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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
9 *蛟/Kelpie*3
 わかったのは、プールに何者かが巣食っているという事だ。
 カナヅチ大爆走のレオならずも、ジョーだって気味が悪いと思った。

「おいおい、きぬやん! さっきの何なんだよ!」

 校内に入ったとたんずぶぬれのまま絹夜は急にかけ足になった。
 部活を終えた生徒とすれ違いもし、生徒はずぶぬれになった絹夜とレオ、
 そして何か喚き立てているジョーに驚いておかしな抗争でも始まったのではないかと噂だてる。
 逃げ込むように保健室につくと、そこには怪しげな薬を調合しているユーキの姿があった。

「あれ、水攻めでもされたんですか?」

 ユーキはすぐに立ち上がり換えのタオルを用意した。
 山崎から借りたものより柔らかくて吸水性がある。

「俺にはそんな趣味はないんだがな」

 頭にかかったタオルをようやく降ろして横眼でジョーを睨む絹夜。
 それで大体の事柄が予想立て出来たのでそれ以上はユーキは突っ込まなかった。

「聞いてよ、ユーキちゃん。プールになんか住んでるんだよ」

「はは、また何を」

 自分の行いをうやむやにしようとしているジョーの態度にユーキは笑ったが
 早速お湯を沸かして茶葉を選んでいる彼の背中に今度は絹夜が刺すように言った。

「表にだ」

「…………ゲートが破綻しているとでも」

「俺がゲートを開き始めたせいか、それともまた別の原因か、中から何かが出てきているのは確かだ」

 ジャケットを脱いで服の上から体を拭いている絹夜。
 彼のシャツの下、胸元に金色の十字が光っているのが覗いた。

「そ、そうだよね。見えない蛇みたいなのがプールの水面の上をダバダバ走っててさ……」

 ジョーが手で水面がどうはねたかを表現するがそれは溺れているような動きだった。
 ただ、ユーキはそれで理解出来たらしくお湯を注ぎながら頷いた。

「とにかく、すぐにでも対策が必要ですね。こちらに出てきてしまってはもう被害が出る可能性も高いでしょう」

「すぐにどうにかして! 今すぐにでも!!」

 絹夜の横からレオがやかましく訴える。
 ただでさえ水泳が億劫だというのにまして影が一緒では元気に泳げる人間もいないだろう。

「表に出てくるなら、黒金先生の本業の方の出番ですね」

「まぁな」

「ユーキちゃんはきぬやんの正体よく知ってるみたいだね……」

 疑うようなジョーの目線に目を丸くしたユーキ。
 まだ話をしていなかったのか、と絹夜に視線をタライ回しにするとかれは耳に小指を突っ込んでまだ考えているフリをした。
 面倒臭い、とかそんな理由なのだろう。
 絹夜の意志を無視してユーキはかいつまんで説明した。

「黒金先生は地中海で活躍していたトレジャーハンターなんですよ。
 あのあたりにはまだ古代遺跡が残っていて魔物が棲みついていることがあるんで、彼のような能力を持った人間が護衛に付けられるんです。
 護衛の傭兵やら、盗掘やら派手にやっていらっしゃって、その筋では相当有名ですよ。悪い意味で」

「悪い意味って何だよ、知った風な」

「お宝ちょろまかし率ナンバーワンじゃないですか」

「…………」

 何の話かわからずとも、絹夜の顔面には思い当たったと書かれていた。
 本人が思っている以上に悪名高いらしい。

「ゲートがあったな……ついでだ、慈善活動してやるか」

「そうですね、あまりこちらでは効率的に動けませんもんね」

 ユーキも参戦する事になり保健室を出ると、丁度大きなリュックサックを抱えた山崎が教職員用の出口に向かっているところだった。
 鉢合わせる様に下駄箱手前で顔を覗うとさっきまで何ともなかったものが青白くなっている。
 紫色の唇をがたがたと震わせて筋肉隆々な体を丸めていた。

「ああ、皆さん。お疲れ様です」

「山崎先生、大丈夫ですか……?」

「はは、ちょっと調子が。早く寝れば大丈夫ですよ、ありがとうございます」

 丁寧な言葉すら辛いのだろうか、足を無理やり玄関口の方向に向けてよたよたと歩きはじめた。
 山崎の背中を絹夜が眼鏡を下げ、オクルスムンディで確かめる。
 水かきのついた生き物の足跡ようなものが肩にびっしりついていた。

「確かに、今すぐどうにかしないと死人が出るかもな……」

「えッ!?」

 不穏な言葉一つ残し、絹夜は理科室への階段へ一人で向かった。
 彼に何が見えたか不明な三人も顔を合わせて気を引き締める。
 引き締めたはいいが、水辺だと言う事をようやく思い出してレオは早速気を抜いた。
 理科室から裏界に入り、裏界経由でプールへと回る。
 相変わらず影はどんより流れており、裏側に変化はないようだ。
 プールサイドに立ち、絹夜が右手を突き出す。
 裏界でもプールには水が張られているが、それは薄紫色に淀んで、影もぷかぷかと浮いて不気味だ。

「Illumini il mio modo」

 いつもの呪文に反応して唸る魔法陣。
 すると突然水面がざわめき、次第に剣山のように細い波を立てた。

「これは……なんとも!」

 ユーキがレオとジョーに下がる様に言うが、二人共水面を睨み続け足が動かない。
 まるで水面が叩かれているようにバシャバシャと持ちあがっては消える。
 大きなものがのたうちまわっているかのようだ。

