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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
6 *牛頭/Minotauros*3
 石畳の夜道に出てレガシィは足を止めた。

「ブサ」

 ポーチを開いてブサを入れるとマシンガンケースを担ぎ直す。
 道の左右に怪しげな影がちらほらと見えた。
 ミッドナイトブルーの空に不穏な風切り音が連鎖している。
 人通りのほぼ無いこの暗い道で巨体の男たちが身をかくしていたが、体積が大きな敵程レガシィの感知能力のいい的だった。
 強烈な感知能力、オクルスムンディの様な万能な力ではないが、壁の向こうの相手を察知するでもなければ十分だ。

「ひとーつ、ふたーつ……くっくっく、下手なかくれん――」

「投擲!」

 ちらっと道の奥が輝くのが見えてレガシィはいろんな想像をした。
 朝日? 否。
 釈迦? それも否。
 後光るものと言ったら、えーっと、ええっと。

「ぼおおおおおおおッ!!」

 気がつくと顔面、背中、顔面、腹で着地していた。
 すぐさま立て直し左手を突き出す。
 道にはデロリアンでも通った後の様な炎の道が左右に走り、さらにその真ん中にターミネーターのようなごつごつしたオッサンが立っていた。
 下から照らされるホームベース型の顎に逆立った金髪。
 まさしく逆三角形のその体系にレガシィは首をかしげる。
 法王庁の聖法集団は貧弱でどういうわけかメガネさんが多い。
 魔に対するのに大きな武力よりも聖力の方が必要だからだ。
 だが、目の前の男は筋肉隆々、黒いラバースーツのアメコミヒーローである。

「レガシイイィィイ!」

 そう言って突撃してくる相手の手には巨大なサーベルが光っていた。

「何者サン?」

 軽く突撃を交わして相手の懐に入り込む。
 しかし、華麗に開店したレガシィの体は妙な間合いをとって後ろに下がった。
 背負ったマシンガンに重心を取られて後退したところ、すかさず狙ってくる。

「もらったあぁ!」

 バキィイン!
 男のサーベルはレガシイの胴を薙いだ――はずだったがマシンガンケースを盾にしそれを回避した。
 刃を折り返し追撃しようという瞬間、サーベルは思ったように抜けず、目の前ではレガシィがケースの上部に両手をあててふわりと逆立ちの状態になっていた。
 上から旋回し振り落とされた彼女の足が男の首に叩きつけられる。

「むん!」

 だが、丸太の様な彼の首はびくともしなかった。
 均衡状態、と思われた刹那、レガシィの足に赤い光が走る。
 バヂバヂッ。

「天国見てきな」

 ほんの2秒だったのだが、彼女の放った高圧電流は周囲を照らし隠れていた男たちの姿を照らす。
 口から煙を吐き出しながら倒れる男を合図に、暗闇の中の影が飛び出してきた。

「ハイパーレガシィ。電撃を操る娘か……」

 臨戦態勢をとる男たちの中で唯一道の正面から歩いてくる影は他の男たちよりも一回り図体のでかい男だった。
 そして、全身を妙な色の霧が包んでいた。
 魔力だ。

「我らはあのお方直属の暗殺集団だ」

「エリオス・シャンポリオン。暗殺集団っていうことはやっぱりあの小心者、クリーンな商売しているわけじゃなかったんだ」

「小娘の確保などに遣われるなどと、お角違いも落ち頃だと思っていたが、なるほどな。
 オーバーダズ使いとは。隊長のダウだ。一つお手合わせを願おう。お前達、手を出すな」

「遊んじゃってていいの?」

 返事代わりに構えたダウの背後には巨大な牛頭の男が立っていた。
 ミノタウロスだ。
 ふん、と鼻息一つをして拳を構える。
 同じようにセクメトもファイティングポーズを取った。
 来い。
 互いの目を見て同時に飛び出す。
 両者の間で、まずオーバーダズ同士ががっしりと組み合った。
 さらにダウがレオとの距離を詰めメリケンサックをはめた拳を突き出した。
 一方レオは左手を突き出しタイミングを図って波動を放つ。

