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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
17 *福音/Evangel*4
「その男は10年前に同じものを停止させた事がある。
 10年前は適切な手段でプログラムがインストールされず、非常に不可解な不具合を引き起こしていた。
 だが今回は本物だ。10年前のそれがイヴそのものの力を引き出し、制御されていた”つぎはぎ”だったとすれば、
 あいつは制御が利かない。それこそ人類抹殺お道具箱をしっかり持った、性格の悪いクソガキみたいな”神”だ」

「お前、字利家蚕か……!?」

 絹夜の言葉を聞いて最もぎょっとしたのはやはりジョーだった。
 ひとみはメガネをかけていないのにメガネのブリッジを上げるような仕草をして、男口調で”ああ”と答えた。

「アナザー、というヤツだな。心外極まりないね、オリジナルと言ってもらいたいんだが……。
 さて、どうせコイツ、戦闘用じゃないんだろう。どうせ役に立たないよ。少し借りていいかな」

「あ、えと――」

「借りる。というか、元々私が作ったものだ」

 どもるジョーに明らかに高圧的な態度になるひとみ――いや、蚕に一同は目を丸くしていた。

「あんたが作った!?」

 大声になったジョーの、さらに後ろ、戦車の隣に正座した彼女はこめかみに手を当てながら
 ひとみのツンケンとしながらも感情が裏腹である事が分かりやすい口調とは比べ物にならないくらい無感情に、そして早口に言う。

「私は”私”の意志でヴァージョンアップを行う。そう言ったはずだ。
 気持ちが悪いなら役所に言って離婚届持って来い。
 ……18分だな……黒金、18分間、あいつが飛び立つのをジャミング出来る。
 それまでにどうにかするんだ。どうにか。ふむ、便利な言葉だ」

「か、可愛くねえー……っ」

 この世の終わりの様に顔を青くしたジョー。
 構わず字利家蚕は目を閉じると、かくん、と糸の切れた人形のように力を抜いてうなだれた。

「一年前に出てきやがれよ……!」

 さらに悪態をついたジョーに蚕は目を開いて視線を送る。
 ぐ、ともやもやしたものを飲みこんでジョーはぷいっと視線を目の前の巨大な岩石に向けた。
 翅を広げようとして姿勢を低くしたまま威嚇している。
 邪魔しようものなら叩きつぶす。
 しっかりと態度に現れていた。

「だけど、きぬやん……あれはレオなんでしょ。
 10年前、どうやって倒したの」

 後ろで聞いていた乙姫の表情も陰る。
 彼女は随分と後になって聞かされたが、風見チロルは――。

「殺した」

 いとも簡単に絹夜は答えた。
 彼の横顔に視線が集まり、そして苛立つように唇を噛んだ表情を誰もが見た。
 さらにもう一つ、彼は言った。

「レオは俺に、殺してくれって言っていた」

 驚くよりも納得し、ジョー達は獅子の首に埋め込まれている彼女の身体を見上げる。
 いつからそんな事を考えていたのか、まさか最初からこの終焉を望んでいたのか、彼女はぴくりともしない。

「でも――」

 絹夜はぐっと聖剣2046の柄を握りなおした。

「世界を敵に回してでも、あいつを裏切ろうとも……俺は、気持ちに従う。俺はもう、後悔したくない」

 彼の背中を見ていた乙姫は、その背中が随分と大きく逞しく、あの時の”少年”を越えた事を知った。
 少なくとも彼は変わったし、きっとわかったのだろう。

「お前らに、甘えさせてもらう。力を貸してほしい」

 その背中は、勇む獅子のように。

「っはは、合点!」

 黒ずんだ木刀を肩に担ぎ、ジョーはこの場に全く相応しくないサンダルで踏み出す。
 アロハシャツに短パン、まるでヤクザの風体で、チンピラそのもので
 そのくせ目に宿した灯だけは正義の熱を帯びている。

「黒金先生にしては素直にお願いできましたね!」

 子供をあやす時の腹の立つ笑顔で銀子は言った。
 その奥でユーキが肩をすくめる。

「それが、貴方が選んだ答えであるというのならお付き合いしましょう」

 ユーキとは違い、表情を固めたクロウは低く静かに囁いた。

「滅びとか、破壊とか、そういうものに僕たちは屈しちゃいけない……。
 僕たちの想いは、屈しちゃいけない」

「おーっほっほっほっほ! 何だかよくわかりませんけれども、あのセンスの無いお神輿が大ボスってヤツですわね。
 よろしいですわ。待ち時間が長かった分、ギッタンギッタンにしてやりますわ! おーっほっほっほ!」

 ユリカの高笑いの中、カン、と一つ弦の音が落ちる。
 赤く濡れた包帯を巻いた手で今しがた張り替えた弦を奏でた乙姫。
 言葉はかわさず、絹夜は頷き返した。


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