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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
15 *背信/Betrayer*4
「え……ぐお……」

 軽くえづいたレガシィにさらに雛彦が拳を叩きつける。

「お前が絹夜を求めなければ、きれいさっぱり全てが安穏に落ち着く!
 人の世をお前が覆す権限など、誰も与えてはいない! 落ちろ、レガシィ!!
 彼とてそれを望んでいる、だからこそお前の身代わりになったんだろう!
 犠牲の無い救済など――」

 もう一発と振り下ろした雛彦の腕をとって引きよせ、レガシィは頭突きを返した。

「御託は終わりだ! 唱えるなら自分に念仏でも唱えてろ!」

 またしてもパンチの応酬が始まる。
 そんな中、乙姫は溜息を一つついて撥を弦に叩きつけた。
 ばちん、と銃声のような音を上げて弦がはち切れる。
 弦を押さえていた藤咲の白い左手に血が流れるも、彼女は表情一つ変えずにレガシィと雛彦を見守っていた。

「ぁ……」

 途端、雛彦がくずおれる。
 ぜぇぜぇと息を荒げ雛彦はとうとう両手を砂にめり込ませた。

「……どうして邪魔をした」

 冷徹なレガシィの言葉に藤咲乙姫はこれも表情一つ変えずに言った。

「その人は我々法王庁浄化班にとって大事な役割を担っています。
 貴方に食べさせるわけにはいきません」

 レガシィの目の前で這いつくばった雛彦は急にどっと脂汗を流し、紅潮していた顔色を一気に青ざめさせる。
 ある程度ゴールデンディザスターに引きこまれていたのだ。
 ぽつぽつと冷や汗を砂地に落とし、雛彦は立ち上がろうとするも全身に力が入らず、片足を立てるのがやっとだった。

「レガシィ……貴様」

「同化しそこねたわね。たっぷり気持ちよくしてやろうと思ったのに、残念だ」

「…………」

 見上げた雛彦の目は聖者らしい同情と憐れみが映っており、そして見下ろすレガシィは言葉とは裏腹に穏やかだった。
 ふん、と一つ鼻で笑って雛彦は立ち上がると彼女に背を向ける。
 七色にちらついた視界、頭を振ると、雛彦は怪我を感じさせない力強い足取りで歩き始めた。

「敗北は認めん――しかし、礼は言う」

「いや、いい」

「ありがとう、レガシィ」

「いらんと言っただろうが」

 同じくしてレガシィも振り返り、右腕を上げてセクメトを鎧う。
 砂をしっかり踏んで歩く雛彦の帰還を見て、部下たちは騒然となっていた。
 雛彦は部下を安心させようと笑おうとしたがその瞬間に全身の力が抜ける。
 両脇をビリーとジェーンに支えられながらぼそりぼそりと呟いた。

「……ゴルゴタの丘へ、処刑されるために十字架を背負い歩くキリストを、何故だれも止めないのかと考えた事がある……。
 成程な……そういう事か……」

 それには藤咲が答えた。

「それを止めに入った雛彦様のお優しい気持ちも、彼女は分かっているでしょう」

「……いやまさか。私は恐れているだけだ。
 あいつが立ち向かおうとしている絶望、例えあいつがいとも簡単に乗り越えられるとしても、
 迷いを抱える我ら人間にそれが出来るとも限らない……」

 その言葉を聞いてひそかに眉をしかめたのはジョーだった。
 雛彦の杞憂は誰にも当てはまる。
 何故自分たちがここで、武器を構えて待っているのか。
 それを頭で整理して、明確に受け入れられるほどジョーはハイパーレガシィを――二階堂礼穏を遠い存在に思ってはいなかった。

             *                      *                     *

 白い大理石の上に『時代の獅子』を並べるとレガシィは血色の魔法陣に手のひらを当てる。
 拒むように深紅の雷が噴き出し、宙を泳ぐ蛇のように延びた。
 あの時、これだけの力があれば。
 そう悔やまれてならない。
 冷たい視線を落とし、レガシィは獅子の咆哮を一つあげる。
 まるで合言葉のように魔法陣はすぐに彼女に従って今度はスポットライトを下から照らしたような光を吹きあげた。

「迎えに来たよ、絹夜……」

 目の前は深紅に染まり、次に視界に入ったのは巨大な大理石の大戸の前に立っていた。
 この場所だ。
 自分が叩きつけた血の跡が残っている。
 どんな思いで彼がこの扉を開き、そして挑んだのか。
 どんな思いでこの扉の奥に残ったのか。
 低い吐息が耳に入った。
 アサドアスル。
 鉄槌のような足音を立ててレガシィは戸へと近づいた。
 目を閉じ、そしてレガシィは口元に邪悪な笑みを湛えて戸に手を当てずに右手を突き出す。

「爆ぜろ!」

 彼女の咆哮一つと一緒に扉はかけらとなりながら飛び散った。
 すると、もわ、と中から温い殺気が漏れ出してくる。
 そうだ、この匂いだ。

「来たか」

 アサドアスルは以前の嘲笑などかけらも浮かべずにそう言った。
 白い大理石の神殿、中央の椅子に腰かけ縛られている彼女の、その膝の上に横たえられた彼の姿。
 キリストの死体を包む聖母マリアの――ピエタの像のようだった。
 ただ目を閉じている彼の――絹夜の姿にレガシィは息苦しさを覚えた。

「アサドアスル……時代の獅子の時代は終わった」

 ぞろりと蠢く影を見やってアサドアスルは感嘆のため息を漏らし、そして唇の両端を吊り上げる。
 そしてゆっくりと視線を膝の上で眠っている絹夜の安らかな顔に向けた。

「何度も何度も、同じ夢を見ている。
 穏やかで、煌びやかで、優しい優しい日々の夢を。
 それでも起こすというのか」

 アサドアスルの言うとおり、彼の表情には一切の苦痛がない。
 静かな呼吸、穏やかな表情、それを見るたびにレガシィは胸が痛んで、それでも歯を食いしばりながら笑った。
 いつだってそうしてきた。
 それがどうも自信満々な邪悪な笑みになってしまう。

「残酷な女だな」

 アサドアスルはそっと絹夜の顔、長いまつげ、唇に触れた。
 ぞくり、とレガシィは予感を覚えて身構えた。
 くは、と彼の口から小さくせき込むような息とまどろむような声が漏れ出す。
 ゆっくりと黒髪の隙間に青い双眼が開かれて、遠くを見る。
 そうして、何度かの瞬きの末に絹夜の視線はレガシィに向かった。

「…………」

 レガシィの身体に焦がれるような痛みが走った。
 しかし彼女は銃口を掲げたまま、目の前の現実と向かい合った。
 のろのろとした動作でふらりと立ち上がった絹夜は、胸の前で十字を切り、聖剣2046を構える。
 寝起きのような気だるげな表情のまま、絹夜は呟いた。

「俺”達”の楽園を……壊さないでくれ













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あきゅろす。
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