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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
16 *形象/GestaltPray*3
「――”僕”は殺してない!」

 まるで巨人にでも訴えるかの如く、絹夜は視線を持ち上げて叫ぶ。
 さらに彼は頭を抱えて胴がねじきれんばかりな大げさな動きで首を振った。

「俺は風見を殺したんじゃない!」

 彼が幼いころに謀られて手に掛けた両親。
 彼が世界を救おうとしてデリートした風見チロル。
 そして――

「俺はレオを裏切ったんじゃない!」

 涙を湛えた彼の目に、真摯さと優しさを見てレガシィは顔をしかめて分かりやすく舌打ちを一つ吐き出した。
 レガシィは視線でアサドアスルを貫く。
 彼女は勝ち誇った笑みを湛え、そしてもう一つ指先を動かした。
 すると、絹夜は下手な悲劇の役者が如く膝を折る。

「……仕方なかったんだ……そうするしかなかったんだ……。
 俺に選ぶ権利なんて無いんだ……」

 その責任に恐怖する、小さな童にも似た弱さ。
 付け込んでくれと言わんばかりの弱みを抱えた彼の、そんな弱みにしっかり食いつくアサドアスルの弱さ。

「与奪のセンスが無い」

 これなら敵の犬になって無残な死を望んだカイの方がよっぽど”悪さ”の質が良い。
 どれもこれも、彼の弱さがあまりに美しすぎるのが原因だ。
 アサドアスルは愉悦的に頬笑み左手の指先をレガシィに向けた。

「我がひざ元に傅け。もはやこの男の魂はもたぬ、生きていてもいずれは自滅する」

 レガシィの耳に届いていたアサドアスルの言葉。
 いずれは。
 何度もリフレインしたが、彼女は聞かなかった事にした。

「どこにも行く権利なんてないんだ……!」

 絹夜は乾いた青い目で叫び、膝をついたまま両手をだらりと下げて砕けた大理石の天井を見上げていた。
 誰かと分かつ事を理解できない彼に、ようやく誰かが一緒に笑ってくれる事を理解させたのは誰か。
 レガシィは藤咲乙姫に申し訳なさを覚えつつ、どうして自分にこの焼くばかりが巡ってくるのか疑問に思いつつ絹夜の前に立って仁王立ちになる。

「あんたも相当大好きねぇ」

 不穏な笑みを浮かべたレガシィはすとんと腰をおろし絹夜の身体に腕を回す。

「最早、お前の言葉など何も届かぬ。暗く深い場所に沈ませておけ」

 アサドアスルの言葉も最早レガシィに届かなかった。
 次の瞬間、絹夜の胴はふわりと浮いてさかさまの状態でレガシィに担がれる。
 途端、絹夜の表情に戦慄が走った。

「猛省しろおおおぉおぉぉぉ!!」

 首の後ろ、どころか後頭部から大理石の床に落とされた絹夜。
 後頭部、背中、足の順に着地してそれでも立ち上がろうとしたところ、どすんとレガシィの巨大なマシンガンが腹に向けられる。

「ナメるな。裏切られた程度で、殺された程度で、死んだ程度で、潰える私と思うなよ」

 絹夜の青い目が震えながらマシンガンをたどり、レガシィに向かった。
 視界が定まらないのか、絹夜は眉間にしわを寄せたり軽く頭を振ったりしている。
 さなか、アサドアスルが吠えた。

「貴様、何故その男に安穏を与えない……! 邪魔をするな!
 ”腐敗の魔女”への復讐こそが我らアテムの悲願ではないか!
 それを落とし、それを滅ぼすのが我らが生まれた意味!」

「……可哀想に、アサドアスル」

 思わぬ返答にアサドアスルは眉を捻じ曲げ喉の底から獣の唸り声を放った。
 半気絶状態の絹夜を一瞥し、レガシィはアサドアスルに向かい合う。

「”アテムの悲願”? それはお前の父や母から聞いた事?
 その復讐は本当にお前の意志なのか?
 誰かが選んだ選択肢にのっかってさぞ楽ちんだった事でしょう。
 そんでもって終点がここだからって嘆き喚いたって変わりはしないんだよ。
 選び取ることを放棄したお前に、ブタのように鳴く権利すらないんだよ」

 アサドアスルの表情が揺れ、しかしすぐに鉄面皮に戻る。
 そうして彼女は何百年も考えないようにしていた。
 放棄という逃げ道を選んできた。
 敗北できず、勝利もできず。
 きっと、期待に応えようとしたんだろう。それだけ優しいんだろう。黒金絹夜のように。
 穏やかな気持ちを一つしっかりと頭の中で唱えてレガシィは瞳に深い深い暗黒をイメージした。
 孤独ではない。
 愛しい人に包まれてそっと目を閉じるような優しいまどろみ。
 黄金色に燻ぶる水平線とその空の、絢爛な暗黒だ。

「……ぁ……ああ!」

 アサドアスルがレガシィの目を見て淡く悲鳴を上げ、左手を振り上げた。
 重く風を切る音と共にレガシィは銃弾を放つ。
 連なる真空波がレガシィの身体を切り裂くと同時にアサドアスルの身体にも鉛の礫が着弾していた。

「ぬ……レガシィ……! ハイパーレガシィ!」

 ようやく彼女の新たな呼び名を認めたのか噛みしめるように呼んだアサドアスルは鞭のように左手を左右に振って真空波を生みだす。
 この大ぶりの最中がチャンス、レガシィは我が身を刻むカマイタチを意に介さずに銃弾を叩きつける。
 動きまわる事が出来るレガシィに対し、玉座に固定されたアサドアスルはいい的だった。
 鎖骨、両肩、首に赤黒い穴が空き、とうとうアサドアスルの左肩が派手に吹っ飛んだ。
 一方レガシィはマシンガンを盾にしたものの、とうとうそれが半壊になり、銃弾を吐き出さなくなり、盾にすらならなくなる。
 ぼろぼろの互いを見定め、アサドアスルとレガシィは同時に獅子の咆哮を上げた。
 勝負は、次の瞬間についていた。



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あきゅろす。
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