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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
1 *再来/Return*2
 桜の舞う並木道、立ち並ぶ少女達。
 白く上品な制服の女生徒、金色の髪をロールしたいかにもお嬢様といった風貌の少女が口元に手を当てて嘲笑していた。
 それに対峙するのは、制服を着崩ししなやかな肉体を露出する茶髪の少女だった。
 ブラウスにスカート、腰に巻いた黒いセーターと黒いニーハイルーズソックス。
 すこし日本人離れしたエキゾチックで二十歳前の少女とは思えない妖艶な眼つきをしていた。

「ここで会ったが百年目、というにはわたくしたちでは若すぎましてよ。
 わたくし達も、ここで三年目ですわね、二階堂さん」

「……その戯言、もう聞きあきたな」

「フフフ、もしかしたら貴女には四年目があるかもしれませんわね」

 一通り言い合って、またにらみ合い。
 総大将に当たる少女二人の間に桜を孕んだ風が吹きすさぶ。
 春の淡い匂い光、麗そのものの空の下、殺気に満ちた空気が通り過ぎ、そしてとうとう両者が怒涛と駆けだした。

「うおららああああぁぁぁぁぁッッ!!」

「覚悟おおおぉぉぉぉッッ!!」

 フェンシングのフルーレをふと振り華麗に扱う令嬢伊集院。
 鉄板の入ったナックルで長物の攻撃を捌く二階堂。
 周囲で手足、髪を引っ張り合うような一介の女子高生のケンカとはかけ離れた、れっきとした決闘だった。

「パラードばかりでは勝てませんわよ、二階堂さん!」

「横文字使うんじゃねぇ、エセ帰国子女!」

 一気に懐に入り込み、二階堂がフルーレの柄を握る。
 もう片方の手に叩きつけるようにして武器を振り落とすと同時に伊集院の腹に容赦のないひざ蹴りを入れた。
 たまらず吹っ飛ぶ伊集院の華奢な体だったが、ネコのように見事に着地を決め、両手をぐっと握った。

「この伊集院ユリカ、剣術だけでなくってよ!」

 そうなのだ、伊集院ユリカというこの女は文武両道、むしろ出来ないことを探す方が難しい程の万能お嬢様なのである。
 カチン、カチンとナックルを鳴らしてそれに驚いた様子もない二階堂。
 二階堂礼穏(にかいどう れおん。通称、レオ)は上品な焦げ茶の髪を長くはねさせたアクティヴな印象の少女である。
 すでに顔に傷や絆創膏をつけており、日頃の行いが粗雑である事を思わせる。
 私立美剣学園の完全お嬢様伊集院ユリカ。
 私立九門高校のスケバン少女二階堂礼穏。
 両者は高校が近隣という事もあり、入学から三年間にわたって雌雄をつけるがために高校のちょうど境目にあるこの桜並木で決闘を行う事が多々あった。
 そして、いつしか両者はそれぞれの高校の総大将的存在に君臨したのである。
 さらにややこしい事に、九門高校には伊集院ユリカのファンが、美剣学園には二階堂礼穏のファンが多く話がこじれているのもまた事実。
 どこかそこでは互いが同族である事を認めている二階堂レオを伊集院ユリカは決着という言葉に執着していた。

「素直に負けを認めれば可愛いんじゃないの」

「おーほっほっほっほ! ツンツンしたコにツンツンされてもなんとも思いません事よ!」

 今度はぶつかる拳と拳。
 鉄板の入ったグラブをしているレオが有利にも思えたが、ユリカは拳よりも蹴りを多く入れてきた。

「ッ!」

 ただのキックでは考えられない重さの蹴りにレオの両手が防御の態勢になる。

「オホホホホホ!! わたくしは日頃の努力を怠りませんわ!
 両足に1キロずつの重りを入れて生活をしていますのよ! この努力が、チャランポランなあなたに出来まして!?」

「この非常識女が……!!」

 ビジュアル的にもどこぞのお蝶夫人そのものなのだが、非常識な能力をさらに伸ばそうとしている非常識っぷり、それが伊集院ユリカなのである。
 そして、その非常識な完璧少女と互角に戦う事が出来る――というか、まともに相手をする――のが二階堂レオだけなのである。
 ぶつかり合う両者、土煙を巻き上げ日光江戸村さながらの忍者アクロバットを見せそれでも二人の戦いが終わらない。
 そんな中、それはもう春の陽気が気持よくで散歩がてらのお巡りさんがチャリンコ転がして呑気にやってきた。
 やってきたはいいが、街自慢の桜並木では女子高生が乱闘を起こしている。

「…………」

 一分、いや、二分も経っただろう。
 そしてようやく巡察官はそれが不良少女たちのケンカという事に気がついた。

「コラァァァアッ! 君たちぃいいいッ!!」

「チッ」

 ついでに、この巡察官鈴木も三年前に配属されて二人の喧嘩に何度か遭遇しているうちの一人だ。

「あら、鈴木さん。御機嫌よう」

「御機嫌ようじゃないだろ! 君たち何度注意したらいいのッ!
 何回先生困らせたら済むの!?」

「興味ないね。怪我しないうちにハケな」

「邪魔しないで下さる? 今、取り込んでますの」

 両極端に同じことを言われてだいぶイラっときた鈴木は常々自転車の後部についていた箱をとうとう開いた。
 自分と入れ替わりに本庁にいった先輩が託してくれたものだ。
 先輩の顔を思い出し、ふたを開いた鈴木は感謝した。
 そこに入っていたのは、投網と小さな大漁旗だった。

「このクゥソガキドモガワラッシャーーーーーイッ!!」

 後半意味不明の雄たけびを上げ、DNAに組み込まれていた漁師の素質を今ここで発揮した鈴木。
 見事、大きく広がった網だったがしかし、そこに二人の姿はない。

「御乱心じゃねぇか、オマワリ」

「怒りの感情は心臓に負担をかけますわよ」

「うるさい、うるさい!!」

 左右の桜の木の枝に忍者のように逃げ、二人は鈴木を見下ろしていた。

「二階堂さん、邪魔が入りましたわね。興醒めですわ、決着はまたの機会にしましょう」

「フン」

 高さ4メートルもあろうかというところから降り、バレリーナのように優雅な着地をするユリカ。
 レオもそれに続くようにすたっと着地し、何事もなかったように別方向に歩きだす。
 桜の季節、またしても積年のライバル二人の決着はつかなかった。
 いいや、これがいつもの展開だった。
 こうして二年間、ずっと伊集院ユリカとの決着はつかずに勝負し続けてきたのだ。
 レオは三年間を思い返しながら夕暮れ時の街中を歩いた。
 バッグなんて持ち歩いていない。
 あったとしてもペチャンコで中に雑誌以外入れたことがない。
 当然、学校にいっても午後には消えている。
 そんな生活を二年間繰り返してきた。
 あと、もう一年だ。
 このつまらない毎日を一年間、三百日程度繰り返せばいい。
 住んでいるアパートの部屋を開くと、真っ暗な電気の中、質素な家具が置いてあるだけだ。

「…………」

 ただいま、といつから言わなくなったのだろう。
 その日レオは結局電気を付けずに過ごした。


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あきゅろす。
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