NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
17 *福音/Evangel*5
「行くぞ!」
言うと同時に駆け出した絹夜、続くジョーと銀子。
補佐となるユーキとクロウ、撹乱役のユリカまでがエヴァンジェルレオンの前に出た。
「続け!」
雛彦の号令と共に聖者達が砲弾を吐きだす。
着弾と同時に、エヴァンジェルレオンは硝子が砕け散る様な美しい音をたてた。
黒い硬質の煌めきが周囲に舞うがエヴァンジェルレオンの身体は一秒もしないうちに修復されていく。
銃弾、剣撃、魔力。
全てを叩きつけても簡単に壊れ、無い首から咆哮を上げそして簡単に蘇る。
「クロウ! 私をターゲットなさい!」
「は、はい!」
ユリカに命じられいつものオーダーなのかクロウはそこに範囲の補助魔法をかける。
ほぼ同時にユリカのオーバーダズドッペルゲンガーが現れジョーと絹夜に一人ずつついた。
彼女がアンテナになった事を悟った法王庁の聖者達も伊集院ユリカをターゲットにして術を構成する。
「ジョー! 前足をやるぞ!」
「任せな!」
同時に左右の前足を狙う剣士二人にエヴァンジェルレオンの胸辺りから延びる筋張った腕が襲いかかる。
獅子の咆哮に狼の咆哮が重なってドスン、と重い衝撃波が響いた。
何十倍もある太い両腕の拳にかぎづめが喰いこみ地面に叩きつけられていた。
「大人しくしてください!」
スーツからけむくじゃらの毛をはみ出させた白銀の人狼が、
延びた腕を押さえつけてとうとう握りつぶした。
そして絹夜とジョーの剣がエヴァンジェルレオンの足を切断する。
連鎖する儚い音、身体中の細胞を揺り起こす叫び声。
だがすぐにそれらは復活し――。
「させません」
ユーキが涼やかに立つ横でおどろおどろしい土蜘蛛が糸を吐く。
両足の断面が帯に包まれエヴァンジェルレオンは前方につんのめった。
「やった! 友情パワーの勝利です!」
両手を上げて喜び跳ねた銀子だが、ユーキの表情は途端に悪くなる。
「いえ……奴には……さして関係が無いのかもしれません!」
土蜘蛛の糸の中でそれでも前足を再生をしようと試みるエヴァンジェルレオン。
字利家蚕同様、時間稼ぎでしかない事を改めて思い知った。
反撃だと言わんばかりにエヴァンジェルレオンの首の上、船首の女神像のように掲げられたレガシィの両腕が天に延びた。
ハウリング音を上げながら黒いエネルギー球を作り出す。
彼女を捕えていた手、エヴァンジェルレオンの身体中を覆う手がエネルギー球に手を添える。
当然逃げ場はなかった。
「全隊員、藤咲を援護しろ!」
ハウリングがわめく。
それでも藤咲乙姫の三味線の音は止まず、聖歌の詠唱も重なった。
きらりとレガシィの指先が光った。
来る!
思った次の瞬間には周囲は光に包まれており、激しい砂嵐と地響き、意識をもっていきかねない力の圧力が面々を襲う。
かろうじて弦の音が意識を繋ぎ止めたかと思い、だれしもがよろけながら周囲を見渡すと、
砂漠に高校の校舎が一つあるだけの殺風景が、
さらにエネルギー球の果てか窓ガラスを割ったかのように空には大穴があいて虚空が広がり、校舎は心なしか反り返っていた。
「時空間を、ぶち抜いた……!?」
聖者達は振り向き大穴に目を丸くする。
かつてアサドアスルは時空間の果てに封印された。
しかしエヴァンジェルレオンには、目の前の巨大な獅子には、その様な封印が出来ない事を空の大穴が証明していた。
「くっ……すみません、今ので放してしまいました……」
脂汗を腕で大げさに拭ったユーキ。
いや、束縛し続けるのは難しい。
なんて爆発的な攻撃力、再生力。
「あそこからレオを引っ張り出せば何とかなると思ったんだけどな……」
だからこそ前足をとって獅子を跪かせたのだ。
ジョーが疎ましくすっかり再生した前足を睨みつけた。
その目に、小さな黒い像――『時代の獅子』が入る。
同時に、背後から青年の声が飛んだ。
「右腕だ! 彼女の右腕を落とせ!」
