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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
15 *背信/Betrayer*2
「……そういうことね」

 なんて質の悪いフォーメーション。
 追いやられたレガシィは一度距離を置いた。

「そうだな、それがクレバーなやり方だ」

 それでも崩せぬと言わんばかりの雛彦にレガシィ歯軋りをする。
 しかし彼女が思ったよりも彼女の頭は確かにクレバーに働いた。
 相手はゴールデンディザスターで簡単に魂を奪える相手ではない。
 その上、オーバーダズさえも討伐する技量すらある。
 邪眼ゴールデンディザスターもオーバーダズも通用しないとなると残る手段は限られてくる。
 最善、とはいえないがレガシィは動き出した。

「ミノタウロス!」

 レガシィが命じると、それは応えた。
 シャープなデザインのボンテージが広げた彼女の右腕から渦巻いて鉛色に輝いていく。
 両腕両足が不格好に太いシルエットのアーマーにチェンジしたレガシィに今度は雛彦が眉をしかめた。

「食った力を……」

「ソート能力……セクメトというより、ゴールデンディザスターの力のようですわね」

「頭のてっぺんから爪先まで化け物だってこと……かな」

「怖じ気づくんじゃありません。本を正せばたった一人の恋する乙女。そんな可憐な少女一人です」

 藤咲の言葉に部下二人は反論した。

「あのごつい闘牛みたいなのをよく可憐なって言えますね」

「本来持たない特性を自分のものにするなんて、卑怯もいいところですわ。
 さすがに今回ばかりは隊長に賛同しかねます」

 二人の心情さておき、レガシィが腰を低くするファイティングポーズをとる。
 しなやかな動きを主軸としていたセクメトのアーマーとは対照的に、鈍重そうなミノタウロスのアーマーだが華麗に避ける場所もない。

「藤咲の旋律返しの前にはお前の鎧なんぞ無に等しい!」

 砂を巻き上げ頭から突っ込んでくる雛彦に対しレガシィは両手を上下に構えてバリアごと抑えるようだった。

「無駄です」

 カン、と澄んだ音が響く。
 雛彦の黒い剣がレガシィに着弾する前に彼女の腕が煌めく空圧を捕らえ、足が砂地にめり込む。

「ぐ……!」

 とうとうレガシィが攻撃の勢いに堪えた!
 だが、次の瞬間には黒い剣が彼女の無防備な胸元――心臓を狙う。

「!」

 獲った!
 その雛彦の感嘆を押さえつけたのは黒い剣先に噛みついたアポフィスの頭だった。
 にやりと笑うレガシィに雛彦は冷たい声を落とした。

「貴様の弟は可愛くない」

 刀をひねりあげアポフィスの顎ごと裂いてやろうとしたが、アポフィスは今度簡単に口を開く。
 そこには見慣れた彼の部下たちが、半分胃液に溶かされたような無惨な姿で、しかし満足そうに呆けながら微笑んでいた。

「お前たち……!」

「黒金雛彦、お前が差し向けた可哀想な兵どもだよ。よく見てやんなよ、独裁者」

 表情には出なかったが、わずかに、ほんのわずかに雛彦が動揺した。
 刹那を縫ってレガシィが両腕を掲げ、赤い電光を湛えた。

「無駄だ! そのすべてを反射してお前を焼き尽くす!」

 雛彦は叫び、そして内心彼女の見えない策に嫌な予感を走らせていた。
 藤咲乙姫の力は、敵意さえなければ全く攻撃力にならない最弱の能力だが、その制約の上に攻撃を受けた攻撃を跳ね返す。

「おやめなさい、レガシィ! あなた、蒸発してしまいます!」

 後方からの藤咲乙姫の勇ましくも慈悲のある声。
 裏腹に三味線は鋭い旋律を放った。
 ――魔術を紡いでいる。
 レガシィの瞳がぎょろりと動き、見えないものを捕えてアポフィスに命じる。

「歌え!」

 すると、アポフィスの口の中でだらしなく恍惚めいた表情をしていた聖者達が次々と口を開いて
 荘厳で清らかな旋律を歌い始めた。
 どろどろになった肉片が、最早魂ごととらわれた哀れな死体が、彼女の命令一つで讃美歌を歌う。
 雛彦の小奇麗な顔面に亀裂が入った。

「神に仇名し、その上聖者の尊厳までもを踏みにじる……外道で足りぬ、化け物で足りぬ!
 貴様は地獄の業火で焼かれるにも相当しない、悪魔のクソのような女め!」

「じゃあお前は何なんだ。神のクソか」

 ケタケタと笑いながらレガシィが掲げる稲妻は彼女の体に血のように滴り、蛇のようにのたうち回る。



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