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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
19 *遺産/Legacy*1
 まるで世界の終りに嘲笑するようなジョーの顔を見上げ、妹の春野はごくりと息をのみ、意を決して問うた。

「兄さん、これは一体……」

 彼女が具体的に指摘できなかったのにはわけがある。
 まず玄関先にはリムジン、その先の河原にはタンデムローターのヘリが止まっていた。
 狭苦しく、家族全員が座ることも出来ない狭いリビングには大人十人以上がああでもないこうでもないと騒いでいる。
 何より最も恐ろしいし、出来れば春野も聞きたくないのが義姉呪詛念仏の理由だった。
 元々怪電波を放つ人だったが今回は、しばらく黙っていたかと思うと
 パシっというラップ音を放ち、腕の中の赤子がビクリと反応する。
 当然ながら、アナザーの不意な介入を喰らってここ一番でのけ者にされた事を怒っている。
 怒っているというか八つ当たりなのでジョーは極力怒り疲れるまで触れない事にしたようだが
 春野としては甥に何かあるんじゃないかと不安でたまらなかった。
 考えに考えた末、ジョーは妹に応えるではなく大きく息を吸い込んだ。

「ヴァーイ! うるさい! お前ら、何で揃いも揃って俺の家に来る!!」

 ジョーは叫んで机を叩いた。
 視線がぞろっとそちらに向いてジョーはぎょっとしたが腕を組んで断固譲らない姿勢を見せた。

「だって、夜も遅いですから」

 てへへ、と笑った銀子。
 確かに深夜を回っており、彼女の言うとおり夜も遅かった。
 だが、それが言い訳になるかというと、スカポンタンというヤツである。
 パジャマ姿の春野、そしてふすまの奥から他の妹達が兄を信頼していない目でこちらを伺っていた。

「しかし、症状はわかりませんが推察するに
 どうやら二階堂さんの二階堂さんに由縁する部分がすっかり消えてしまっているようですね」

「記憶喪失っていうヤツですか?」

「いえ、もっと単純です。思い出せないわけではなくて、パーツそのものが失われているんです」

「単純だけど、簡単ではないですね……」

「喉が渇いた。飲み物はないのか」

「お前何様なんだよ!」

「あ〜、そういえばお腹すきましたねえ。
 鳴滝くん、ピザ頼んでいいですか?」

「雛彦様! サイダーを発見しました!」

「よくやった、ビリー」

「それ僕にも下さい」

「お前ら、か・え・れ!! ピザも頼むな!」

 ばんばん、と裁判官のようにジョーはテーブルをやかましく叩いたが誰一人として静粛しなかった。
 リビングのテーブルの真ん中でユリカが無線のミニパソをカタカタと動かしている。

「推察は不要なんじゃありませんの?
 二階堂礼穏曰く、自分の断片を探せば戻れる、という事なのでしょう?
 元の可愛い私の礼穏に」

「いや、多分それは一生ならないんじゃないかな……」

 口を慎めなかったクロウにユリカのエルボーが深く突き刺さる。
 戦いの後、レガシィはぽつぽつと何かを思い出していたのか手を伸ばして、触れ、語りかけるように唇だけを動かし、微笑んだ。
 驚く事に彼女はただ指先に触れただけで人を思い出し、判別出来ているようだった。
 偶然か何者かの意志か、微細な電磁を操るに長けたレオにとって
 触れたものの放つ電子や超音波のようなもので物質的な障害を探る事も不可能ではない。
 とくに後者の超音波の扱いに関してはコウモリと意志疎通をしてきた彼女にとって難しい事ではない。
 問題は、そのパーツとやらが一体何を示しているかで、記憶情報の全てなのではないかという結論に至った。
 パソコンを動かしていたユリカの指が止まる。

「ここですわ! 私がよく参加していたハイパーレガシィのスレッド!
 過去ログを掘り出せばスリーサーズまで乗ってますわ、オホホホホ!
 ピンクモモンガ様の前にハイパーレガシィ通はひれ伏しますのよ!」

 ぶふぉおおおッ!
 背後でエリオスが盛大にサイダーを吹いていた。
 口から液体を滴らせつつ、スーツを濡らしつつ、若社長は怒れる拳を必死に抑えていた。
 彼の苦悩うをつゆ知らず、ハンドルネーム「ピンクモモンガ」のユリカはカタカタと指を動かす。

『諸君、漏れの頼みを聞いてたもれ』

 口調とキャラが空中分解した書き込みをすると、すぐにネット上の住人達が集まり始める。

『頼みwktk』

『将軍の願いなら何なりと』

『ちょ、ま、金ないからATMいてくるwwwww』

『キム不足乙wwww』

『頼みというのは他でもナイアガラフロージョン。
 レガシィ先生の情報をまとめて欲しい』

『ktkr』

『キタコレ』

『wktk』

『wiki』

『まとめスレ?』

 それこでユリカは渋柿を口いっぱいにぶっ込まれたような顔つきになって、
 しかしすぐに渋柿のまま、苦汁ジュースいっぱいのまま、指を動かす。

『レガシィに見せる』

 その言葉で一時スレッドは混乱状態に陥り、ピンクモモンガ偽物疑惑が浮上し、
 ピンクモモンガ関係者、本人疑惑が浮上し、ピンクモモンガ吊し上げ論議が始まっていた。
 ユリカは一方的に頼みを押し付けたままパソコンの電源を落とした。

「大丈夫なのか……?」

 春野にタオルを差し出されていたエリオスがそれでスーツを拭いながら聞くとユリカは首を振る。

「もう別のハンドルネームを考えなくてはいけませんわね」

 そう言いながらひと仕事終えたような表情のユリカ。

「収束したら彼らは自分で動きだしますわ。
 ハイパーレガシィのここ一年の動きでしたら、すぐにわかるはずですわよ」

「そ、か……レオちゃんが一年間で何をしてきたのか、わからないと探しようも無いもんね」

 えっへん、と胸を張ったユリカ。

「しかし、そう簡単なものなのか……? 断片とやらを集める事は……」

 エリオスの不安に応えたのは雛彦だった。

「彼女はゴールデンディザスターの使い手だ。同化し、盗む事が可能なのは既に証明されている」

 すると隣の藤咲乙姫が眉をハの字にして肩を落としながら頷いた。
 彼女の必殺カウンター、旋律返しはそうして模倣されたのだ。
 困り顔で、少し寂しげであるにも拘わらず、乙姫は安堵したように微笑む。

「理屈はともかく、やり遂げるまで引かないんじゃないですか」

 1年前、彼女が黒金絹夜を取り戻すと言った時のように。
 皆が視線を壁際の二人に向ける。
 もたれかかりあい、油断した寝顔を見せている絹夜とレオ。
 レオは何故か「プープー」という妙な寝息を立てていた。
 壮絶な戦いの末、悲しい旅の果て、どんな気持ちを抱えて駆け抜けてきたのか。
 少なくとも彼女が黒金絹夜以外にそれを吐露する事はないだろう。

「……楽しい夢だといいな」

 ジョーは二人の寝顔に声をかけた。
 ――わいわいわいわいわいがやがやがやがやがや。
 眉間にシワ、無理やり釣り上げた口元でジョーが再び爆発するのは数秒後の事だった。


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あきゅろす。
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