NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
10 *人狼/lycos*2
絹夜は大したことのない傷で騒ぐジョーに目を向けた。
少なからず顔をすりむいたらしくあれだけ大暴れしていた男が消毒液を含んだ小さな綿で痛がっている。
「本当にケガ人を増やすだなんてもってのほかです!」
なんやかんやで駆け込んだ保健室、人ばらいをさせてあるせいで妙な空気が漂っている。
誰かが覗いている。
誰かが聞き耳を立てている。
それはそうだ、あそこまで騒いだのだから。
今は校長が警察の相手をしているが、絹夜も後々呼ばれるのだろう。
本人も反省はないものの、面倒をやらかしたという事だけはわかっているようだ。
「ホント、他校の生徒に手上げるなんて教師らしくないよねー」
レオはというと連中のバイクから部品ごとに没収し、その戦利品をつみきで遊んでいる子供のように広げてご満悦だった。
脂臭いパーツだが、金目の部分だけしっかり抜き取ってくるあたり、ただのモノ好きではなく本当に機械に強いのかもしれない。
「丸く収まったから良いようなものを……黄門様自ら手を下してちゃ、厄介事が増えるだけですよ。
ただでさえ裏界の魔力増幅が著しいというのに、こちら側でも問題を起していては元も子もないですからね」
「小姑か、お前……」
まぁまぁ、と文句ばっかりの絹夜をなだめようとジョーが苦笑したところで保健室の扉が無遠慮に叩かれた。
何かちくちく刺さるような気配の中、堂々としたものだ。
視線が一気に集まり、しかしその必要もないとわかるとユーキが扉を開きに行く。
待ち切れなかったのか向こうから開いて銀子が顔を出した。
「あ、皆さんいらっしゃったんですね」
いつもならどかーっと突っ込んできそうではある銀子も覇気がない。
そのくらいがちょうどいいだろうと思っていたが、実際彼女がそんな顔をしていると不気味だ。
「怪我でもしましたか?」
「…………」
「菅原先生?」
「――えっ? あ! いいえ、なんでもないですっ!!」
とはいったものの、またしても俯いてぼんやりとしている銀子。
何を言い出すのかと思えば、きっと絹夜の方を見て、それでも表情はさえなかった。
「黒金先生、ごめんなさいっ!」
「ああ?」
「私、誤解してました……。私、黒金先生の事、自分勝手でつっけんどんで他人の評価を全く考えていない人だと思っていました!」
その通りだ。
絹夜以外の三人の視線が泳いだ。
「でも、本当は愛の鞭を身をもって振るう熱血教師だったんですね!!」
「…………」
何をどう見たらそうなるんだ、と呆れかえったものの、
よくよく考えてもみれば絹夜の異能力について知らない人間は眼力で抑え込んだようにしか見えない。
本当は心のコミュニケーションもろもろ皆無、相手も持っていない卑怯な力でねじ伏せた、というのが事実だ。
ひどくいい感じに屈折したポジティヴシンキングが銀子らしい。
否定するとまた話がねじれていきそうなので絹夜は気のない返事で頷きしっしと追い払うように掌を動かした。
「黒金先生は生徒にも好かれているし」
「生徒ってこいつらのことか」
「度胸も据わってるし」
「度胸って言うか……傍若無人って言うか……」
「実際にとっても強いし」
「いや、あれは……」
三人で否定の合いの手を入れても銀子は全く聞かずに自分の話を続ける。
「感動しました! 黒金先生がそれほどの教師としての資質を持っている方だなんて!
黒金先生は規律さえ守ってくれればとってもとっても素晴らしい先生になれるはずです!」
「…………菅原、その話は長いのか?」
「何時間でも語れますよーッ!!」
銀子の言葉を聞くや否や、絹夜は立ち上がり早歩きで出口に向かう。
すると、銀子も同じようにスタスタ移動した。
「着いてくるんじゃねぇ」
「黒金先生は規律を守られるともっと素敵な先生になれるはずなんです、
及ばずながら私がみっちりサポートします」
キラーン。
銀子の目が光った。
絹夜の表情と言ったらそれはもう3Dで浮きあがっているのかと思えるくらいにデカデカと”辟易”が書かれていた。
国語教師であるはずの銀子にはそれが読めなかったらしく熱視線を向けている。
何を考えているんだ、この女。
オクルスムンディを無意識に使おうとしたが、幸いにも庵慈が送ってきたメガネがそれを遮った。
「未熟者の私が言うのもなんですが、先生は必ず――」
「あッ!! ツチノコだ!」
「えっ! どこどこ!?」
突然絹夜らしくもない声を上げたと思った途端、彼は風のように駆けていった。
その間も銀子は絹夜が指差した保健室の隅を見ている。
わかりやすくて面白かったのでほおっておくと、銀子はふてくされた顔つきで振り返った。
「どこにも見えないですよ〜……あれ? 黒金先生?」
「逃げましたよ」
ユーキが憐れんで教えると、銀子はそれはもう悲劇のヒロインのように目を丸くして雷に打たれた。
なんですって、と言葉にしたいのか口をパクパクさせている。
「わ、私探しに行きます! 同僚としてこれ以上の親切はないはずです!」
「…………」
迷惑の間違いだろう、それを言う間もなく銀子はあてもなく走り出した。
まさしく天敵だ。
日頃、絹夜が職員室に行きたがらないわけもわかる。
「……きぬやんも大変だなぁ……。レオ、屋上いってみようぜ。
多分そこから裏界にいったのかも」
と、ジョーがレオに振り向くと、彼女も保健室の隅を見ていた。
まさかと思ったが、顔を上げた彼女は首をかしげていた。
「ツチノコはどうすんの? 捕まえないの?」
「…………」
「なにその顔! 私だってツチノコくらい知ってるし!」
もう一人バカがいた。
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