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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
5 *病/Sick*1
 二つ駅をまたいだ先の大病院の一室でジョーの母親は入院生活を続けていた。
 もともとそれほど丈夫じゃなかった母はジョーが高校に入学するとほぼ同時に過労で体を壊した。
 最初は外出もままならないほどだったが、今では体力を少しずつ取り戻し、後は退院許可が下りるのを待つだけだ。
 ジョーの妹、春野、夏野、秋野、冬野はわーっと病室に入っていく。

「おやおや、みんなで来てくれたんだね」

 病院のベッドの上で出迎えてくれたのは白髪混じりの長い髪をパジャマに垂らした、少し薄幸そうな雰囲気さえある女性だった。
 相部屋の角で、すぐ隣の窓からは葉桜が見える。
 さわやかな陽気の中できっと子供たちが来るのを心待ちにしていたに違いない。

「よっ、オフクロ。悪いね、押し掛けて」

「あんまり騒がしくするんじゃないよ」

 急に息子が妹たちと友達を連れてくると言ったのを驚いていた。
 なんせジョーは中学のころまでは今が想像できないほど暴れ回っており、友達ができるような少年ではなかった。
 今は少し落ち着いているがその血の気の多さは隠れているものの無くなったわけではない事を母は理解していた。
 久々に顔を見るとジョーは相変わらず顔に怪我を負っていた。

「あんた、また人様に迷惑かけてるんじゃないだろうね」

「迷惑かけられる相手にはかけてと思うけどね」

 そういって入口でたたらを踏んでいるレオと絹夜を引っ張り出してきた。
 ジョーの母親はぱっと表情を明るくした。
 こわもての少年が複数ぞろりと並ぶのを想像していたのだが、入ってきたのは今時風の美男美女だった。

「同級生の方?」

「あ、いや……片方、先生」

 恐る恐る絹夜に視線を向けるジョー。
 同列にすんな、と顔で訴えつつ言葉にはしなかった。
 制服姿のレオでなければ残るは一人である。
 彼の母親も目を丸くした。

「あら、いやだ。お若い先生なのね。すいません、馬鹿息子がお世話になってます」

「それほど馬鹿でもないですよ」

 比較対照、レオ。
 ふと、ジョーの視線がレオに行った。
 彼女の顔には目いっぱい”油断”と”隙”が書かれており、葉桜をぼんやりと見つめている。
 目が合わなくて良かった。
 ジョーは何事もなかったように視線を戻した。

「先生までつれてきちゃって、あんたなんかしでかしたの?」

「してないよ、たぶん」

「出がけのついでなんで特にこれといって用事は」

 この間まで顔面パンダ痣だった男がよくもぬけぬけと言ったものだ。
 いいながら絹夜の目があからさまにそれを訴えたのだが、ジョーはそれをうまく無視した。

「ほらぁ、お袋ってば、そういう目で見ないでよ!
 今日はさ、プレゼント用意したんだ。野々達にもな」

「あら、わざわざいいのに……」

 プレゼントという言葉を聞いて四姉妹の目がようやく兄を見る目にかわった。
 わーわーと騒いでいたのが一点に集中する。
 家族の団欒に部外者が混ざるのはよくない、レオの考えはすぐ行動にかわっていた。
 そのそそくさとした動作にジョーも彼女の内心を知っていたのだが、止めないわけにもいかない。
 そこで、いつものように冗談めかした。

「なんだよ、いっちゃうんだ。ははん、さてはデートだな」

 そんな否定しずらい返しにレオがむっとして言葉を無くすと、
 すでに出口側に体をもっていった絹夜が代わって、振り返りざま肩越しに答えた。

「かもな」

「おっほー、お熱いねぇ! うん、そっか。じゃあ邪魔しちゃ悪いな」

「お二人ともありがとうございます、これからもジョーをよろしくお願いします」

「レオちゃん、先生、ばいばーい!」

 妹たちががばたばたと手を振りジョーもおどけて敬礼する。
 絹夜はほんのちょっと慣れない暖かさに触れ、なんだかむず痒くなった。
 家族、兄弟、そして母親。自分が避けていたすべてだ。
 何だか、いつもの調子が狂う。
 少し足早なのは逃げ腰だからだろうか。
 一生懸命に出口に向かって歩いてしまった。

