NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
15 *背信/Betrayer*1
裏界に入るのはレガシィも、そしてここを守ってきたジョー達も久々だった。
だが、そのエキセントリックな変わりそうだけは相変わらずでなんとも気の利いた演出だった。
校庭にはすっかり赤い砂がかぶり、白い大理石に血色の魔法陣がぽつんと一つだけ置かれている。
校舎もすっかり砂嵐に当てられて鉄は錆つき、街並みも乾ききっていた。
頭上には抜けるように青い空と太陽。
まるでエジプトの砂漠じゃないか。
そんな中にマントをかぶったレガシィが一人、大理石の魔法陣の前に立っている。
そして向かい合うは、かつての仲間、そして昔から自分を狙っていた法王庁の聖者達だ。
人をかき分けて深紅の制服を纏った、金髪の青年が出てくる。
法王庁浄化班最高責任者、黒金雛彦だ。
「まずは、我々を破ってもらおうか」
「あれだけぶっ殺されてまだ足りないっていうの……?」
黒と白の剣を構えた雛彦。
さすがは法王庁のトップというべきか、即座にオーバーダズと半融合した技量はレガシィが見てきた中でも飛びぬけて慣れていた。
剣がオーロラのような滑らかな光を湛えると、聖者達がざわめく。
オーバーダズ、ムサシ。
レガシィはその単語を耳で拾った。
「藤咲、ビリー、ジェーン。援護しろ」
「え、ええっ!?」
既に戦闘態勢となった雛彦の命令を聞いてビリーとジェーンが顔を青くする。
巻き込まないでください、一人でどうにかしてください。
顔面めいっぱいに表して訴えたが黒金雛彦という男はそういう男なのである。
よくわかっている乙姫は黙って荷物から一本の三味線を引っ張り出すと雛彦の後ろで構えた。
「ふ、藤咲隊長まで……!」
「ビリー、ここは腹をくくりましょう。雛彦様も藤咲隊長も、言ったらきかない頑固者ですもの……」
マシンガン・ロッテジュジュを構えたジェーンにビリーはまた、昆虫でも捕食する異民族を見たかのように顔面の筋肉を歪ませた。
「何もいい言い訳が思い浮かばない」
両手にデリンジャーを構えたビリーの一言がようやくそれだった。
両脇にジェーン、ビリー。背後に藤咲乙姫が弦を構えたフォーメーションは有名なのだろうか。
さらに聖者達にどよめきが走った。
「あとは」
マントを翻す暗黒の少女。フードの中で黄緑の目が輝く。
まるで悪者だな、とジョーはその様を横目に見ていた。
「あとは。死にたい奴はどいつだ」
「貴様一人で十分だ!」
雛彦が姿勢を低くして突進した。
足元は砂地だというのに電光石火でレガシィとの距離を詰めていく。
背後で控えている藤咲乙姫の強烈な速度補正がなせる技か。
レガシィは自分より早い相手なんて黒金絹夜以外に対面した事がなかった。
そして同時にジェーンとビリー、そして二人のオーバーダズと思われるガンマンの影が白く輝く銃弾を赤い砂に埋め込んでいった。
それぞれの軌道を目の端に捕えてレガシィはぎりぎりのタイミングで雛彦の一閃をかわし、その頭上を飛び越え背後につく。
互いが振り返りざまに右腕を突き出すと、衝撃波が走り、砂を巻き上げた。
黒い剣先とレガシィの影から延びたミノタウロスの拳が噛み合っていた。
互いの敵意が視線に籠る。
さすがにこれだけの意志の持ち主か、雛彦の意識はゴールデンディザスターで簡単に獲れるものではなかった。
刹那を逃してレガシィは二撃目を振り上げる。
その瞬間、カン、と澄んだ三味線の音が背後から追いついた。
やばい。
そう思ったが振り上げたミノタウロスの拳は止まらなかった。
次の瞬間あらぬ方向にぶっ飛んだのはレガシィの方だった。
