NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
1 *再来/Return*3
――2019年。
日本、東京。
新学期に入った九門高校では早速、校長からの新学期の挨拶という行事が執り行われていた。
入学式以来の登校となる新入生、そして見慣れた教師がいなくなり、見なれない教師が脇に並んでいる。
この高校の名倉校長は温和な雰囲気を持つ老婆で、滅多な事では長話をしない。
だからこそ、式典にも出席する生徒も多く、多くの催しがにぎやかに行われていた。
「では、これから新しく赴任された先生方を紹介します」
やはりそれほど喋っていないのにすぐに次に映る姿勢からして、彼女もあまり人前でしゃべるのが得意というタイプではないのだろう。
入れ替わるようにして、紺色のスーツ姿で初々しいショートカットの女性と黒いベストに黒いシャツといった黒づくめの男が檀上に上がった。
名倉校長からマイクを受け取ると、若い女は毒気を抜くような子供っぽい笑顔を浮かべてしゃべりはじめた。
「今年度より、お世話になります、菅原銀子です! ”ぎんこ”のぎんは、銀色の銀です!
銀子ちゃんって呼んでくださいー! みなさん、仲良くしましょうね!」
悪乗りの男子から、銀ちゃんー、と掛声が上がると、銀子もはーい、と生徒のように挙手をした。
裏表のなさそうな明るい女性だ。
「担当教科は三年生の古典でーす!」
子供っぽい、もしくはおもちゃの兵隊を連想させる。
うるさそうなのがきた。
レオの印象はそんなところだった。
はーい、と間延びする言葉と一緒に後ろのスーツの男にマイクを渡した銀子。
端整、淡白に整って冷たくミステリアスな印象さえ放つその男に女子生徒がざわめいた。
初任の舞台にカジノのディーラーみたいな恰好をして感性がずれているのか、とも思えるがモデルのように似合っている。
男はマイクを受取ってその場で一言、
「黒金だ。よろしくどうも」
それだけでさらに隣の名倉校長にマイクをまわした。
素早くマイクを切り、名倉校長が絹夜に問いかける。
「あら、もういいの?」
「こういうのは苦手で」
「ああ、そうね。私もよ」
からっと笑い、名倉校長は二人を檀上から下げさせながら解散を告げた。
生徒300人程度が入って少し余裕がある体育館から生徒がいなくなる間、黒金は俯くようにした。
何人か女子生徒が黄色い声を上げて遠くから見ていたが絹夜は気にした様子もなく、静かに魔力を体育館の出入り口に走らせ生徒を選別した。
「…………」
特に”魔”に目覚めているような危険なにおいはない。
ここはごくごく平和な羊の群れだ。
しかし何かつっかかる感触は確かにあった。
何か別の力が働いている。しかし、不特定多数の何かを見るのに絹夜の武器の一つである邪眼オクルスムンディは向かなかった。
「…………」
どこからか流れてくる得体の知れない危険な匂い。
死と諦めと絶望の匂いだ。
「黒金先生、ちょっとお話が」
温和な、温和だが何か納得しきれない微笑みを持つ名倉校長に言われて、絹夜は大人しく校長室についていった。
まぁ、大体の話の流れは分かっている。
校長室は一階の隅にあった。
校長室らしくもない、質素な飾り付け、いくつかのトロフィー。
何の変哲もない部屋に朝の煌めきが窓から降り注いでいる。
すがすがしいともいえる空気の中で、名倉校長は席について溜息をついた。
「とうとう、あなたのような人が乗り込んでくるまでになったのね」
この高校に来た時すでに、絹夜もこの女性が微弱な魔力を帯びていることを知っていた。
微弱な魔力を持っているという事は絹夜の強大な力も理解できるという事だ。
「このまま得体の知れない力が増幅を続けていけばいずれはオーバーヒートする。
魔女のババア共も手を出したがらない場所だ。
押しつけられて赴任したんなら飛んだ不幸だな、あんた」
「私しか都合よくいなかったのよ。
政府も見て見ぬふり、いずれ私に責任を押し付けて処理する算段でしょうね。
ここは捨てられた場所よ。今更本格的に魔が動いたとしてもきっと見て見ぬふりされるわ」
「そうかい。そりゃ都合がいい。あんたも俺のやることには見て見ぬふりしといてくれ」
「…………。わかりました。九門高校はあなたを歓迎します」
危険な男だと言う事は魔力を帯びていれば一目瞭然だ。
黒金絹夜という男が物静かであろうとも、立ち上る超高温の炎のような青い魔力は隠しきれない。
その炎の意味が嘘偽りには見えなかった。
蛇の中に鬼が落ちてきたところでもはや希望にしか見えず、名倉校長は苦笑した。
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