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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
18 *獅子/Lion*1
 全ては脳が見せる幻の中での出来事。
 目の前のカイも、引きちぎれた両足も。
 骨を砕かれた両足も、大穴の空いた腹も全てが幻。
 幻の。
 残った聖者達をアポフィスが噛み砕いていく。

「姉さん……やっぱり僕は……姉さんの事が大好きだよ。
 だから、今度は僕が飲んであげる」

 正面にはアサドアスルから引き抜いた槍、背後には口を開いたアポフィス。
 深紅に染まった砂漠の砂も、もう底が尽きそうだった。
 蟻地獄のような夜の砂漠、見上げた月だけが我関せずと照らしている。

「じゃあね」

 ねっとりとした嘲笑に一発拳を叩きこんでやりたかった。
 愚弟め!
 腹の底の、魂の底まで人でなしの、救いようもない悪党だ!
 槍が振り上げられる。
 くそ、あと数秒あればセクメトを再構築し直して足を作り変える事も出来たのに!
 焦燥さえも湧き上がる前に風切り音が逆巻く。
 次の瞬間、どさりと黒い槍を握ったカイの両手が砂の中に落ちた。

「……こぉのぉ!!」

 眼を見開いていたカイの表情がじわじわ般若のように変化しおどろおどろしく声を上げた。
 ぎちぎち、軋むような音でそれは笑って夜闇の奥から赤い目を光らせていた。

「ブぅサぁコぉウぅうッ!! なにしやがる!」

 アポフィスが勢いをつけたかと思うと高く弧を描いたが、
 カマソッソはひらりとかわしてまたぎちぎちと小馬鹿にして顎を軋ませた。

『レガシィ、食わせない』

 カマソッソの頭の上にちょこんと乗っているブサが訴えた。
 ちぃちぃというか細い鳴き声に被せるように、意地悪にそいつは言った。

『カイに、邪神の資格無い』

「なんだと、ブサイクネズミが!」

『お前、いつもそればかり。飽きる。退屈な邪神いらない』

 目を見開きながらカイは歯ぎしりの奥から獣のような唸り声を放った。

「アポフィス!!」

 刹那だった。
 アポフィスがカマソッソごとブサを食おうと巨大な口を開く。
 しかしわずかにレガシィがカイの胴をえぐる方が早かった。
 どば、とカイが吐いた血がレガシィの顔面にふりかかる。
 彼女の両足は、手足はセクメトのそれに入れ替わっていた。
 太い獣の足、鍵爪。

「……か、は……そ、そうやって……鎧って、変形して……さ。
 姉さん……だんだん薄れていくよ。一体、何が姉さんなのさ……あんたは、誰なんだ。
 やめてよ、もう……姉さん、姉さんのままでいて欲しいよ……もう誰とも混ざり合ってほしくないよ……」

「…………」

 レガシィの鍵爪はさらにカイの胴をえぐり、抱擁の中でカイが崩れていくのを感じていた。
 彼女が腕を引き抜くとカイ、そしてアポフィスは大した音も砂煙も上げずに砂の中に飲まれていく。
 彼の身体が沈むと、まるでコンサートホールのように拍手喝采が巻き起こり、そして空しいかな沈黙があざ笑う。

「何よ、だったら。
 だったら何よ」

 赤く染まった腕、その血さえも砂と消えていく。
 ずぶ、とレガシィの足元も穴が空いたのか砂がさらさらと鳴り始めた。

『レガシィ、他の魂、力だけ残して消えてった。ブサも消えた方がいいか?』

「好きにしたら」

 レガシィの膝までが飲まれた。
 しかし彼女は動かず、腕を組んでカマソッソと睨みあう。

『何でもかんでも受け入れる事、カイの言うとおり、間違ってるかもしれない』

「んなことわかってる。今更正しさなんて求めない」

『本当に混沌になるつもりか?』

「どんな形になっても構わない。わかってるでしょ」

 レガシィの胴まで埋まり、それでも彼女は動く気配がなかった。
 この先で起きる事の全ても受け入れる覚悟だった。

『お前がどんな形でもお前が存在するの、想像できる。
 でも、今まで会ったニンゲン、そうじゃない』

 レガシィの視線が鋭くなった。
 分かっていた。
 指摘されたくなかった。
 抵抗するにも、もうレガシィの身体は胸まで埋まっていた。

『カタチも無くて、はっきりと認識も出来ないモノになっても、ニンゲンはレガシィを覚えているのか?』

「……さぁね」

 唇をざらざらとした感触が包み、地平線の高さに視線があった。
 月の中にカマソッソ揺れるのだけがレガシィには見えた。

『ニンゲン皆、レガシィの事がわからなくてもお前、生きるのか?』

 頭の先まで砂に埋もれ、最早反論する事も出来なかったが、レガシィは答えが見つからないままだった。
 死ぬ事、それよりももっと恐ろしい暴力に身体が引きちぎられる事、覚悟していた。
 この通り、生きているのか死んでいるのかもわからないものになった。
 人間を逸脱し、人間の世界から遠ざかった。

『キヌヤがお前の事を認識できなくても、忘れてしまっても、お前は絶望しないのか?
 キヌヤが例え生きていても、お前が認識出来なかったら、それは死んでいるのと同じじゃないのか?』



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あきゅろす。
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