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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
14 *再再再来/Undead1
「全く、忌々しい娘ですな」

 暗黒、というべきなのだろうか。
 初老の、落ち着きのある声が封を切った。
 同時に辺りはざわめき始め、そして互いに彼女を罵った。

「しかし、残念ながら我々はあのビッチの一部になってしまった」

「そうそう、最低最悪な僕の姉さんね」

「ちぃちぃ!」

「なんだい、ブサコウ」

「ヂぃーッ!!」

「ブサイクなコウモリなんだからブサコウであってるだろう! あはははは!」

 最早そこに個など無いはずなのだが、彼らは共感し合い、満ちていた。
 魂を操るゴールデンディザスターの邪眼に喰われ、彼女の中に焼き付けられて
 地獄のような苦しみが待っていたかというとそうでもなかった。
 そこにあったのは、一つの椅子だった。
 まるで何者かを縛りつけようとした後のように拘束具が外れて落ちている。
 痛快な様だった。
 彼女が木端微塵になるのも、死体の山で大笑いするのも、どうにもどうにも楽しみなのだ。
 やれやれ、全部壊して壊されて、ユダヤの王の座も、邪神の玉座も奪って鎮座してしまえ。

「まぁ、どの道あの娘は引かぬ。惨たらしい死だか、絶望的な結末やら、叩きつけてもあの娘は引かぬ」

「全く、忌々しい娘ですな」

             *                      *                     *

 桜のつぼみが膨らみ始め、厳しい冬が通り過ぎようとしていた。
 バイトがようやく終わり、深夜十一時の静かな住宅街を飄々と歩くジョー。
 高校時代、そして妻との思い出のある桜並木を少し不格好な早歩きで家路を急ぐ。
 今年の桜はあとどのくらい待ってくれるだろうか。
 濃紺の空に覆いかぶさる朱鷺色のつぼみが絢爛に咲き乱れるのを待つこの道。
 皮ジャンの中から携帯電話を取り出してメールの着信を確認すると、タイミングを見計らったように着信があった。
 見たことも無い番号だったが、予感がして躊躇い無く出てジョーは電話を耳に当てた。

『眠り姫を迎えに来た』

 彼女の声を聞いたのは、そう一年前の冬ぶりだ。

「ちょいとばかし遅刻なんじゃないか、レガシィ」

 ジョーが返事をすると、正面の道の影からどこからともなくずるりと黒い塊が姿を現した。
 レザーの上下に黒いマフラーをした、まるで冬が似合わない女だった。
 少し痩せて尖っていたが、見覚えのある、懐かしい姿にジョーは苦笑し電話を切った。
 彼女は月光を避けるように影の中に立ち、彼は向かい合うように光の中に立っていた。
 分断された世界。
 彼女は闇、彼は光。
 彼女は彼岸。彼は此岸。
 共に春夏秋冬を過ごしてきた戦友だというのに。

「随分禍々しいものになって帰ってきたな」

「あんたこそ。何よその目。まるで正義の味方じゃない」

 ジョーは大きく息を吸って、結局何も言わずに溜息に変えた。
 彼女を心配した瞬間などなかった。
 むしろ帰ってくるものだと信じて疑わなかった。
 何になってもこの地に再び戻ってくる。そう信じていた。
 おもむろに電話を操作して、ジョーは妻のひとみに電話をかける。
 帰りが遅くなるというジョーの言葉に、はいはいわかったわかった、と
 呆れたような彼女の声が電話越しに漏れて聞こえてレガシィはその様を笑った。

「相変わらずなんだね」

「ああ、相変わらずなんだ。でも変わったよ」

 そう言うジョーの顔つきは、最早少年のそれではなかった。
 血の気の多い少年が無理やり大人になろうとしているそれではなかった。
 わずかにあの頃の面影を残し、誰かを守ろうという意志を宿す正義の味方になっていた。

「な、ナインスゲートに行ってみないか」

「いいね、それ。賛成」

 数分の道のり、レガシィがあまりにきょろきょろと落ち着きなく左右を見渡す。
 懐かしんでいるのか、街並みの変化に驚いているのか、彼女はらしくもなく悲しい笑い方をしていた。
 昔懐かしい裏のフェンスから忍び込み、裏手の戸から忍び込む。
 レガシィが放つ電子の震えが警報機を黙らせて、二人は屋上に立った。
 そこから校庭を見下ろすと、懐かしい光景が蘇る。
 全ては、ここから始まった。
 何でもない春の日に、あの男がやってきて裏界への扉が開かれた。
 愛だ正義だ、今聞けばこっぱずかしいものに踊らされた日々は美しい。
 そしてその日々は、彼の自己犠牲によって終わってしまった。

「全く、あの馬鹿」

 愛情のこもった落胆にジョーはほっとして思い出す。
 あの寂しがり屋なくせに甘え下手な魔術師の事を。

「……あー……この一年、何があったのか説明すんの面倒くせぇな……。
 きぬやんが復活したらまた同じ事言わないといけないんだろ〜」

「あんたって本当に……変わってないのね」

「いいや、そうでもないよ」

 やや嫌味のこもった彼の否定に面喰らってレガシィは眉を寄せる。
 するとジョーはフェンスを掴み遠く光る街並みを見ながら言った。

「ひとみと結婚したよ。子供も生まれた。俺、父親になったんだ」

 いまひとつレガシィの頭には意味が浸透せず、はぁ、という生返事になった。
 だが彼のたくましさの理由だけは納得できて、それが人として正しく強いものだと知った。
 自分が道を踏み外して手に入れられなくなってしまったものの一つだ。

「お前、人間なんだな」

「そうだよ」

 人間と言う営みの中に彼がいることをうらやましく思った。

「お前には、何があった?」

 彼の言葉にレガシィは逡巡し、一言だけ投げやりに言った。

「死んだ」


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あきゅろす。
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