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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
4 *悪意/Malicious*3
「いっててててて……! って、俺、もしかして魔法陣と相性悪い?」

 またしても腰を打っているジョー。

「そういう着地のくせがつくって事はないはずだ」

「ないはずって……三回目なんだけど……」

 腰をさすりながら立ち上がる。
 ふと、気がついたのがレオや自分の手に表れている”影”が現実世界よりも色濃い事だ。
 ”影”がむき出しになる裏界では具現化されやすいのかもしれない。
 とりあえず、自殺未遂の現場の女子トイレに向かうと、そこはどうにも不気味に歪んでいた。

「うわぁ……なんか、出そうだよね。っていうかそりゃもう廊下とかガンガンに歩いてるんだけどさ。
 ここって、なんか雰囲気悪いよ」

「ジョー、オバケ怖いの?」

「別にいいだろ、怖がっても!」

「やかましい」

 ずいっと中に入っていった絹夜なんだか嫌な空気もしっかりと感じているのだが、プライド先立って二人とも中に突撃した。
 いつもなら、左右に二つずつ、四つ部屋分トイレが設置されており、出入り口近くに洗面台が2つ設置されている。
 その手前で固まる様に影が立ちすくんでいる。
 立っているだけで、廊下の影のように流動しようとしない。

『ホント、あのアマ、ウザイーんですけどー』

『階段とかから突き落としちゃえば』

『化粧汚くてむかつく』

『あいつって、金せびったらすぐ出すじゃん』

 それぞれが言いたいことだけ言ってげらげらと笑っていた。
 一枚一枚が薄いが、そこに重なって濃い残像を残している。
 時折、ぞっとするような威圧感さえ放つのだが、それもつかの間、ゆらゆら昆布のように揺れていた。
 たいして、恐ろしいものではないようだ。

「……女子って、お手洗いではこうなの……?」

 冗談めかしたジョーの声が震えている。
 隠れた女の本性というヤツがここで蓄積してどってり淀んでしまった塊だ。

「私トイレでくっちゃべらないから」

 確かに言われてみればレオは友達を連れてお手洗いにいくタイプではない。
 ただ、彼女のもういった会話を日常聞いている。
 それが全面的に裏界では出るのだ。
 全く免疫がないのはジョーの方で、嫌悪を露わにしている。
 絹夜が一歩踏み出すとげらげらと笑い合っていた影たちが一斉にこちらを向いた。

『何聞いてんだよ、あっちいけよ』

『消えな、ってか死んで』

 ぼっと絹夜の腕の炎が大きくなった。

「うるさい。雑魚はすっこめ」

『…………』

 炎の光を恐れたか、重なった影はじわりと薄くなり、とうとう消えた。
 そして、入れ替わりにトイレの通路に現れたのが、すらりとした女性の影だ。
 それを見て、レオが控えめに口にする。

「……これ……相当……」

 色濃い。
 重なっていた先の影よりもずっと、その一枚の影の方が厚みも重みもあった。
 そして、形すら見える。
 その表情すら見える。
 いや、それは影と言うより、本体にべったりと影がまとわりついている状態だった。
 見え隠れする半透明の少女の姿にジョーが絶句する。

「この子が自殺未遂したっていうコ?」

「だろうな。影と半融合している……。
 ちょいとこいつは斬るわけにいかないな」

 少女はぼろぼろ泣いていた。

『私、もう生きたくない。ここから動きたくない……』

 簡潔に分かりやすく説明した絹夜。
 影は残像だ。
 それが傷ついたからといって本体に支障があるわけではない。
 しかし、本体と融合してしまうと手も足もでない。
 そして、影ごと現実世界にもっていくわけにもいかないので、傷つけずシャドウだけを排除しなければ彼女の精神は戻ってこれない。

「何かここに至るまでに原因があるはずだ。
 お前ら、探して来い」

「え、ちょ! そんなさっくり言われてもさ!
 探して来いっていってもさ! 俺達、ここで影に襲われたら――」

 ジョーが情けない声を上げている間に絹夜の右腕が輝いた。

「エモノ出しな。面白いもんやるよ」

 言われたとおりにジョーは木刀を、レオは拳を突き出す。
 するとまるで松明の炎が移る様にそれらにも絹夜の青白い炎が分かれた。
 それはすぐに大人しくなり、入れ替わりに別の形状に変化していく。
 ジョーの木刀には蔓状のものが延び、レオの拳にはバチバチと雷光が唸った。

「お前らの”力”が出力するようにちょいといじった。
 慣れないうちは意識しないと出し入れすらままならないだろうがそこそこ使えるようになればさらに別の形に変化させることもできる。
 まぁ、出てるのはお前ら自身の属性だが、大元は俺の魔力がそのエネルギーを支払ってる。
 ってことでレンタル品だが遠慮はいらねえ、好きなだけ使いな」

