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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
11 *陰謀/Conspiracy*3
 赤茶のレンガに囲まれた質素な場所だった。
 王の間のように玉座が一つ、そこには長年誰もが座っていないのか蜘蛛の巣が盛大に覆いかぶさっていた。

「ここで絹夜は生まれ、そしてベレァナはあの大天使に狩られた」

 ここが黒金絹夜の原点。
 このエーゲに浮かぶ名前も無い島、潮騒に包まれた孤独な魔女の城。
 まるでその日を恨みがましく悼むように赤い絨毯に赤いしみが残っていた。

「因果だな。アテムの一族と”腐敗の魔女”が共に生きる事を望むとは」

「何千年前の話してんのよ、あんた」

「ふふ、違いない」

 そういってルーヴェスは懐に手を突っ込む。
 反射的にマシンガンに手を伸ばしたレガシィだったが、ルーヴェスが取り出したのは黒光りするにしろ、雌獅子の像だった。

「”時代の獅子”……」

「君には必要だろう?」

「…………」

 ルーヴェスは像の乗った左手を無防備に刺しだしてくる。
 一体どういう見解かと首をかしげていると、ルーヴェスは肩をすくめてみせた。

「絹夜は私の息子だよ。息子を助けてくれるヒーローに何のお礼もなしでは格好がつかないじゃないか」

「私はアサドアスルと同じ、邪神の一派。引っ張り出した揚句、彼も私が食うかもしれない」

「何故だかね……むしろそうなってしまう事を――君が理由の無い鉄槌を下す事を世界丸ごとが望んでいる気がするんだ。
 満ちたり過ぎて退屈にざわつくマゾっ気な世界だ、女王様が一発蹴り入れてくれ」

「……それは、間違いなく私の役目かもしれないわね」

 ”時代の獅子”を手に取り懐に収めたレガシィ。
 沈黙に彼女が憤怒のため息をつこうとしたその時だった。
  怒号と地響きが上がり、天井からは木屑が降った。

「どういうこと」

 命令調のレガシィに大人しく従いルーヴェスはオクルスムンディで島の周辺を見る。

「ああ、そんな事だろうと思ったよ。レガシィ、法王庁だ。私と君がこんな小さな島にいるんだ。奴等が狙わない訳がない」

 あわよくば島ごと屠ってやろう、そんな話だ。
 予想できていないわけではなかったが思ったよりも早く、しかも大規模だった。

「くそ! 先見のばばあか! 八つ裂きにしてやる、あのフランス人形!」

「そういうことばっか言ってるから危険物扱いされるんだ。女の子ならもう少し可愛らしくしなさい」

「おっさんも歳考えな」

 嫌味を飛ばしながらルーヴェスとレガシィは出口から抜け、まず空を見上げる。
 重いカーキ色の戦闘機が頭上を通った。

「海岸から戦車が上がってきている。いやいや、随分盛大だね。
 もしかしたらこれは、浄化班の全精力かな。ステイツの援護もあるのかな。
 まだ脱出路はあるが、君は……どうする?」

 オクルスムンディで島を見渡してルーヴェスはこれはさすがにいかん、と顔をこわばらせてレガシィの意見を待った。

「ここまで盛大に乗り込んでくれてるんだから、参加しないわけにいかないでしょ」

「本当にお前は、痛快なまでに大馬鹿だな」

 またしても遠く大砲が着弾した音と姿の無い戦闘機のエンジン音が通り過ぎる。
 そんな中でルーヴェスはオーバーダズ、ニャルラトホテプを召喚した。
 以前見たときはゴミ山のような得体のしれないものの姿をしていたが、レガシィの目の前に現れたのは黒いドレスのと仮面の貴婦人だった。
 ニャルラトホテプの頂上に君臨していた魔女ベレァナを模した影だ。
 随分とか細く、華奢な影になっている。それがルーヴェスの衰退を表していた。

