NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
9 *蛟/Kelpie*2
やはり翌日も、その翌々日もクロウに付きまとわれレオはとうとう水泳の授業そのものに出席しなくなった。
レオちゃん、レオちゃん、とおろおろしながらレオを探すクロウの姿も恒例になりつつある。
「あの、レオちゃん……二階堂さんいませんか?」
「見かけませんねぇ」
「そうですか……」
肩を落とし去っていくクロウをしっかり見送ってユーキはドアを閉め、ついでに鍵も駆ける。
「もう大丈夫ですよ」
保健室の仕切りで囲まれた奥に声をかけるとひょっこりとレオが顔を出した。
授業以降、ここに隠れていたのだ。
「…………」
まだ警戒しているのか足音を立てずにそろりそろりと移動してソファに座った。
「あー……もうダメ。あんな暑苦しいのに付きまとわれてたんじゃ身が持たない……」
「もういいじゃないですか、付き合っちゃえば。
あ、あー……ごめんなさーい」
言ってるうちにレオが般若のような顔つきになるのでユーキは派手に誤魔化し、紅茶を入れてご機嫌をとることにした。
それにしても難儀な状態である。
本来ならば殴って解決も出来るのだが相手が悪すぎる。
病弱という看板を背負っていては殴るに殴れないのだ。
いや、本当に病弱なのか?
抱きしめられた時、それはもう力いっぱい振り払おうとしたが万力で固定されているようにぴくりとも動かなかった。
「…………」
延長線上に不本意な唇の感触が蘇ってそれ以上思い出したくもなかった。
せめて、とりあえず、一応、一発でもぶん殴ってやることができればすかッとするのに。
ユーキがお茶をだし、お茶菓子も出してそれをほおばっていると突然ガタガタと扉を開けようとする音がしてレオは思わず茶を吹いた。
「おい」
ドアの向こうから絹夜の声がしてユーキは無警戒に開いた。
当然なのだが絹夜と、そして後ろにはジョーだけである。
ジョーはドーナツの箱を抱えたままそれをもぐもぐと口に運んでいた。
また水泳のときに山崎に勝利して手に入れた品のようだ。
「レオ、やまぴが探してたよ」
どうせ水泳の補習が云々なのだろう。
もうけっこうとりこぼしている。
確かにそれはそれでまずい。
もう若干時間的にも遅いのだがレオは護衛をつけてプールの様子だけ見に行った。
プールサイドに山崎はいたものの、すでに片付けをしており空も暗くなってきて雨が降りそうだ。
このまま入っても冷たい思いをするだけになりそうだ。
「お、二階堂遅いぞ。サボっても補習受けんだから逃げてもしょうがないだろ。
黒金先生からも言ってやって下さいよ」
「だとよ」
なんて気のない。
しかし全てはクロウのせいだ、そんな言葉をレオが頭の中で構築していると、何を思ったのかジョーが血相抱えて体当たりをしてきた。
それに巻き込まれた絹夜と一緒にレオは水上に躍り出る。
水しぶきとほぼ同時に男子更衣室から繋がる通路から噂のクロウが顔を出した。
「あの、レオちゃんみなかった?」
「この時間に学校にいるわけないじゃん〜」
「あ、そうなんだ……ありがと」
しょげた背中で去っていくクロウ。
そして、その手前からぬっと黒い頭が浮き上がってくる。
「…………」
「ははっ、きぬやん、水も滴るいい男」
「お前、いつか塩素で消毒し殺すぞ」
「あのー、黒金先生。ついででいいんで、二階堂を助けてやってくれませんかね」
振り向くと気泡も上がらなくなって静かになったところだった。
足もとからレオを引っ張り上げてプールサイドに持ち上げると、それはもう静かになっている。
死んでいるんじゃないかとさえ思えるがとりあえずぐったり、という程度らしい。
水着でも溺れるのだ、服を着てたらパニックにもなるだろう。
「ホント、信じらんない……」
転がったまま丸くなりガタガタわななくレオ。
それを絹夜はつま先でこづいた。
「何なんだ、あのアルビノは。お前のファンか」
「ぬ……」
出来れば説明したくない。
口を一の字に結んだレオの代わりにジョーがすっかり全てを話した。
ついでに聞いていた山崎も今更、へぇ、と納得していた。
納得するだけでとりたて感想は述べない。
だが、絹夜は顔面をひくつかせて笑ってるのか怒ってるのかよくわからない状態だった。
「黒金先生、タオル持ってきますね」
「……ああ」
そのままぴたぴたと水を滴らせている絹夜だったが、山崎がいなくなった途端にプールの水面を睨んだ。
「…………?」
声をかけようものなら拳が飛んできそうな重い空気を放つ絹夜。
それを見て弟子二人も水面に目をやる。
「…………出て来い」
絹夜が低く唸った。
すると、排水溝の奥からぽこりと泡が浮かんだ。
偶然なのか、答えなのかわからない。
遠い生活音、虫の声、じりじりとぶつかり合う音さえ感知できそうだ。
沈黙がそのまま続くかと思われた。
ぱんっと水面が石でも投げ込まれたかのようにはじけ、それがいくつも連なる。
連なり連ねてばしゃばしゃと、それはこちらに向かってきた。
その時、プールにぼんやり浮かび上がる赤黒い魔法陣。
水面で巨大な獣が暴れている!
「ぶつかるッ!」
水面を走って見えないものが向かってくる。
即座に目を離し身を守ったレオとジョーだが、絹夜はそのまま水面を見つめたままだった。
刹那、三人の間に藻が腐ったような生臭い匂い風が通り抜ける。
粘つくような生暖かいそれは通り抜けたまま沈黙に溶けていった。
プールに目をやると、魔法陣もまさしく魔法のように消えている。
「…………なに、今の」
通り過ぎていっただろう方向に目をやると、タオルを抱えた山崎が陽気な足取りで戻ってくるところだった。
「ああ、二階堂もこれ使え」
ぽん、と渡されたままタオルを頭からかぶる。
絹夜もすぐに頭をごしごしやって何事もなかったようにふるまった。
「やまピ、レオの単位どうなっちゃうの?」
「あー、そうだったなぁ。
うーん、まぁ一応このありさまだし今日はもう遅い。
黒金先生に免じてくれてやるから次からもうサボったりしないようにな」
といわれても。
水面にまた目をやるレオとジョー。
さして体育を億劫におもわないジョーですら嫌だと思った。
「ああ、そうだ。今年は水泳の授業の後で冷えて翌日高熱出す奴がクラスに一人いるからな。風邪をひかないように」
「…………高熱って」
それはやはりプールで冷えたせいじゃないんじゃないか。
頭をごしごしやっている絹夜に視線を向けたが、彼はまったくもって聞いていないようだ。
「黒金先生、ジャージならありますけど」
「いい」
断ってそのまま校舎内に続く通路に行ってしまう絹夜。
ああいう態度の時は何か含みがある時だ。
「あ、きぬやん! じゃ、やまピまた明日ね!」
「待ってよ!」
どたどたとファミリー引き連れていく絹夜の背中を羨ましそうに見送る山崎。
ああもつっけんどんな態度であるのにそれがいいと女子に強烈な人気を誇り、その上校内一二を争う不良生徒二人を引き連れて
この高校ではもはや怖いものなしだ。
「いいなぁ――へぁックシ!」
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