「おお、よくわなんないけど、すげぇ……!
 じゃ、お駄賃もらった事だししっかりお手伝いしますか!」

 絹夜がその場に残り、ジョーとレオが学校中を探索する。
 途中、大きな影が襲ってきても一発殴ると悲鳴を上げて逃げるか拡散して消えるかしてしまった。
 学校中を二人で分担して大まか一周したところ、下駄箱手前で合流するレオとジョー。
 結局収穫なしといったところだ。

「一回きぬやんのとこもどろっか、そんで――」

 ふと、今日帰りに見たクロウの事を思い出し、レオはそれ以上の考えも無しに彼がいた廊下の人気のない方に走った。
 何事かと追いかけたジョーと一緒に目撃したのは、薄らであるが様子のおかしい女子生徒の影だった。

『頑張って、頑張って告白したのに……そんな風に言わないで。
 どうしてみんなあの子の事ばかり? 二階堂礼穏の事ばかり……』

「…………」

 ジョーは無表情になってレオに視線を向けた。
 レオはレオで目を丸くしている。

『あんな子と比べないで、あんな生まれつき恵まれている子と……』

「レオ、クロウちゃんはもしかして、”レオちゃんが好きだから、君とはつきあえないんだよ、サラッ☆”って言ったんじゃない?」

「最後の擬音、何?」

「髪をかきあげる音」

「…………」

「…………」

 原因も判明したことだし絹夜の所に戻った二人。
 ジョーが好き勝手に着色した内容を受け、絹夜は派手に悪態びれて床にツバを吐いた。
 その真意は定かではない。

「そのクロウってヤツの影はなかったのか?」

「無かったと思うよ」

「……そっちのが問題だ。影はくだらない邪念でも出来る。
 女を泣かせておいて罪悪感もなんも感じず影を残さず、つまりなんとも思わなったって事だ」

「そんな子には見えないんだけどな、クロウちゃん……」

「今日初めて会った人間を信じ過ぎだ、お前。お人よしから死んでいくんだぞ、この世ってのは」

 経験からして言った言葉なのだが、ジョーは苦笑して絹夜の忠告を流した。
 落ち着かない様子で本体混じりの影と睨み合っているレオの首根っこを捕まえ、絹夜は前に突き出した。

「で、こいつがその原因の二階堂礼穏だ。どうしたい」

「な、何のつもり……」

 レオの言葉を無視して影が唸りを上げる。
 頭をかきむしってぎりぎりと歯ぎしりをしはじめた。
 明らかに敵意を持っているではないか。
 非難の目を向けたレオだが、絹夜は影の様子をじっと見ている。

『お前ばかり、お前ばかり!』

「レオ、ちょっと俺の視線を盗んでみろ」

「あんた、まさかこの状況で私の事試そうとしてたの!?」

「早く支配されないとお前も俺も巻き込まれるぞ」

「…………っ!」

 絹夜の目が青白く光る。同時にレオも目に集中した。
 集中したが発動した感触がなかった。

「ダメ! 出来ない!」

「は」

「なんか、この状態だと出来ないみたい……!」

「…………」

 うかつだった。
 確かにレオの持っている正体不明の邪眼の効果は絶大だ。
 だが、そういった魔術場合、発動条件が限られる場合が多い。
 もし誰彼構わず邪眼を盗んでこれる能力だとしたらこの世に存在する全ての邪眼を認識できれば引っ張り出せる、万能の能力なのかと絹夜は思っていた。
 そんなわけがなかった。
 恐らく邪眼である以上視線の届く範囲が効果範囲なのだろう。

『二階堂礼穏ッ!!』

 影が鋭く尖る。
 攻撃態勢でまっすぐに突き刺すつもりだ。
 ああ、もう絶対いやだ。
 そう思いながら絹夜はレオを庇うように場所を入れ替える。
 視界に絹夜が入った!
 その途端、レオの目は青白い光を灯し影へ視線を向けた。
 ――邪眼オクルスムンディ!
 止まった!

「……んぐぁッ!」

 止まったが、影の攻撃は絹夜の体に突き刺さっていた。
 鋭いとげが脇腹に突き刺さっている。
 ぽたり、と血が滴った。
 この場所で影から攻撃を受けると物理的に傷つくのか。
 当然だ、影が表に出ている世界、つまり精神が物理である世界なのだから。
 よろめく絹夜の体を支え、レオは視線を放さない。

『二階堂礼穏……特別な娘……』

「!?」

『ゴールデン・ディザスター……』

 それは彼女の声ではなかった。
 男の声だ。

「うるせぇえええ!!」

 とげになった影の部分をジョーの蔓をまとった木刀が叩き斬る。
 すると影の部分ははざらざらと砂のように落ち、むき出しになった半透明の精神部分がだんだんと消えていく。
 そこは急に静かになった。

「これで、おわり……!?」

 ジョーは黙って辺りを警戒し危険がない事を悟ると絹夜をほおり投げるようにしたレオの代わりに彼にに肩を貸す。
 ぼたぼたと血が止まらないが絹夜の意識ははっきりしているようで早速ジョーに文句をつけた。

「おいしいとこだけもっていきやがって」

「おっこちてたんだもん、おいしいところ」


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