赤い砂の上にきりもみ状態で顔面から着地した彼女に雛彦の勝ち誇った笑い声が落ちる。
「ははははは! 派手にいったな!」
「な……」
レガシィの視線は不敵に微笑む雛彦から乙姫に向かう。
彼女が何をしたのかわからないままレガシィの身体を裂かんとばかりにビリーとジェーンの分厚い弾幕が砂煙を巻き上げていた。
咄嗟に飛びのくと誘導されているかのように雛彦の前にはいつくばる形となった。
「お前に勝ち目はない」
突きつけられる黒い剣。
彼の背後には三味線を構えた紫の淑女。
左右には聖なる銃弾を吐き出す神父とシスター。
「えぐぞじあ!」
砂を噛みながら悪霊のようにレガシィは唸った。
もう一度、ゆっくりとレガシィが右腕を持ち上げる。
巨大な蛇が頭を持ち上げ雛彦に襲いかかるが、彼は余裕の表情で剣を構えなかった。
ばきん、と不細工な音を上げてアポフィスが宙を噛む。
よだれを垂らしながらがりがりと牙を立てる大蛇の喉元に、雛彦が白い剣を突き上げる。
「――!」
反り返るアポフィスと共にレガシィの身体ものけぞり、大量に吐血した。
砂の上に叩きつけられた彼女の身体にまたしても弾丸が襲いかかりレガシィは回避を余儀なくされる。
なんて性質の悪い。
両側を走る弾丸が雛彦の前面に立つこと以外を許さない。
後衛の三人には雛彦を突破しなければ届かないし、突破するにも雛彦の正面しか居場所がない。
「卑怯にも程がある、その正義……」
レガシィの口から嫌味が出て雛彦は満足そうに両手を広げた。
「お前が強ければ強い程、お前の敗北は色濃くなる。
無様な悲鳴を上げながら、土に還れ!」
振り上げられる黒い剣。
レガシィは咄嗟に砂を蹴り上げる。
眼つぶし? いや、そんな子供だましではない。
さらにミノタウロスの拳が砂の柱を巻き上げた。
「ビリー! ジェーン! 撃ち落とせ!」
「ラジャ!」
吐き出される四重奏の銃弾が天を狙い、そこにあった黒いものを射抜いた。
マントだ!
「味なマネを!」
「雛彦様、避けて!!」
藤咲の絶叫に反応して雛彦は高く飛び上がる。
彼の足元を狙ったように地面からアポフィスがせり出て顎を開いていた。
間一髪のところで怪獣映画のような攻撃を回避した雛彦だが、気になるのはレガシィ――そいつは雛彦の着地地点で待ち構えていた。
片腕で持つ事なんて想定されていないだろう、黒光りするマシンガンが容赦なく弾丸を吐き出す。
だが雛彦はむしろ攻撃の姿勢を崩さなかった。
その姿勢からまた妙な防壁を? レガシィが彼の余裕の表情に疑問を覚えたその時だ。
カン、と三味線の音が一つ落ちた。
彼女の何発か銃弾が吐き出された直後、レガシィの腕とわき腹からどばっと血が滲む。
「――!」
何事かと目を丸くしていると雛彦の容赦のない一閃が振り下ろされてレガシィはようやくマシンガンを盾にそれを受ける。
即座にはみ出したぞ、と白い銃口が足元を狙って彼女の足場を示し、レガシィは再び彼らの思惑通り雛彦の前に立たされる。
「藤咲乙姫……!」
レガシィも自分の放った銃弾が跳ね返ってきたのはすぐに察した。
雛彦の周囲には淡く淡くきらめく七色の膜のようなものがあり、当然彼の力だと思っていた。
藤咲乙姫はどうにも、雛彦の強化と護衛を同時にしているらしい。
彼女らしいメルヘンチックな外見とは異なり、攻撃をそのまま跳ね返すというえげつない防衛壁のようだ。
カン、とネタばらしに三味線が笑った。
器用な女だ。よくできた軍師だ。龍王の娘の名を冠るだけの事はある。
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