NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
11 *須佐之男/Susanowo*1
「いっててててて……! これだから屋上のゲート嫌いなんだよ……」
またしても気がつけば腰を打っているジョー。
「あんた、屋上に嫌われるようなことしたんじゃないの?
立ちションとかさ」
「ンな事で屋上、怒るかよ!」
「したの!? サイッテーッ!」
「はいはい、俺怒られまーす」
二人のやり取りの間、銀子が固まっている。
そしてその光景を冷めた調子で絹夜と秋蝉イノリが傍観していた。
きょろきょろしていた銀子がようやく絹夜を見つけると幽霊でも見たような顔つきになった。
「ぎゃーっ!」
「よう」
「くっくっくっく……こっこっこっこ!」
「病気持ちのニワトリか、お前」
タバコを咥えたままフェンスに背中を預けている絹夜。
空は重油のナイアガラだし、目の前も霧がかかり全体的に薄ぼんやりとしている。
黒く淀んだ空、白く霞んだ目の前。
気味の悪い場所だが間違いなくここは学校だ。
よく見えないがグラウンドも、そして町並みも全て一緒だ。
「何なんですか、ここはぁ!」
「俺たちが生きてる世界から上っ面とったら、ってな場所だな。
イノリ、あとは説明しといてくれ。面倒臭い」
「はい、かしこまりました」
困惑の視線で絹夜の隣の金髪美少女を見る銀子。
「この世界は魔力高揚によって”表界”とのゲートを開いてしまったようです。
私の役目はここの均衡を保つことです。イノリと申します。以後、お見知り置きを」
「……あ、はいっ。す、菅原銀子と申します、よろしくお願いします」
年齢不詳の影、イノリだが銀子の方が幼く見える。
態度というものがいかに大切かジョーとレオはしみじみ感じた。
「で、なんで菅原がここにいるんだ」
気になるんだったらもう少し何かしらのリアクションがあってもいいだろうに。
全く持って無反応の絹夜にジョーはあまりにも完結な説明をした。
「呪われているんだってさ」
「うわ、えんがちょ」
「エンガチョしないでくださいーっ!」
バタバタと両手を振り回しながら絹夜に近づいて行くが絹夜はバックステップで逃げる。
それでも銀子が追いかけてくるので絹夜は彼女の頭を片手で押えた。
ぶんぶん腕をまわしてもリーチが違う。
「うわーッ黒金先生がイジメますぅーッ!!」
「呪いってなんだよ。成長が止まっちまう呪いか?」
「成長はちゃんとしてますよーッ!」
ぶんぶんと腕を振り回す音がだんだんと鋭くなってきた。
もしかしたらそれに当たったら結構やばいんじゃないか。
銀子だけが騒ぐ中、絹夜は闘牛士のようにひらりとかわしてさらに銀子の背中を押しフェンスに叩きつける。
すると、銀子がぶち当たったフェンスが紙でも破るかのようにくしゃりと穴を開けた。
「…………」
ようやく動きが停止した銀子。
そしてその凶器の両腕は真っ白な毛で覆われていた。
いや、腕だけではない。
スカートから延びる足も獣のそれだ。
「黒金様、菅原様の体内に魔力流動が見られます。
変化しますよ……!」
「やれやれ、だな……」
すっと背中を向けて屋上のドアを開く。
親指でそっちに移動するようレオとジョーに示すと、にやりと笑った。
