NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
11 *陰謀/Conspiracy*2
カビ臭さにも少し慣れた。
石畳の、冬冷たく夏熱い部屋の中、カイは部屋の中で唯一の家具のベッドに腰かけた。
かれこれ、半年も無益な時間がたっていた。
ヴァチカンの牢獄はどこかの安宿よりマシで、本気を出せば簡単に外に出られそうだった。
だが、カイはそんな気が起きずにだらだらと半年も過ぎていた。
「ねえ……さん」
時折、ハイパーレガシィの噂を聞く。
やれ強奪だ、破壊だとブラックな単語が彼女を飾る。
それがうらやましくてうらやましくてたまらない。
細い窓から太陽がきらりと差し込んだ。部屋の中入るだけ入る光が知らせる午後一時。
廊下の先から上品な足音がしてカイは少しだけ唇を釣り上げた。
「吾妻カイ。昼食ですよ」
鉄の扉を開いた黒い制服に身を包んだ法王庁のエージェント。
正義と法を振りかざすつまらない黒の中で彼女はひどくわかりにくいが異質に輝いていた。
「おはようございます、藤咲さん」
「おはよ」
彼女はそう言ってパンとスープだけが並んだプレートを差し出す。
素直に受け取ると、藤咲乙姫はポケットから小さなプリンを取り出してプレートに置いた。
「はい、オマケ」
「ああ、すいません。でもまた偉い人に怒られますよ」
「いいのいいの!」
「出世、できませんよ」
「いいのいいの、子供が気にしないの!」
上品な女性だがカラカラと笑って顔の前で手を振った。
恐らくは法王庁の戦闘部隊である浄化班でも重要な地位であろと思われる彼女はいつもこの調子で昼食を運んできてくれた。
初めは次の計画に集中したくてうっとうしがったカイも子供だましにお菓子を持ってくる辺りさすがに呆れてしまった。
姉と同じで、死んでも治らなさそうだった。
死んでも治らない善人だった。自分とは真逆に。
「ところで、カイくん。何か悪だくみ思いついた?」
のほほんとした笑顔で聞いてくる乙姫にカイはスプーンを揺らしてプリンかスープ、どちらを先に手をつけるか迷いながら答えた。
「いくつか考えついてるんですけど、なんか現実的じゃなくて。
なんていうか……姉さんの暴れっぷり聞いてると、俺はもっとデカいことやらなきゃっておもっちゃうんスよね。
法王庁を爆破して重要資料をかっぱいでも、なんかソレナリじゃないですか」
「ソレナリっていったらそれなり〜……かもね」
プリンから手をつけることにしたカイ。
その深層心理には横から食い物を奪う姉への畏怖があった。
プリンをほじくるカイに乙姫は困ってるんだかバカにしているんだかわからない笑顔になった。
「その気持ちが社会貢献に向かうと物凄く良い子なんだけどねぇ、カイくん」
「社会貢献とか世界平和とか、そういう媚びって虫唾が走るんですよね。
なんていうか、ウチの家系って根っから悪人みたいで。
だって、不特定多数の誰かの為って滅茶苦茶胡散臭いじゃないですか。そんなの、責任取れんのかって話っスよ」
「その不特定多数がそのご飯もプリンも作ってるわけだから、そこはやっぱり貢献しておくべきなんじゃない?」
「貢献したら俺、全然悪い奴じゃないじゃないっすか。普通じゃないですか」
「ははは、本当、君たち姉弟ってモラルはわかってるのに守らないんだから」
「まあ、根っからの悪人ですからね」
プリンをやっつけてようやくパンにかじりついたカイに乙姫は溜息をつき壁に背を預ける。
食べ物の匂いがするのが嫌なのかすぐにプレートをつき返すカイ。
非常に理性的で頭がいい少年だが、何故か外道ベクトルを持ちすぐに道を踏み外したがる。
実際、彼はギーメルギメルを乗っ取る為に伯父を殺害しているし、彼の姉も世界を賑わす大悪党と化している。
法王庁の他のエージェントはやはり彼を気味悪がった。
悪であることに美徳を感じる精神異常とすら言われていた。
しかし藤咲乙姫にとっては白が好きか、黒が好きかの違いに過ぎなかった。
とは言うもののここのところやはりカイの様子は少しおかしかった。
以前は天井に穴を開けようとしていたり、いつの間にか携帯電話を持ち込んでいたり何かやらかす気満々だというのに
姉のやれセキュリティ会社のビルに乗り込んだ、フランスで傭兵隊相手に馬鹿騒ぎ起こした等聞いてやや圧倒されているようだった。
確かに、乙姫からしても彼より姉の方が性質が悪い。
なぜなら彼女――ハイパーレガシィは理屈で動かない。
犬が吠える、猫が寝る、馬が人参を目の前にぶら下げられて走る、それらと一緒だ。
「弟は悪党で姉は災害かぁ……」
凡人相手には嫌味にしかならないがカイにとっては納得のいくほめ言葉で、彼は小恥ずかしそうにありがとうございます、と呟いた。
「それでね、カイくん。一つ提案があるんだけど、できればあまり乗ってほしくないんだけど」
改まった乙姫に珍しく聞く耳を持ってカイは口を動かしながら指を突き合わせてもじもじする彼女に顔を上げた。
以前、姉の弱点をこの調子で聞かれたが、姉が苦手とするものは”屁理屈”しかないはずで答えようにも答えられなかった。
もじもじしながらやはり乙姫は凶悪な言葉を言い放つ。
「法王庁と手を組んで、お姉さんを倒さない?」
くちゃくちゃとパンをスープで押し流すとカイはきょとんとして乙姫を見上げた。
彼女は苦笑しながら顔の前で手を振る。
「ああ、いいのいいの! 気分悪いよね、そんな提案されても!
ええと、あの……雛彦様――法王庁浄化班の責任者がハイパーレガシィを倒したいって言うの。
……どうしてあんなに躍起になるのか、私にも理解できないんだけど……。
とにかく、どうするかは君次第かな」
乙姫が言い終わるあ終わらないかの直後にカイはスプーンを片手に立ち上がりぎらついた目を向けていた。
「僕と姉さんを戦わせるって事……?」
「あ……うん」
「雛彦……黒金雛彦か……。僕と姉さんを戦わせて、せめて邪神の遺伝子をどちらか排除しようという事か……。
なんて悪いんだ……天才だ!」
「あー……うー……」
そうだ。
そうだった。
彼は状況が悪ければ悪い程、非道であればあるほど関心を持ってしまうのだ。
なんて手のつけられない姉弟なんだろう。
世も末だ。
いいや、本当に世界の終末がやってくるのかもしれない。
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