NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
10 *人狼/lycos*1
夏休み間近、暑さにまいって気だるげに机に突っ伏すレオ。
「レオちゃん、大丈夫?」
「うるさい、触んな」
レオとクロウのやり取りも落ち着いたものの相変わらず冷たい言葉をぶつけられているクロウにジョーは同情していた。
ミンミンと蝉の声が重なり、元気のいい銀子の声さえもかき消されていた。
あと何日あるだろうとジョーは指折り数えながら、銀子がしゃべるそのままを授業用のノートに書き込む。
「昔から”狼”とは、邪悪なものだったとされます。
日本に限らず、イソップ物語でも悪役として登場しますね!」
狼。
その単語が出てきた途端、ジョーはノートに犬を描き始めた。
無意識でやっているのだが、これがなかなかうまくて彼のノートはいつもだんだんと文章みっちりからお絵描き帳に変わっていってる。
「男は狼なの〜よ〜気をつけなさ〜い〜」
そして授業時間の前半を使って痩せた狼の絵が完成した。
よたよたよ線を走らせただけなのにかなりデフォルメされている。
しかも、その狼は二足歩行だった。
狼というより、狼男だ。
一通り満足した出来で完成した狼男を見て、ジョーは別のノートを取り出して授業内容を大雑把に編集し始める。
ここが彼の容量のいいところで、雑多に書き連ねるノートと実際に勉強用に使うノートを分けているのだ。
普段、レオ同様にうろうろと遊び回っていても成績が落ちないわけである。
それも早々、10分ほどで仕上げ授業範囲が見えたところで教科書を見て重要単語を抜き出し後は寝る。
ペンを置こうとしていたジョーの耳に数代のバイクのエンジン音が届いた。
窓際隣のいつの間にか寝ていたレオもピクリと動く。
寝ていても異変に気がつくとはとんでもない動物的直観だ。
「…………? なんでしょう」
銀子が窓から身を乗り出して校門を見た。
すると、そこには見覚えのない制服のガラの悪い生徒たちが大勢並んでいるではないか!
10人前後、バイクに二人乗りして武器を担いでいる。
「わ、わ! 大変です! みんな、落ち着いてください!」
面白がって窓からその風景を見ている生徒たちに笑われながら銀子はバタバタと手足を動かした。
そんな中、ジョーもレオの後ろに立って見ているとああ、と声を上げた。
「どっかで見たことあると思ったらぁ」
「ああ?」
ようやく意識がもどってきたのかレオが人間の顔つきに戻る。
動物的直感恐ろしい事に彼女は本能で活動できるようだ。
そしてようやく窓の外を見て、首をかしげた。
「何、あいつら」
「ほらぁ、前にさぁ――」
ジョーの呑気な声を割って校門先の不良がバイクを唸らせながら叫んだ。
「鳴滝ぃ! 出て来いゴルァ!」
指名の入ったジョーに視線が集まる。
へらへらと笑って照れているがこいつも間違いなく校内有名な暴力素行不良生徒の一人だ。
「あーあーあ、俺、目立つの嫌いなんだけどなぁ〜」
気がつくと、自分の席から木刀を取り、ひょいっと窓枠に乗っかった。
「鳴滝君! ここは2階――!」
「知ってまーす」
銀子の注意も憚らず風に吹かれたかのようにジョーはそこから飛び降り、慣れた着地を見せた。
レオも反射的にそれを追う。
「あ、レオちゃん!!」
「うわ、うわうわうわうわうわっ! 大変です〜っ! 大変ですぅうッ!!