『食われる、食われる』

『狭いー』

『これはもずくですかー?』

「ねぇ、きぬやん! もずくがプールにいるよ!」

「んなもんほっとけ!!」

 影も次第にプールサイドに流れ着く。
 じわじわとその動きは静かに、大きくなっていった。
 気がついたのだ。
 絹夜たちの存在を察知したのだ。

「…………出て来い」

 夕方と同じように絹夜が唸る。
 すると、静かな吐息が聞こえてきた。
 かさつくような音が次第に重なっていく。
 死大にそれは赤黒い形を成した。

「…………な、なんだ、これ」

 うっ、と口元に腕を押し当てたジョー、そして言葉もないレオ。
 ロウのように少し熔けたワニの頭が折り重なっている。
 何匹かのワニがどろどろになって結合しているのだ。

「束になっているうちにやっちまうぞ。バラつくと面倒だ」

「……っていってもさ、俺らの攻撃ってここからじゃ届かないんじゃないの」

 ジョーが言ってるそばから絹夜はそこから飛び降りるようにプールに突っ込んでいった。
 高く水しぶきがあがりすぐにずぶぬれのまま顔を出す絹夜だが、紫色に淀んでついでに化け物が中央でのたうち回っている場所にそう簡単には入れない。
 思わず正気かと疑ったが、正気じゃないのは最初からだ。

「ええいッ!! ままよぉ!」

 結局自分も濡れるハメになるのか!

『いーにゃいーッ!!』

 飛び込んだところでもずくが叫んだ。
 どうやらふんづけたらしい。
 影を扱う、つまりは周りの影にも影響を及ぼすという事だ。
 下手に振り回せば敵を増やすことになるかもしれない。
 もずくは何をしても基本的に攻撃をしないで喚くだけの影だが、他の影はどうだかわからない。
 危険だ。
 ここは戦うには危険すぎる。
 そして、プールサイドでためらっているレオは拳を握ったまま中央で暴れるワニのアレンジメント花束を見ていた。

「二階堂さん、無理はしないいいですよ」

「無理……じゃないッ! こんなのッ……! 泳げって言われてるわけじゃないじゃん!!」

 困った事に優しくされるとはねっ返る性格なのである。
 自分の口から出た自分を追い詰めるセリフに驚愕しながら、レオはやっぱりそれを撤回しなかった。
 とうとうばっさばっさとやりはじめた絹夜とジョーを横眼にプールサイドに足をかけ、ゆっくりと後ろ向きになってつま先をつける。
 もう半分濡れているようなものなのでその必要があるのか。
 後ろでの戦闘の風景よりも危なっかしく見えてユーキは意地を張るレオを無理やりにでも引っ張り上げようとした。
 その時だ。

「ふぇ?」

 プールサイドから水面に出ていた彼女の足首にぴちゃりと水が絡まる。
 次の瞬間には、水しぶきを上げてレオの姿がなくなっていた。

「二階堂さんッ!!」

 ユーキの声に驚きその方向を見たジョーだが、ずるっと足もとでレオの髪がなびいたのが見えた。

「うおぉいッ!!」

 慌てて追いかけようとするも恐ろしく早い。
 あっという間にレオの体がワニの下に滑りこんだ。
 ぼこぼこと泡が残るところから彼女の呼吸は長く続かない!

「きぬやん!!」

「わかってるっつぅの!」

 腕から延びた青い光の剣をワニの顎に差し込み、それを支えに体にしたに入り込む。
 レオを捕まえられたのか、どんどん引きずり込まれる彼女の体が止まった。

「やった……!」

「鳴滝君! 安心していられません! 黒金先生の息だって長くは続かないはずです!」

 そういうユーキもあまり見せたがらなかった力を具現化する。
 左胸のあたりから左腕丸ごとを包むようにがさついた布がずるずる延びていた。
 薄汚れた包帯の影、半分ミイラ男みたいな状態になったユーキはプールサイドにひざまづいて左腕から延びる包帯を水中に泳がせる。
 それは布の緩やかな動きではなく、まるで矢でも伸びるかのような鋭い早さで絹夜の方に向かった。
 絹夜がその先端を掴んだ事を察知すると影を掴み、物理的に引っ張る様にした。
 なかなか絹夜が上がってこないのに焦らされてジョーもその場で木刀を振るう。
 獰猛な尖った牙にかすっただけで腕から血が流れ出た。

「くっそ! どんどん前に出てきやがるぞ!!
 食われちゃダメだかんね!!」

 ワニたちが離れようとして暴れて尾や体を水面にたたきつけているのだ。
 そのせいで、絹夜が抜けようとしても上がってこれないのだろう。
 下手に浮けば頭を砕かれるかも知れない。

「ああッ!」

 声を上げたユーキ、その腕から延びていた細い布がワニに噛みちぎられたようだ。
 引っ張り上げる事も出来ない、押しのける事も出来ない。
 相当やばいんじゃないか。
 取り乱しそうになるのを冷静にと言い聞かせるだけが精いっぱいのジョー、そしてユーキの目の前、予想だにしない光景が広がっていた。
 水面、まるでワニの塊に対峙するようにばりばりと唸る稲妻を含んだ赤い焔が浮かび上がっていた。


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