「黒金が足運ぶなんて気前いいじゃん」

「……まぁな」

 病院を出たところでレオはつっかかろうとしてそんなことを言ったが、反射的に受け流してしまった。
 続かなくなった会話を絹夜は無理やり蒸し返す。

「お前はいいのか」

「いいよ、そんな人いないし。
 言ったでしょ、親は事故で死んだの」

 しまった。そうだった。
 自分の記憶力の悪さを内心叱咤して絹夜はそのまま出た言葉を正当化させようと努める。
 わかってて言った、そんな風にかっこつけたかった。

「墓参りとか、してんのか?」

 自分はしたことがなかった。
 そんなことしたら浄化班の関係者に蜂の巣にされる。
 したいとも思ったことがなかった。
 自分にそんな資格があるとは思っていない。

「……怖くて、行ってない。
 ううん、でも行こうか、せっかく味方がいてくれるうちに」

 味方。
 いいや、自分はお前を疑っている。
 お前の存在を疑っていて、恐れていて、気になっていて。
 だから、ただの調査なんだ。
 味方なんかじゃねえんだ。
 言い聞かせるほど罪悪感が募った。

                    *              *             *

 都心の霊園の隅、一枚の墓石に”二階堂啓”、”二階堂暮亜”の名前があった。
 一本のカーネーションをそこに手向けると、レオは深いため息をついた。

「…………黒金、私……嫌な人間かも」

 ビル群を見下ろすのどかな高台になった霊園から遠く都庁を見つめている絹夜。
 風に乗ってタバコの煙が流れてくる。
 都会の喧噪をまるで違う世界から見ているようだ。
 あの中に自分たちの生活がある。
 猥雑な新宿の街の中に。

「私の目のせいもあってか、両親は私の事、怖がったり媚びてたりしてた。
 私が機嫌悪くすると、すぐにへらへらして、あんまり好きじゃなかったんだ。
 いっつも弟のことばっかり……でも2年前、両親と私が乗ってた車、事故に遭って……」

「お前……」

 一緒に事故にあっていた。
 ならば両親の話が禁句なはずだ。
 だが、彼女は淡々と話し続けた。

「私、死ぬんだって思った。生温かい血の中でこのまま死んじゃうんだって。
 そしたらさ、自分の今までの人生手放していいって思ったらなんか、恥ずかしくなっちゃって……。
 誰かに謝らないといけない気がして……でもそんなこと私には出来ないの」

 レオはそれっきり墓石の前でしゃがみ込んだままだった。
 死んでも構わないと思っていた自分や風見チロルとの違いが明確になった。
 彼女は知っているのだ。
 自分が十年前、散々人から教えられてようやくうすぼんやりした形が見えただけのものを、持っているんだ。

「……ダメだ。ぜんぜんちゃんと、言葉に出来ない。
 でも私、全てを……」

 レオは膝に目を当てて自分でも泣いていることを認めないように顔を伏せていた。
 全てを?
 息をのんだ。
 立っていることが出来ない。
 眩暈? いや、体が震えている。
 絹夜は震えを否定しようとして、彼女のとこに座り込み肩に手をおこうとしたが触れることすら躊躇った。
 素性の知れない美しい容姿、得体のしれない力の構成、自分には理解の出来ない生への責任感。
 レッドだ。
 理性が危険信号を出した。
 離れろ、太刀打ちが出来ない!
 これは命を差し出すこと無く、代償を払うことなく攫っていくぞ!
 一方的に奪っていくぞ!
 伸ばしかけた震える手を引いて絹夜は立ち上がった。
 目の淵から理由もなく涙が落ちる。
 拭うとそれは、魔力の制御ができなかったときに流れ出る青白い色だった。

「…………」

 それほどまでに動揺しているのか。
 慌てて拭って息を止める。
 何も考えるな、そう命じると身体は急に軸が定まってくる。
 目の前にいるのは何も知らない無知な小娘だ。
 理性というまた別の人格に支配を任せると簡単に魔力流動も体も落ち着いた。
 そこで顔を上げてレオは勢いよく立ちあがった。
 彼女は泣いていて、そして笑っていた。


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あきゅろす。
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