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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
19 *遺産/Legacy*4
 結局、防犯カメラに映っていたものの正体はわからなかった。
 いや、間違いなくハイパーレガシィなのだがそうなるとレオがいまここにいる事自体、説明がつかなくなる。
 しかしながら、レオは相手が何者なのかを知っているようだし、絹夜に至っては「面倒くさいから考えない」とまで言っていた。
 絹夜とレオが目標を定めるまでほんの小一時間、というかほとんど話し合いもせずに絹夜が一方的に決めつけているようだった。
 本当に、本当に二人は淡白に、まるで三泊三日の小旅行に行くようなノリで大した荷物も持たずにさっさと出て行った。

「いやでも俺も一文無しだからな。ホント、どうするかな。
 あー、まいいや。じゃあな」

 そんな適当な事を言いながら彼はレオの手をやや強引に引っ張って土手の道を行ってしまった。

 大穴の開いた我が家の食卓を茫然と見ながら、ジョーは二人の背中が遠のいていくのを思い出していた。
 ちなみにキレ損なったひとみもジョーと同じように穴のあいたテーブルを見ていた。
 片側にだけ座り、彼らが飲み残したお茶が半分以上もはいった湯のみを見ていた。

「行っちゃったな……」

 ジョーがぽつりと言葉を洩らす。
 こくん、とひとみも頷いた。

「……寂しいな」

 陽をぐっと胸に抱くジョーの声が震えた。
 刹那だったあの日々の、半身がまるで離れていく。
 自分はとっくに子供ではなくなったし、レオが旅立ったあの日にはこんな想いはしなかったはずだ。
 しかし今は胸が痛くて顔面に力を入れても涙が堪えられなかった。
 ぽろりと落ちたそれを細いひとみの指先がぬぐい、ブリーチで傷んでいる彼の髪を撫でた。

「もっと、泣いていいぞ」

 そう言った彼女の頬にも光るものが落ちていて、今度はジョーがそれを拭った。
 無理やり笑って、それでも泣いていた。
 彼の事が大好きで、彼女の事が大好きで、一緒に一緒に夢見てきた。
 でも、彼が目覚めたあの日から、自分たちも現実を歩かなければならなくなった。
 二人は違う世界、違う現実を選択して旅立ってしまった。
 ジョーはひとみの肩を抱いて引き寄せる。
 寂しいけれど、自信はあった。

「守っていくよ、これからも」

 彼らの残した強い”レガシィ”は、太陽のようで――。

             *                      *                     *

 夕暮れの桜並木を二人で歩いた。
 良く通る道だった。
 絹夜の記憶にはいつもの道で、レオにとっては少し懐かしかった。
 きらきらと光る綺麗な季節だった。
 そういえば、こんな日の中だったな、ここにやってきたのは。
 桜の匂いが分かるのか、レオは首を左の並木に向けていた。
 ぐっと握り返してくる手に引っ張ってほしいという甘えが込められていて絹夜は少し照れて顔を反らした。

「ほら、前向いて歩けよ」

 左手を引くと、目を閉じたまま軽い足取りで横を歩くレオ。
 首を傾げたのでその手を唇に当てて絹夜は丁寧に言った。

「ちゃんと、前、向け」

 すると彼女は小さく首を振った。

「ばか、見えなくても前向け」

 今度は子供がごねるように頑なな態度を示した。
 もうすぐ、日が沈む。
 薄闇に世界が染まりつつあった。
 暗闇に消え入りそうなその瞬間、レオの唇が動く。

 ――君に向かって歩きたい。

 その後も少しだけ彼女は何か言ったが、わからなかった。
 夜闇がすっかり落ちていたし、絹夜は彼女を抱きしめていた。
 本当に思わずというやつで、こんな道端で奥手の自覚がある絹夜自身驚いていたくらいだ。
 逆らう暇さえなく敗北した。
 そうか、これがあの人が言っていた敗北。心地の良い敗北。
 こつん、と額を合わせ、彼女の指先を頬と唇に当てる。
 レオの額も熱くなっていたし、絹夜の頬も熱を帯びていた。

「ちゃんとついてこいよ」

 それには素直に頷いたレオ。
 少しだけはにかんだ彼女の黄緑色の瞳が光った。

「ああ。どこにでも連れていく。
 連れていくよ。それで、欲しいもの全部手に入れよう。叶えられる事、全部叶えよう
 それから、それから――」

 溢れる想いは滑車が外れたように無意味になって、
 沈黙と微笑の末、二人の影が重なった。


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