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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
14 *再再再来/Undead3
 右腕のサイバネティクス義手に埋め込まれた呪文はおよそ二万パターンにも及んだ。
 実際にテストして安全を保障できるものはなく、どれもこれも中途に効果を発揮しているようだった。
 エリオスは全ての会合をキャンセルし、その上三日三晩徹夜を強いられ目に隈を作りながらようやく配列パターンを割り出す。
 後はウェルキン博士を拉致してプログラムを確立させ、サイバネティクス義手の手術をやり直した。
 そこまで派手に動いたものだから法王庁も魔女たちも当然、来るべき時が来た事を嗅ぎつけており、
 その日、九門高校の周辺はざわめき揺れていた。

「どういうことですの!!」

 口からラーメンをはみ出させたお嬢様のはずの伊集院ユリカがカウンターの向こうで野菜をいためているジョーに吠えた。
 中華鍋を片手でひょいっと持ち上げ洗いながらユリカを諌める。

「だから、今日あたりにまたくるって言ってたんだよ」

「そういうことではありませんわ!!」

 辺り散らすように周囲に怒気のこもった目を向けてユリカはぎりぎりと歯ぎしりする。

「い、いや……九門の件にユリカさんを巻き込んじゃいけないと思って……」

 隣の席でユリカの罵声と唾を浴びていたクロウが大人しくラーメンを啜りながら言った。
 さらにその奥の銀子もユーキも、そうそう、と簡単な調子で言葉尻に乗る。

「それにお前がいると話がややこしくなる」

 皆の本音を、テーブルを拭いていたひとみがズバンと言った。
 背中に小さな子供を背負ってまで働く姿は同情するに値するのだが、あまりに口先の攻撃力が高く誰も同情しなかった。

「おお、おお、私の可愛い二階堂礼穏」

「あれ、なにその新しいレオちゃん! うお、触手……! って、また作ったの!?」

「ピンクモモンガ特製フィギアの試作品ですわあ! おーっほっほっほ!」

 ユリカが取り出した新作ハイパーレガシィのフィギアに喰いつくクロウ。
 いつもの光景が流れる中、店の前に黒く長いものが止まった。
 まさか、まさか、いやまさか。
 あれは、リムジン?
 すりガラスの向こうではっきりしないがお車のダックスフント、リムジン様のようだった。

「…………!」

 机を拭いていたひとみがはっと顔を上げて振り向き、そして露骨に嫌そうな顔をしながらカウンターの奥のジョーの後ろに隠れた。

「きたぞ……」

「ひとみ、雑巾背中に押し付けないで」

 リムジンから黒服の男女が降りてくる。
 まごつくスーツの男が一発殴られて情けない声を上げながら横戸をガラガラと開いた。

「らっしゃーい」

 他に客もなく閑散とした店内。とりあえず声をかけたジョー。
 情緒あふれる、と言えば聞こえがいいだろうが壁のしみだらけの店内を見回して顔をしかめた男は明らかに裕福層の外国人だ。
 確実に英語で嫌味を言って、今度はのれんの向こうからキックを貰っていた。

「え、エリオス・シャンポリオン!」

 細い目を開いて立ちあがり戦闘態勢を取ったユーキに、連鎖して銀子とクロウも身構える。
 しかしのれんの向こうで黒髪をかきあげた女に彼らは歓声やら悲鳴やらを上げた。

「レ、レオ……ちゃん……! 本物の!」

 天使の降臨のように目を輝かせるユリカ、クロウと銀子に対し、
 ユーキは彼女の影の中でぞろぞろ蠢くものを察して沈黙し、ひとみに至ってはカウンターの下にしゃがみ込んだ。
 サングラスを持ち上げペリドット色の美しい瞳を合わせると彼女は変わらぬ、卑屈で邪悪な嘲笑を浮かべた。

「よう、人間ども」

 がばっと立ちあがってレガシィに駆け寄ろうとしたユリカの手をジョーが掴む。

「な、なにしますの!」

「やめとけ」

「……な?」

 不思議そうな顔をするユリカだったが、カウンターの下、ジョーの足元でうずくまって震えているひとみの姿を見て反論が出なかった。

「人の形をした混沌だ……!」

 震えながらようやくそう言ったひとみ。
 その言葉にユーキも頷く。
 混沌のような少女の末路は仮に人の形をしている混沌だった。
 店の敷居を跨がずに外から懐かしげな目を向けるだけのレガシィに、誰も声をかけられずそのまま沈黙だけが流れていた。
 ようやく立ちあがったエリオスがメガネを整え不遜に空気をぶち壊した。

「君たちには迷惑をかけてすまない。これもビジネスなんでな。
 我々も彼女の目的に賛同する事になった」

「ごあいさつの内容はそれだけですか?」

 刺すようなユーキの言葉にエリオスはむっとしてレガシィに振り向く。
 だが彼女は漠然と店内を、仲間たちを見ていた。
 そしてジョーも手を止めず、いつものように皿を洗い続ける。
 水音だけが響いていた。

「に、二階堂さん……、こっちにきて、一緒にお話ししませんか?
 もう一年ぶりになるんですよ……?」

 空気の読めない銀子でさえも恐る恐る取り繕った言葉を吐き出した。
 ようやくレガシィは、ああ、と溜息なのか返事なのかわからない声を発した。

「この醜態が全てだ」

 彼女の影の中で何かが蠢く。
 ひぃ、とひとみが見てもいないのに背中でもつつかれたような小さな悲鳴を上げた。
 ようやく皿を洗い終えて布巾で手を拭くと、奥から大きな箱を取り出しジョーは
 カウンターを出てレガシィの横に無意味に突っ立っていたエリオスに押し付ける。
 それが彼女が集め、彼が守ってきた『時代の獅子』である事は誰にも明白だった。
 しかし当然のようにそれについては何も言わず、ジョーは世間話のノリで恐ろしい言葉を吐いた。

「古今東西の悪神を喰らって、その上お前自身は死んじまってて、世界を滅ぼそうとしていて。
 そう説明してやりゃいいじゃねえか。
 お前はとっくの昔に俺達も裏切っていたってどうしてお前は言えないんだ。
 どんな犠牲を払ってでも、超ド級の我儘抜かしても、殺してでも死んででも、取り戻したいんだろ」

「……そういうの、恥ずかしいから」

「お前な……」

 どういう事だといいたげな仲間たちに振り向いて、ジョーは頭をかきながらいつもの緩い言葉で彼なりに説明した。

「全然布告ってヤツかな。いや、お世話になります、的な?」

 あまりにもその説明がイケてなかったのか、レガシィは大きな溜息をついて肩をすくめた。
 だったらいい、そう言わんばかりに言葉を被せる。

「明日、私は邪神になる。世界を救いたかったら今からでもいい、かかってきな」

 そして長い髪を翻した。
 彼女らしいつっけんどんな態度、彼女らしい怖いもの知らずな言葉。
 ただ、どこか違和感があって、それが胸を刺すような悲しみで、彼女の背中に言葉をかけるものはなかった。
 これから彼女が壮絶な戦いに赴くというのに、慰めも励ましもかけられず、それを彼女も望んでおらず、春の冷めた風だけが通り抜ける。
 エリオスがばたばたと彼女を追いリムジンが去ると、ジョーはしばらくそこに立ちつくし、拳を握ったままだった。


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あきゅろす。
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