授業妨害、授業中抜けですーっ!!」
一度は窓枠に掴みかかり自分もそこから、と思った銀子だったが生徒に止められやむなく断念。
「皆は教室にいるんですよ!」
そう言いながら銀子は廊下に飛び出していった。
慌てている銀子に対し、生徒たちにとっては日常茶飯事なのだが。
窓から飛び降りたジョーとレオを迎えたのは木甲漢高校の不良グループだ。
若干名ギプスやら包帯が痛々しいのは、数か月前にジョーと絹夜が散々暴れてきたからだ。
その時、裏で賭博を仕切っていた細身の不良とサムソンばりの巨体で力もありそうな豊辺が混ざっている。
先頭でバイクにまたがっているのは彼らの大将なのだろう、ロングコートにサラシ、老け顔というか事実ジョー達よりも2,3年上なのだろう。
「おうおう、てめぇが鳴滝くんかい」
「よろしくどーも、その節はお世話になりました〜」
さらっと髪をかきあげてまるで貴公子気取りのジョーにレオも眉をしかめた。
「竹中、お前の言っていた黒髪のってのはあの女のことか?」
大将が細身の不良に耳打ちする。
竹中はぶんぶんと首を振った。
「あれは猛獣のほうです。黒髪は男でした、スカした感じの」
言ってるそばから校舎からスカした感じのが出てくる。
無意識にナメたことにJ字型の健康器具片手だ。
それで肩をごりごりやりながら絹夜はその肩をすくめた。
「おい、ジョー。お前なにやったんだ」
「いやぁ、半分はアンタなんだけどね、アンタ」
笑顔で大否定するも絹夜はピンと来ない様子だ。
そしてレオもすっかり忘れているので事の次第は全てジョーにあるように見える。
「ほら、5月頃にさ! レオが大暴れしてさぁ!」
「あーあ。キッコーマン」
「”きこうかん”じゃボケェ!!」
木甲漢メンツが叫ぶ。
不良軍団よりもミュージカル軍団に向いているかもしれない。
ようやく思い出した絹夜はJ字を肩にかけ不良たちに向きなおった。
「わざわざ来たんだ、レオ、ジョー、相手してやれ」
「最初からそのつもりだっての」
話がまとまったところにまたしてもダバダバと邪魔が入る。
目を白黒させた菅原銀子が両者の間に入って大きく腕を広げた。
表面積はそうでもないが邪魔極まりない。
「やめなさーいっ! 喧嘩しても両方とも痛い思いしていいことありませんよ!
黒金先生も、なんで止めないんですか!!」
「めんどーくさいから」
「生徒が傷ついてもいいんですかっ! 生徒を守ってあげるのが教師の仕事でしょう!
生徒たちが傷つけあうなんてもっての外です!」
「…………」
はやくそのちっこいのをのけてくれ。
弟子二人に限らず木甲漢の生徒の視線もそう訴えていた。
「はいはい、じゃあ警察でもなんでも呼んだらいいんじゃねぇのか」
「あ! いけない! 私としたことがっ!! 110番しないと〜!」
目の前をすっかり忘れてまたしてもダバダバと校舎に戻っていく銀子を横眼、堰を切ったかのように抗争がはじまっていた。
雄たけびを上げながら全員一気にジョーに向かう。
竹中と豊辺は若干それを避けてレオに向かっているようだが、力は同等、いや手加減を知らない動物だからこそもっとタチが悪いかもしれない。
ジョー、レオに怖気づいているのは細身で健康器具しか持っていない教師をターゲットにするのだが、それが一番のジョーカーだ。
木刀に突かれ、拳に叩きつけられ、健康器具にひっかけられ簡単にかわされていく。
そんな中、後方で傍観していた大将が見るに見かねてかようやく動き出した。
「貴様らぁ! 何をびくびくしている!!」
ばさぁっとロングコートを脱ぎ捨てバイクから棒を取り出す。
警棒のようだが、大将の親指が動くと途端にバリバリと唸りはじめた。
電気が通っている。
それを見てさすがにジョーもレオもどうしたものかと目を丸くした。
「へっへっへ、これで形勢逆転か」
おお、と不良たちの歓声が上がる中、絹夜がつかつかと前にでた。
「おう、先生。やんのか?」
「俺でいいのか?」
「へっへ、誰でもいい、かかってこいよ」
そこで断ったりすれば良かったのだろうに。
ジョーとレオは大げさなほどに顔面に手をやった。
かすりでもすれば動けなくなってしまいそうなスタンロッド、確かに人間相手にしたら強烈な武器だ。
相手が真っ当な人間なら当たった瞬間、ひとたまりもないだろう。
ただし、彼が相手にしてしまったのは真っ当遠くかけ離れた魔術師だ。
向かい合って全く動かない絹夜、しかしみるみるうちに大将の顔色が青ざめていく。
同じように絹夜の目も青みを帯びていっているのだろう、邪眼オクルスムンディが捕えていた。
人間が武器を手にしたから程度で止められる男ではないのだ。
なんてったって、この男、世界五大魔女最強の”腐敗の魔女”なのだから。
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