「……ひどい有様ね」

「そうだ。私の力は最早これが精いっぱい。あんな軍勢と戦うなんてもっての他だ」

「……”時代の獅子”の為にここに来たっていうの……?」

 ようやくルーヴェスは穏やかに笑った。
 それこそが本題であるように声を張り上げる。

「いいや、もうひとつ君に託したいものがある。レガシィ――ニャルラトホテプを食らいなさい」

「……!? そんな事したらあんた、ここから出られないでしょ!
 それどころか、その身体を維持する事もままならないかもしれない」

「身体なんぞ原子の集まり。私の”生”を、君と言う濁流に加えてほしい。
 たった一粒の水滴かもしれない、だが、私は君の可能性を最後まで信じたいんだ」

 黒い貴婦人がレガシィの前で恭しく礼をした。
 どかんどかんと地響きが連続する中、レガシィは珍しく逡巡し、しかしすぐに目をぎらつかせた。

「……いいわ。一緒に行こうじゃないの」

 ばっと勢いよく右腕を上げると彼女のオーバーダズであるセクメトが現れ、ニャルラトホテプの首に噛みついた。
 どばどばと黒い重油のようなものが溢れ出て、それを浴びたセクメトから酸でもかけられたように煙が上がる。

「ぐ……」

 ニャルラトホテプが段々としぼんでいく中、ルーヴェスはその場に膝をつく。
 彼の魔力はレガシィに継承され、ルーヴェスは一気に老人のように老けこんだ。
 顔中に皺を作り、美しい黒髪はほぼ灰色になる。
 ニャルラトホテプをとうとうセクメトが吸収し終え、顔を上げたルーヴェスの目は白く濁り、うめき声もしわがれていた。

「レガシィ――”過度の遺産”よ。
 最後に、最期に、私にその力を見せてくれまいか」

 ルーヴェスの残った左手が宙をさまよう。
 逆行の中に立つ黒い女は一体誰だったか、その判別すら曖昧になっていた。

「セクメト」

 レガシィが命じるとセクメトは振り返る。
 毛並みまで真っ黒に染まった獅子乙女はビキビキという妙な音を立て、変形し始めていた。
 混沌が混沌を飲み込んで、形を有する事が難しい。
 レガシィは少しだけ眉をしかめてセクメトに右腕を差し出す。
 するとセクメトは黄緑色の鋭い目を向け、同じようにレガシィに右腕を差し出した。
 瞬間、ギュルギュルと空気を切り裂きながらセクメトは渦巻く帯のように形を変え、レガシィの右肩に下げられたマシンガンケースを飲み込む。
 ちぃっ!
 悲鳴を上げながらブサが中空に逃げ出した。
 セクメトは黒い焔のようにレガシィの身体を包み込み銀色のいかついアーマーを添えると足元の影にすっぽり収まった。
 まるで、レガシィ自身がセクメトになりかわったかのような、合体やら融合というにはそのまんまの有様だった。
 ボンテージに鎧、足元の影では何者かが蠢いている。
 またしても人間から遠ざかったレガシィにルーヴェスは感嘆の声を上げた。

「そうか……お前は地獄の……彼岸の……。
 皮肉な、素敵な名をもらったな、ハイパーレガシィ……。
 お前は”死”の向こう側からでも有象無象を引っ提げて必ず必ず蘇る。
 そうか……故にお前はハイパーレガシィか」

「意味わかんねぇのよ、あんたの言ってる事はいつもいつも」

「ふふふ、しかしそれがお前だ」

 焦点の合っていない目で確信めいた笑みを浮かべてルーヴェスはふらふらと立ち上がった。
 くるりと踵を返すと、暗い屋敷の中に戻っていく。

「私は死ぬよ、ここで。ここにする。
 頼むよレガシィ、息子を――絹夜を。彼に君の”レガシィ”をブチかましてやれ。
 そうして、正義や秩序なんて壊してしまえばいい。行け、混沌」

 よろよろとした足取り、闇の中に消えていくルーヴェス。
 レガシィの影の中で何かがざわつき、そして泣いていた。

「大丈夫よ」

 誰にともなく呟いてレガシィは影に手を向けた。
 差し出すようにむき身のマシンガンがせりあがり彼女の手に収まる。
 むしろニャルラトホテプは彼女自身のオーバーダズセクメトよりも随分と従順だった。
 荒らぶるセクメト、流動するニャルラトホテプ。両方が嵐のように渦巻くオーバーダズの感触を確かめるようにレガシィは深呼吸する。
 満足したのかいつものように邪悪に笑った。

「行くわよ混沌」



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あきゅろす。
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