NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
12 *死点/Deadpoint*3
人間の雄たけび、絶叫。
焼かれる臭いと煙、破壊、死。
白い砲弾に焦がされ、黒い槍に貫かれ、聖者たちはそれでも武器を持って少女一人を殺そうと向かってくる。
いいや、人の形を模した”別の何か”だった。
黒い槍を振り回し、飛んでいる戦闘機を撃ち落とすなんて、怪獣映画が滑稽に描く表現じゃないか。
それほど彼女の虐殺は極端で、痛快な程に荒唐無稽だった。
「怯えぬならば首を取りに来い! 一切合財打ちつけてやる!
かかってこい、木端聖者! 私の欲望一つで天国までぶっ飛べ!!」
レガシィの身体にも銃弾が着弾し、彼女の血が舞う。
それで皆が皆、ハイになっているのかもしれない。
ニャルラトホテプがレガシィの身体を高速で修復し、鎧となったセクメトが自在に変化し致命傷を避けた。
彼らの目の前に立っているのは、致命傷が与えられず、やっとの事で与えられた小さな傷も自己再生し、
自ら生み出す無数の槍を振らせては、衝撃波となる咆哮を上げる怪物だった。
法王庁浄化班が持っていた彼女のデータは、”異常な成長を遂げた影遣い”という程度でまだかろうじて人間だった。
大げさで、警戒しすぎともいえる戦力だったはずだ。
しかし、彼女がいましがたルーヴェス・ヴァレンタインを、ニャルラトホテプを吸収した事で事態は急変した。
元よりニャルラトホテプは物質を食うという特異なオーバーダズだったし、その術者も圧倒的な力の持ち主だった。
そして何より恐ろしいのがオーバーダズの”共食い”だった。当然そんな事例はない。
予想もしていない事を次から次へと!
単純計算、少なくとも想定していたものの倍、彼女の力は膨れ上がっているはずだ。
彼女は暴力。
彼女は欲望。
彼女は現世の敵。
大笑いをしながら朱色を巻き上げる邪悪な邪悪な神の徒だ。
討ち果たさなければならぬ、と人としての本能が聖者たちすら駆り立てる。
黒い霧を吸う度に何故か闘争は派手に大きくなり、誰もがこぞって彼女の、そして自らの死を希った。
さながら、サバトの興奮状態だった。
「姉さん……! 姉さん……! まるで本物のセクメトじゃないか!」
だとすればとんでもない挑戦だった。
神々すら正面から戦う事を恐れた女神セクメト。
闘争だか、殺戮だか、人間を蹴散らし歩くのは当然の事だ。
血の高揚から聖者達が慄きながら、賛歌のように高らかに唱え始めていた。
「人の手で地獄に堕ちろ!」
アポフィスの砲撃がレガシィを狙ったが彼女は華麗に飛びかわす。
「堕ちろ! 屈しろ!」
「あいつを討ち果たした者が救世主だ!」
勇猛に向かってくる歩兵は衝撃波で討ち払い、戦車は槍で串刺しに。
「カぁあああイぃいいい!!」
島全体が猛っていた。
薙ぎ払い、燃やしつくし、貫かれ、焦がされる。
とうとう、とうとう人の気配が薄まって静かになったところでレガシィとカイは互いを正面にした。
この二人の間では死ぬか生きるか、そんな物質的な話ではない。
どちらがより邪悪で、自分勝手かという話だった。
カイは悪そのものである事を望んでいた。
その為ならば肉体を失うことも怖くはなかった。
むしろこんな兵器に肉体改造をしてくれた法王庁には感謝さえしている。
姉を、ハイパーレガシィを殺すのは自分だ。
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