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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
18 *獅子/Lion*3
 意識がなくなっていた。
 がばっと起き上るとそこは狭い通路になっていた。
 キャットウォークのように浮いた板が不規則な道となっている。
 その下も規則性のない溝が空いていたのだが、その溝の中で影というには少しはっきりとしすぎた
 そう、全身真っ黒の人型がふらふらと歩いている。
 溝は満員電車並みの窮屈な空間で呻きながらただただ歩く影が詰め込まれていた。
 立ち上がると身体の損傷はなく、ブサもいない。
 天井にはメロンネット模様になっており、きらきらと木漏れ日が入り込んでいた。

『あなたは――』

 レガシィは振り返り、数メートルも先のオブジェを見た。
 天井から垂れさがる大小のパイプ、関節からむき出しになったコード、包み込むように流れていく進数のログ。

『――私』

 銀色の鉄板が綺麗に加工された、ロボットという古めかしい名称が似合う形状だった。
 はめ込まれた緑色の目がちかちかと光る。

「じゃあ、あんたをぶっ殺せば、それでおしまい?」

『イエス。そしてあなたも終わります』

 レガシィはヒールを鳴らしてロボットの前に出る。
 それの額には”EVEANGEL-LION(福音の獅子)”と刻まれていた。
 これが、エウァンジェルレオン。
 首に寄り集まったコードを掴み、レガシィは彼女の手元を見た。
 右腕だけが吹っ飛んでいた。

「絹夜……」

 ほっとして、そしてレガシィは渾身込めてエウァンジェルレオンのコードを引きちぎった。
 それは、獣がもさぼるがごとく。
 電撃が儚い悲鳴を上げるもエウァンジェルレオンは抵抗せずにルーチンを実行し続ける。
 己の僅かな迷いも運命も可能性も世界と分断されればいい。
 想いを込めてレガシィは偽神を破壊する。

『残り、26%……22%……』

 レガシィにも、それが己のカウントダウンだとわかっていた。
 エウァンジェルレオンの破壊、己を支えるプログラムの崩壊が何を意味しているかもわかっていた。
 わかっていたし、覚悟もあった。
 でも納得しているわけではない。
 もう少し、欲張りたかった。
 泣いているだろうか。
 渇いているだろうか。
 それでも戦う強さを分かってくれただろうか。
 自分の気持ちは届いただろうか。
 彼の中に、自分の”影”は存在するのだろうか。

「…………」

 エウァンジェルレオンが大きな火花と煙を上げて前のめりに倒れる。
 その上レオは銀色の身体を思い切り蹴った。
 足元で蠢く影達のうめき声に、金属の鋭い音が響く。

『18%……14%……』

 それでも止まらないカウントダウンに、肩をすくめてやれやれと溜息をついた。
 遠く、足元の光の道が、街の明かりが消えていくように暗転していく。

『10%……6%……』

 周囲はだんだんと静かに暗くなっていく。
 自分が考えていたよりも随分穏やかな終わりだな、とレガシィは思った。
 足元は暗転しているのではなく消滅している。
 ふと、溝の中で蠢いている影達が、世界の滅びに埋もれて敗北した”神”の器達であったのではないかとレガシィは思った。

『3%……1%……』

 まぁ、一応約束は守ったわけだし。
 レガシィの足元も消え、全てが暗転した。
 その時だった。

「レオーッ!! どこにもいくな!」

 子供が母親を呼ぶような――否、獅子が怒りに咆哮を上げるような。
 彼の声が聞こえて、レガシィは光の無い天井を仰ぎ、手を伸ばした。
 朝日の矢の速さで胸を刺した彼の想いが呼び水になって途端に身体を火照らせた。

「絹夜……!」

 彼のもとに帰りたい!
 恥ずかしくても、間違っていても、否定されても、生きて愛して果てたい!
 生きて、生きて、時間が滅びてしまうまで彼を愛し続けたい!
 暗闇の中、彼女の目は刹那ぎらついて輝いたにも拘わらず、溝の中に落ちて暗黒に溶ける。

『アンインストール完了』

             *                      *                     *

 翅脈が広がり、飛び立つ準備を構えたところでエウァンジェルレオンの様子が変わった。
 再生し続けた傷は急に崩れるがままになり、腕の動きも緩慢になる。
 前足は完全に折れて前のめりになったと思うと、ようやく広がった翅脈も再びしんなりと垂れ下がった。
 その変化はエウァンジェルレオンがレオのアンインストールを告げたと同時だった。

「……レオ」

 絹夜はか細く、ぜぇぜぇという呼吸の中で呼んだ。
 不安げに視線を泳がせた彼の目の前でエウァンジェルレオンの身体が大きく傾く。
 ガラス細工のような身体は重油のようにどろりと溶け始めた。

「やっつけたんですか……?」

 全員が満身創痍で、これ以上戦うのは無謀という状態なのに
 銀子と同じように皆が皆、納得しえない表情のままだった。
 正義を敢行する為にやってきた法王庁の聖者達は見事任務を達成したというのに誰一人として歓声を上げない。
 アイスクリームのようにエウァンジェルレオンの身体が太陽にぬらぬら照らされた。
 しばらくの沈黙、そして駆け抜ける一陣の風。
 勝利と、そして疑問符が胸を満たしていた。
 形状を失いつつある偽神の死体に駆け寄って絹夜は足を踏み込む。

「レオ、レオ!!」

 雪深い園を歩くように左右に軸を失いながら、漆黒の泥に両腕を突っ込みながら彼女を探す彼の焦燥。
 吹き流れる風の中、誰一人動かずその姿を見ていた。
 彼女は、本当にこの結末を望んでいたのだろうか。



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あきゅろす。
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