思ったかレオは両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜ奇声をあげた。
そして頭を資料の入ったロッカーにどかどか当てるとようやく気が済んだのか落ち着いた様子でボソボソと話す。
「面倒臭いけど、待ち合わせ時間に駅行って断るよ」
話は聞いているが絹夜は直接的な面識がなく、しかし確実に鬱陶しい存在としての認識が色濃い。
しかし相手をぶん回す力量だけは神緋庵慈に匹敵するのではないか。
そんなやつにレオが付きまとわれているのか。
一発ぶん殴ってやればいいのにどうしてそれをしないんだ。
そんな度胸のない女じゃなかったはずだ。
いや、現にジョーは大したことのない理由で何発かもらっている。
「クロウって、例の白髪の優男か」
パソコンをいじる手を止め、二人に向きなおる。
レオの手には確かにその派手な色合いのチケットが収まっていて、丁度のろのろとバッグにしまうところだった。
「俺としては二階堂レオをおデートに誘った時点で肝に関しては評価してんだけどね。
俺よりモテるという点が欠点だね」
確かにそうらしい。
ここに来て以来絹夜に黄色い声を上げていた女子生徒の半数はクロウ・ハディードにも同じような態度だった。
静かになって清々したと思ったら余計なお節介つきだ。
なら自分が付きまとわれていた春先の方がまだいい。
クロウの事を考えるといらいらとして、ネガティブな考えしか浮かばなかった。
その矢先だった。
「いってみればいいんじゃないのか」
ジョーを無視して絹夜は言っていた。
すると、レオがきょとんとして、そして疑うような視線を向ける。
「どうせヒマなんだろ」
「失礼な。裏界だっていくでしょ?」
「別にお前がいてもいなくてもなんとかなる」
気持と違う事を言っているのに気が付いていた。
ただ、今更違うなんて事は言えないし、ひねくれた口がいやみばかりを量産した。
「お前が誘われるなんて後百年ないかもしれないぞ」
ああ、きっと怒らせるんだろうな。
後になって埋め合わせをしておこう、そうすればわからない相手じゃない。
それがあ前であることを自覚しながら絹夜の口はもはや滑っていた。
「いってこい、ついでに付き合っちまえ」
「それもそうか」
「…………あ?」
酷く軽い調子でレオはあっさり納得した。
「このチケット、高そうだし、ホントはちょっと興味あるんだ古代エジプト」
「そ、そうか……」
絹夜の視線は床、そしてデスクの引き出しに向かい、そのまま呆然とした。
頭が途端に働かなくなって絹夜は胸ポケットに手をやる。
タバコがない。
それだけで急にストレスがのしかかって指先がいらいらとしはじめた。
近くのコンビニで買ってこよう、むしゃくしゃする。
立ち上がった絹夜にジョーが恐る恐る声をかてきた。
「あれ? 今日は裏界いかないの?」
「そんな気分じゃない」
もちろんそんな言葉をぶつけられたジョーは首をかしげたし、言ってて絹夜自身も理由が分からなかった。
ただ、そんな気分じゃないことだけは明確で、自分はただ子供のように癇癪起こしただけだ。
この感覚には覚えがあった。
高校を出たすぐのコンビニでタバコを買い、そこで一服する。
太陽は高く、それでも日光が痛い。
この感覚はまるで、そう小さい頃に味わった。
黒い髪、優雅なしぐさ、そよ風のような人だった。
黒金絢音。自分を守って育ててくれて、そして手をかけてしまった大事な母親だ。
生かしてくれた優しい人。慈しんでくれた温かい人。
絹夜には血のつながらない兄弟が三人いた。
健在なのは二男の雛彦だけであるが、昔は家族みたいなものの形をしていたはずだ。
年の近い絹夜と三男の獅徒はどうも小さい事ろからそりが合わず母をとりあっていた。
今思えばどちらが愛されるかを競っていたようだった。
そんな、大事なものをとられて負けた感覚だった。
「レオ……」
あの娘には興味がある。
異様なエネルギー、新種の邪眼。
黒豹のような怪しげな美貌。
そうだ、あの夜明けの、風見チロルへの感情に似ていた。
”ちゃんと守ってあげるから”
夢うつつに覚えているあの囁きがもっと欲しい。
自分が持っているカードを突き付けるべき相手、しかしその証拠がなかった。
証拠がなくては何もできなかった。
それ以上なにも考えられなくなり、絹夜は学校に戻った。
地理教材室にはまだジョーがおり、椅子を逆にして座って待ち構えていた。
「おかえり」
その彼の手にはは派手な色合いの紙切れ――古代エジプト美術展のチケットが二枚収まっていた。
「ごめんね、デスク気にしてたから勝手に開けちゃった」
「…………ほー。捨てといてくれ」
「もー、そういうの子供っぽいよー?」
そういいながらジョーはデスクにチケットを戻した。
そして背もたれに頬杖をついて壁に寄りかかる絹夜に言った。
「きぬやんが素直なら応援するのにな〜。
素直なクロウちゃんのが応援しがいがあるな〜」
「勝手にしろ。どいてくれ、まだ調べたいことがある」
「そうだ、きぬやん。交換条件にしよっか。
俺の正体ときぬやんの本音。オーケー?」
思いがけない提案。
絹夜は顔をあげてあからさまに興味なる顔をしてしまった。
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