NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
4 *悪意/Malicious*4
現実世界に戻ってきて早速保健室に向かうと、中国服に白衣の中性的な容姿の男性が迎え入れた。
どうしてか絹夜が出血の大けがをしているというのに彼は全く驚かずにベッドに座らせるように指示した。
保健医の赤羽有紀はあまり保健室に出向かない健康極まりないジョーとレオにはなじみのない教師の一人だった。
だが、その様子からして彼は絹夜が何者か知っているのだ。
「黒金先生、御苦労さまでした」
名前も容姿も中性的で物腰も柔らかい有紀を知っている女子生徒から”ユーキちゃん”なんて呼ばれている。
髪も長く、結んでおり、一見したら女性と見間違う華奢な男である。
「意識、もどったか?」
「ええ、先ほど病院から連絡がありました。無事みたいです。
あとは、パニック起していた菅原先生くらいですね」
また菅原か。
遠い目をした絹夜の前に少し消毒するだけには収まらなさそうな器具の入った箱をもってくるとユーキは絹夜にくまのぬいぐるみを渡した。
「はい、服脱いでください」
「いや、これなんだ」
「熊五郎という名前をつけました」
「そういうこと聞いてんじゃねぇ」
シャツを脱いで脇腹の傷に舌打ちする絹夜。
首からは大きな金十字が下がっているがいつもはそれを隠しているようだった。
なまっちろい肌だがボクサーのように筋肉質でモデルか俳優のような体つきで、しかし細かい傷がいくつかついている。
特に右腕には何で傷つけられたのかも想像できない傷がたくさん残っていた。
この男はこういう事が日常茶飯事に起きる世界で生きてきたのだ。
レオとジョーがしみじみと思っていると、絹夜はくまのぬいぐるみ――熊五郎を片手にそれを睨んでいた。
「痛かったらそれを思い切り抱きしめて下さい。ぎゅーって」
「たりねえよ、全然! 片手で収まってんじゃねぇかよ! ――だーッいってぇーッ!!」
消毒したと思えばいきなり針を絹夜の脇腹に刺して縫合し始めたユーキ。
ジョーは耳をふさいで目をそらした。
「はい、おしまい」
「ばかやろう! 麻酔ぐらい使え!!」
「不景気ですんで、日本」
コスト削減を日本国のせいにしてユーキは一仕事終えると器具を片付けながら簡単に自己紹介を始めた。
「僕は、そうですね。黒金先生と長い付き合いのある人物の使いなんです。
黒金先生をサポートするように言われていますので、みなさんのお仲間ってところですね。
どうぞ、これからもよろしくお願いします」
ちなみに、彼の主はあの神緋庵慈である。
絹夜がここの話を受けなければ彼の後任としてすんなり入ってくるのが神緋庵慈という算段だったのだが、
その必要がなくなったので彼がここに残っているという話だ。
「それよりもあっちのほうが心配ですね」
ユーキが言っているのは菅原銀子の事だろう。
職員室に行くと、そこにはティッシュでぐずぐず鼻をかんでいる銀子の後頭部があった。
暴走機関車さながらの熱血教師銀子もさすがに目の前での自殺未遂でショックを受けたらしい。
苦笑するユーキ。
だが、絹夜はにやり、と悪い顔をするのだった。
この性格の悪い男が天敵のこの醜態を見逃すはずもない。
つかつかとサイボーグのような不自然な動きで銀子の横にしゃがみ込む思い切り悪意のあるニュアンスで言った。
「お前、教師向いてないんだよ」
たぶん、そこらの心がガラスでできている乙女ならそれが原因で退職もするだろう。
だが、相手の心はガラスでもなければ豆腐でもプリンでも、とにかく崩れやすい素材でできてはいなかった。
鋼だった。
いや、ダイヤモンドだった。
「黒金先生、私、決めました! 私、熱血教師になって、生徒と壁を作らず接していくんです!」
「…………ああぁ?」
「正しいは正しい、間違いは間違いだって、ビシっと示してあげるんです、それが教師なんです!
それが、私の仕事……いいえ! 使命だって気がついたんです!」
今まで十分そうだったじゃないか。
というか、暑苦しすぎてみんなうんざりしているくらいだ。
「いつまでも泣いてちゃだめよ!
銀子ーッ! ファイッ! オー!
黒金先生、ありがとうございます!」
「…………」
自分にエールを送っている銀子を見て、絹夜は表情を失った。
近寄るのも嫌になったか、げっそりとした様子で三人が並ぶところに帰還する。
「銀子ちゃんは影が出来なさそうだな……」
ジョーが間を取り持つように言ったが、協力して苦笑してくれたのはユーキだけだった。
あとはその後頭部を見るだけで辟易していた。
* * *
夜も深くなって絹夜はジョー、レオを引きつれて校舎を出た。
徒歩で通学しているジョーは方角が違う事もあってそのまま帰宅、自転車通学のレオとバイクを置いている絹夜は駐車場に向かっていた。
「絹夜、怪我大丈夫……?」
「あ?」
早速タバコに火をつけていた絹夜は平然としているようだったが、シャツについた血はそのままだ。
覇気のないレオに絹夜は首をかしげる。
彼女はまさか、自分のせいなんじゃないかと気にとめているんじゃないか。
元を辿れば自分が彼女の力を試そうとしたのが原因だ。
じゃなければかばいやしない。
素直にそう言ってしまえば気も晴れただろうが、絹夜は興味本位で違う理由を考えた。
「大丈夫じゃない。すげえ痛い。8針も縫われたんだぜ」
さぁ、どうする。
泣いて謝る姿を想像した。
こんな見た目も性格もきつい女が弱みを見せたらぐらっとくるだろうな。
淡い期待があったが、レオの態度は真逆だった。
「あっはは、ごめん! 次頑張る!」
「…………」
呆れて返事が出ない。
その間にレオは値段の張りそうなマウンテンバイクに乗っていた。
「んじゃ――」
「お前、そんだけか」
「何が」
「俺に怪我させといてそんだけか」
「アンタが好きで私の事かばったんでしょ」
そうだったったか?
かばったという事は能動的に動いたという事だ。
彼女の言うとおり、自分は彼女の意志とは無関係に、能動的にかばった。
考える余地もあったがその中で自分で承認して怪我をした。
まさしく彼女の言うとおり好きでやったことにはなる。
なんだかよくわからなくなってきた。
顔を上げるとすでにレオの姿はなかった。
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