頭から血を流してよろよろと砂の中を歩いてくるブルネットの青年はエリオス・シャンポリオンだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
クロウの絶叫には、何故お前がここにいるんだ、というニュアンスが山盛りだった。
今までどこに潜んでいたのだろう。
大方、校舎から様子を伺っていたのだがエヴァンジェルレオンの砲撃に恐れをなして慌てて駆け下りてきたのだろう。
頭を押さえながらエリオスは絹夜を見やって顔をしかめた。
「君が……彼女が助けたいといっていた男か」
「何だお前」
「……ふん、大した事なさそうだな」
「今は喧嘩しないで。後でいくらでもしていいから」
ばちっと火花を散らした絹夜とエリオスの間にジョーが入る。
さらに蚕が咳払い、その上虚空のような暗い目でエリオスをじっと見ていた。
威圧か怪電波にあてられエリオスは眉間に深く皺をよせながら説明する。
「私は彼女に頼まれて彼女の右腕の義手に『時代の獅子』の封殺呪文が利かぬよう、対抗の魔術を施した。
アサドアスルを倒す為だと。アサドアスルは倒したのか」
「んなもん、とっくにあいつが喰っちまったよ」
「喰っ……つ、つまり、『時代の獅子』の封殺呪文で押さえつける事が出来る。
状況がそれを許すならば右腕を破壊するんだ」
再びエヴァンジェルレオンに向き直った絹夜達。
「いや……でも、状況はあまり変わってないような気がしますが……」
ユーキの冷静すぎる分析にうーん、という唸りが虚空に響いた。
そんな中、ぱっと頭上に電球を浮かべた乙姫が挙手をする。
反射的に銀子はそれを指した。
「はい、どうぞ」
「さっきの攻撃で両腕を上げてる間だったら、可能だよね」
ちょっとまて。
とは思いながら、全員の視線が絹夜に向かう。
絹夜はジョーを見るので、ジョーは首を振った。
「無理。だったら俺、ここで引き返して世界が滅びる日を家族と過ごす」
これ以上ない程の派手な逃げを吐いてジョーはカラカラ笑った。
それが冗談でないからこそ彼らしい。
絹夜はごくり、と文句と理由と言い訳を飲み込んで、頭が確率を算出するのを停止させ乙姫に同意する。
その様子を見て、赤い制服が動いた。
「雛彦様、まだお怪我が……!」
止めるジェーンをよそに、赤い制服の首元までしっかりとボタンを止めながら
顔面に大きな青あざを作った雛彦がジョーの横に並ぶ。
「おおと、大丈夫なん、お兄さん」
「心配無用だよ。足手まといにはならない。
絹夜、お前は正面から狙え」
再び剣を構え直した雛彦の顔をまじまじ見ながら絹夜は頷いた。
あの宗教潔癖の兄の事だ。自分の言っている事に乗じて邪神を完膚無きまでに抹殺したいと思っているかもしれない。
青あざのせいで表情は伺えなかったが、雛彦をぶんなぐった人間が一体誰だったかを想像したら
疑念は杞憂だとすぐに判明した。
「もう一度同じ様に頼む。大技に至るフローに追い込むんだ!」
頷き、雄たけび、無言の気合。
それぞれが応えて先と同じようにエヴァンジェルレオンの足を取る。
重なるガラスの音、咆哮、そして――両腕を掲げたレガシィの正面から絹夜が大剣となった2046を引き摺りながら走り込む。
「おおおぉぉぉ!」
雄たけびと共に地面を蹴った彼を捕えようと、黒い腕が放物線を描いて何本も延びた。
ドカドカと聖法力の弾丸が押さえつける。
暴れるエヴァンジェルレオンの身体を切りつけ、突きさし、切り裂いて、美しい音が響き渡った。
エヴァンジェルレオンの攻撃をすり抜け、絹夜がレガシィの前にまで躍り出る。
刹那、絹夜は剣先ではなく腕を伸ばしたい衝動にかられた。
腕を伸ばせばきっと褐色の肌に触れ、太陽の化身を思わせる彼女の美しい瞳を見つめる事も出来るだろう。
「レオーッ!!」
お前を取り戻す。
誰にも渡しはしない。
相手が滅びを盾にする卑劣で強固な神だとしても。
<TO BE CONTENUDE!>
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