こういう笑い方をする時は対外無茶を押し付けようとしている時だ。
「ぐ、ぐぅ……」
嫌がっている場合じゃない。
明らかに女性のものと――いや、人間のものと思えない唸り声が迫ってくる。
「何なのかくらい教えてくれたってっじゃんよぅ!」
校内に駆け込んだレオとジョー、そしてイノリ。
絹夜は口を開く前にドアを閉めた。
「ライカンスロープ。早い話が狼女だ」
「銀子ちゃんが……?」
「呪いってまで断定づけてるんだ、何かやった覚えが――」
絹夜が話している途中、どかんと白い塊がドアに激突する。
サイズは銀子のままだがそれは間違いなく二足歩行の狼だ。
「グラウンドまで走れ!」
ドカドカとドアに体当たりする銀子に理性がああると思えない。
血走った黄緑色の目で小さなガラスの窓枠越しにこちらを睨んでいた。
言われたとおりに階段を駆け降りるとすぐにドアが外れて階段を落ちる音が響く。
咆哮は一気に背後に迫った。
「絹夜、理科室のゲートから表にもどろうよ!」
「それもいいが、ここの時間の概念はデタラメだ。次来て餓死してたらさすがにまずいだろ」
「きぬやん、あれをどうにかする方法があるんだよね?」
「ボコして気絶させる」
「それでは、私は御役に立てませんね」
殺傷能力の高い武器を持つイノリは手にしていた銃を懐に戻した。
そして、確定づける様に絹夜は弟子二人に言い放つ。
「幸い、お前らはケンカファイト慣れしてんだろ。矢吹ジョーだろ」
「…………」
なんだかもう彼が何を言っているのかよく分からなかった。
階段を駆け降り、校庭に出ると屋上よりいくばくか視界が開けていた。
不幸か幸いか、その為にすぐ後ろの昇降口から銀子が現れるのも見える。
「はやっ! あんなバケモノどうやって気絶させられるんだよ!」
「ハートに訴えかける」
「ロッカーか、アンタ! 雨の日ライブのロッカーか! そんなむちゃ言――」
精神干渉。
相手がシャドウでなくても出来るのではないか。
いいや、ただより生身はシャドウを含む。
出来ないはずがない。
肉体を傷つけずに戦う方法をとっくに教えてもらっている。
「レオ、影でならいけるぞ!」
「言われなくても!」
レオの両腕に雷光が灯る。
ジョーも木刀を構えると、それを合図に銀子が飛びかかってきた。
受け止めよう、ジョーが木刀を盾に構えたと同時にレオは横に逃げていた。
「え、ちょっ、おっ!」
一人じゃ不安になってジョーも反対側に逃げる。
左右に別れたうち、銀子が目を付けたのはレオだった。
「つわッ!」
持前の運動神経で逃げていくが、少しづつ間合いは詰まっていく。
いつまでも逃げてはいられなさそうなレオに助け舟を出す為、ジョーは銀子の背中に手加減した突きを放った。
それでも今朝の不良はすっ飛んで痛い痛いと喚いたのだが、銀子はびくともしない。
まるで蚊トンボが止まったかのようにスカートから伸びた足を後ろに蹴りあげた。
「――!」
聞かない事も想定外、攻撃が来ることなんて予想もしていなかった。
銀子のバックキックがジョーの胴に命中し、逆に吹っ飛ばす。
ほぼ同時にレオの首根っこも捕まえていた。
「むわーッ! 銀子ちゃん強すぎーッ!!」
片腕で持ち上げられて手足をバタバタとさせているレオ。
小さな獣が持つパワーは想像をはるかに超えている!
「黒金様、何故手を貸さないのですか?
