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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
19 *遺産/Legacy*2
 空が明るみ始めて法王庁のタンデムローターは飛び去って行った。
 去り際、藤咲乙姫はバカ寝していた絹夜はそのまま、何故かレオを叩き起こしてぎゅっと両手を握っていた。
 するとレオも何故か、こくりと頷いた。
 会話の内容は何だったのか、しかし乙姫はそこでようやく晴れやかな表情になりいつもの能天気な軍師になっていた。
 ――その際にはいっぺんも様子を見せないのだが、数日後、彼女は黒金雛彦に辞表を叩きつける。
 そこには綺麗な文字でデカデカと「神様以外の人に恋がしたくなったので辞めます」と書いてあった。

             *                      *                     *

 昨夜は他の仲間達もまだ騒ぎたりなさそうだったが、
 絹夜が「しばらく鳴滝家に世話になる」と無茶を抜かしたせいもあってサクサク帰宅し元の生活に戻って行った。
 何より、全員が黒金絹夜の連絡先を知っていたし、彼がここにいるだけで何故か皆、全てが丸く収まったような気もしていた。
 色々と山積みな問題はあるが、直面しているのは一つ。

「もうお前なんか知らん、信用もしない! だいたい何でアナザーにこれは私の身体だと言わなかったんだ!
 この、ボケカスが!」

「はいはい、はーい。すみませんでしたー」

 トントントン、と軽快な包丁の音と罵倒で絹夜は目を覚まし――もう一度目を閉じた。

「なんて心ないんだ……! ばか! バカジョー! マンションに帰る!」

「帰れ帰れ!」

 ドン、バタン。
 家が倒壊するんじゃないかと思える力でドアを叩きつけて出て行ったひとみ。
 ようやく静かになって絹夜が目を開けると、フリルエプロンを身に付けたジョーが
 テーブルにドカンと膳を置いているところだった。
 背中には赤ん坊を背負っていて、何故かその風体が良く似合っていた。

「…………」

 絹夜もジョーも互いが何かを言いだすのを待っていた。
 そんな中、くんくんと鼻を動かして食べ物を察知したレオが横にいた絹夜の袖を引っ張る。
 彼女を席に着かせるとジョーは黙って三人分の朝食だか昼食だかを出した。
 台所に一人分余っているのが物悲しい。
 赤ん坊を膝に置いて座るとジョーは黙って箸を持ち上げた。
 絹夜がレオに箸を持たせると、彼女の前の皿が僅かに共鳴を起こす。
 小さな子供にフルコースを食べさせるようなものだった。
 おぼつかず危なっかしいところはあるが、一応食べ物は口に入っていた。
 その様子を見ながら味噌汁の豆腐を潰したものをスプーンに乗せて息子の口に持っていくジョー。
 絹夜はレオとジョーの両方を見てふと、納得した。
 これから歩むべき道。永遠の意味。愛情というものの形の差。
 まるで対照的な面白い奴らだった。
 だからこそ興味を持ったのではないか。後付けながらそう思えた。

「なんて言うんだ」

「陽。鳴滝陽」

「どっちにも似てないな」

「失礼だな。父似のイケメンだよ」

 あっば。
 彼の息子――陽は豆腐から顔を背ける。
 毎日そればかりなんじゃないか。いや、この家は経済難は変わりなさそうだし。
 絹夜の嫌味な思考さておき、陽の視線がレオに向かった。
 レオは唇を突き出して、陽も彼女の真似をする。
 するとレオはにっこりと満足げに笑った。
 顔を見合わせた絹夜とジョー。
 やはりレオが何を感じ取っているのかはわからなかった。
 ただ、彼女の世界が孤独な暗黒でないことは確かだ。
 黙々食事が続き、それも終わるとジョーが爪楊枝をくわえながらお茶を淹れる。
 結婚して子供が生まれて、ひとみの性格は相変わらずツンケンしていて、
 殴り合いの喧嘩になると収集がつかなくなるから大抵は彼女が理不尽にとっちらかして終わると言う。

「いつものこといつものこと」

 しーはー。
 やっぱりジョーも相変わらず飄々としていたし、しかしすっかり父親の風体になっていた。
 荒々しさを隠して器用に生きようとする少年ではなかった。
 絹夜はその強さも”レガシィ”なのではないかと感じていた。

「きぬやんはこれからどうすんの」

 口から魚の骨をはみ出させて頭ごとばりばりやっているレオ。
 絹夜は無惨な魚の骨を引っ張りながら答える。

「当分はこいつの断片探しだな。
 それに、一年でレオが何をやりとげたのか、なんでこんな……わけのわからん化け物に至ったのかを知りたい。
 なんつうか……」

 そこで絹夜は言葉をつまらせ、お茶でえんげした。

「そう。じゃあいずれはここにもどってくるんだ」

「そうだな」

「ま、俺はこの土地の脈守りだからこっから離れることもないしさ。
 いつでも来なよ。待ってるから」

「……そうだな」

 絹夜は別れを惜しんでいる自分を笑った。
 確かにこの土地は心地よくて騒々しくて気に入っていた。

「どうしたの、にこにこしちゃって」

「はは、いや……俺は結局変わらずに、都合良く境目をまたがってるなって思って」

 絹夜は穏やかに吐露した。
 聖魔混在、法王庁と魔女、光と影、夢と現実。
 そして……。

「それもきぬやんの”レガシィ”だね」

「そうなんだろうな」

 浮き上がったのは10年前の鋭い気持ち――に、良く似て異なる強さだった。

「絹夜」

 少しかすれた声でレオが呟いた。
 ぴりっと空気が震える。
 緊張が走ったその時、もう随分と古い鳴滝家のドアが蝶番ごと吹っ飛んだ。


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あきゅろす。
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