あなたにはそれが出来るはずです」
「あいつらでも出来るさ」
「しかし、怪我を負ってしまう可能性もあります。
黒金様が戦った方が能率的です」
「…………まぁな。でも見てみたいんだ」
口に入った砂を吐き出し、ジョーは木刀を構えなおした。
相手は生身だ。
影の魔力を届かせるには生身を貫通させなければならない。
ただ、この木刀に絡みついているだけの蔓の影では届かない。
そう、もっと具体的な形が必要だ。
「こぉのぉ……!」
その結果に至ったのか、レオの両腕から全身を包むように雷光が走った。
そして彼女の中からずず、と黒い影が浮き上がる。
彼女のオーバーダス、冥帝セクメトだ。
「負けてたまるかぁッ!」
大きなかぎづめを持つセクメトの拳が銀子の体にめり込む。
銀子の体が浮き上がり、レオを離すがさほど効いているようではない。
体勢を立て直すとすぐにセクメトと睨み合った。
「ぐ……グルルゥゥゥ」
「かかってきなッ!!」
両者がボスボスと殴り合う。
巨大なセクメトと銀子であるが、力の程は同等のようだ。
「……っ!」
銀子のパンチがセクメトにクリーンヒットすると、レオが胸を押さえる。
銀子は肉体でカバーされているがレオのセクメトは精神むき出しのそのものだ。
生身の拳とグラブをつけている差がある。
「きぬやん! 犬さんと猫さんが殴り合ってるけど、結構まずいんじゃないの!?」
「ああ、そう思うなら止めてやれ。
レオも頭に血が昇ってるから、ありゃ本気だぞ」
「……きぬやん!」
オロオロとするジョーに向かってぺっと煙草を吐き捨てると彼は珍しく弟子相手に眉間に皺を寄せた。
「やかましい!! いちいち俺の指示仰いでねぇで自分で考えろ!」
「て、言っても…………」
視線を戻せば中途半端にスーツを着ている白い狼と巨大なボンテージ猫が殴り合っている。
入る隙間もない。
とりあえず近づきレオをなだめようと思ったが、言葉を口にする前にぎろりと睨まれた。
「すっこんでろ!!」
「…………」
ダメでした、と言おうと今度絹夜の方を見ても似たような目で睨まれる。
その横で唯一イノリが口パクで「頑張ってください」と顔に出ない応援を投げてくれた。
「そんな追い詰め方ってないよ……」
じゃあ、具体的にどうしたらいい!
両者の間でおろおろしているとまたしても銀子のストレートパンチがセクメトに入った。
セクメトのヴィジョンと共にレオが吹っ飛ぶ。
「ライオン丸ッ!!」
校庭の上を二回も跳ね上がってレオの体がやっと止まる。
土煙の中起きあがろうとした彼女だったが歯をくいしばって相当効いているようだ。
そのさらに後ろでライオン丸――否、セクメトも頭を上げるもレオと同じような有様だ。
「レオ、大丈夫……か……」
レオのことを気にしている場合ではない。
眼球をゆっくり反対方向に向けると、がっちりと銀子がロックオンしていた。
「…………」
次の瞬間には銀子が強烈な一撃を振り下ろすも、ジョーは何とか木刀で受け止めた。
押しも押し返しもされず均衡している様子を見ても絹夜は動きもせず、ポケットからまたタバコを取り出して火をつける。
イノリは変わらない絹夜の様子に首をかしげた。
「何故手を貸さないのですか?」
「俺はあいつらの保護者様じゃねぇ」
「彼らが傷ついても、ですか?」
「傷ついてギャーギャーぬかすようなヤツじゃねぇ」
不思議にも、その会話一つがジョーの耳にも届く。
甲斐かぶりすぎだ、そんな風に思いながら銀子の腕を押さえるのがやっとだ。
いや、やっとではない。
次第にぐいぐいと腕が持たずリーチが迫る。
「あいつは人の為に自分を惜しむような男じゃねぇ」
その言葉と同時に銀子のパンチが左胸に入る。
ドクン、と心臓が叫び、体がふわりと宙に浮いた。
「そうだろ、ジョー」
どうしてあの男は自分をそうも過大評価しているのか。
自分はいつだって彼の力を借りてきたはずだ。
ふと、蔓のシャドウが見えた。
彼が与えてくれた武器は人の心。
これは彼が引きずり出した自分の心。
強くなりたい。
本当は昔からそう思っていた。
父が家を去ったあの日から――。
「オーバーダズ……」
どすん、と体が地面にたたきつけられ、勢いよく引きずられていく。
スローモーションに見えた。
だがすぐに、停電でもしたかのように視界が真っ黒になる。
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