「ッ!」

 叩きつけられた音の壁に一瞬ひるむも、ダウはそのまま突き進んできた。
 やばい。その先の事は考えてない。
 図体だけの筋肉だるまかと思ったら、この男、魔力補正の切り替えが早い。
 即座に足に集中した魔力を見てレガシィは高く跳び上がりその場から回避した。
 宙を舞いながらレガシィが見たのはただの鉄の道具をはめ込んだ男の腕が、ついさっきまで自分のいた石畳を粉砕する様だった。
 足から腕、僅か一秒に満たない間に流れるように魔力がシフトする!
 かなり使いなれている。
 相手お得意の近接戦では勝ち目が無い事をレガシィは直感した。

「セクメト!」

 オーバーダズもミノタウロスから距離を取らせ、レガシィは銃を引き抜き照準を合わせる。
 男を、その命を狙って発砲するが腕、そして足に着弾したそれは、まるで鋼鉄の板でも撃ったかのようにめり込んだだけだった。
 着弾した2か所のみ、ピンポイントで補正しているのだ。

「……相当やるわね」

 着地したレガシィは銃をホルスターにしまいこむ。
 敵は魔力量は大きくはないが、かなりの手練れ、キャリアの差、場数の差が明確に出ていた。
 そしてダウも恐らくはレガシィが特に珍しい部類に入る能力を持ってはいるが、まだこの世界では未熟さの残る新参者であることを悟ったであろう。

「判断ミスだ、レガシィ」

 うかつだった。
 レガシィはダウの背後を取る為に彼が突進してきた方向に飛んでしまったのだ。
 彼を倒す事だけに集中しすぎた。
 つまり、背中には彼の部下、そして正面には銃すら通用しない人間。

「まずったわねぇ」

 足元は乾いた石畳。
 邪眼を使うにも前後に敵がいてはどちらかがあぶれる。
 それも相手は魔力を使い慣れた凄腕傭兵。

「決着がついたなら我々は仕事に戻らせてもらう」

「意地悪言わないでもっと遊ばない?」

 銃は通用しない、近接での電撃も危険すぎる。邪眼も全員に届かない。
 ゴールデンディザスターの絶対条件は視界に入り、互いを認識する事。
 死角で相手を認識する人類相手では暗闇で使うに適さない。
 ゴールデンディザスターの性能がもっと詳細にわかれば戦い様があったのに!
 乾いた口の中で歯を食いしばると砂をかんだ感触がした。
 敗走。

「…………」

 嫌な記憶が蘇るがそれしかない。
 スピードなら自信がある。だがそれだけでは抜ける気がしない。
 あからさまに両足に補正をかけたレガシィを見てダウは相撲取りの様に腰を低くして構えた。
 そしてその後ろにはミノタウロスが控えている。

「通さん!」

 だが、レガシィは直立の状態で大きく息を吸った。
 バリバリと彼女の体に赤い雷光がのたうち回りだんだんと大きくなっていく。
 途端、その雷が消えたかと思うと、レガシィが獅子の様に咆哮し、同時に通りを波動が駆け抜ける。
 建物の窓ガラスは割れ、さらに微細な振動を受けて電動ノコギリのような鋭さを持って通りいっぱいに落ちてきた。
 当然、レガシィの体の上にもであるが彼女は拭きだす血も意に介さずガラスの雨の中を走り始めた。

「!」

 当然、全面攻撃に体全体を補正したダウだが、足の補正が弱まっていた。
 すぐ横をレガシィが駆け抜けようとし、その腕に掴みかかろうと身をひねる。
 腕は届いたが、血に濡れた彼女の腕はするりと抜けて一瞬にして突破されていた。
 彼女が横をすぎる一瞬、目が合う。
 黄緑色の、ネコ科の動物を思わせる鋭い目、そして先の咆哮。
 最早人間という枠、魔術師という枠を超えているような気さえした。
 未熟なうちに潰さなくては。

「ミノタウロス!」

 止めるではなく、牛頭の戦士が拳を振り上げてレガシィを無残な肉の塊にしようと血走った目で睨む。
 レガシィはマシンガンケースのバンドを掴み、飛び込みながらそれを背負って姿勢を立て直していた。
 とれる!
 ダウが勝利を確認したその時だった。

「ブサ!」

 ダウの目の前に漆黒のカーテンを広げたような薄っぺらな膜が張られ、レガシィはその膜の中央下を掴むとふわりと体を浮かせる。
 気が狂ったかのように巨大なコウモリ――カマソッソ!
 その両足に捕まったレガシィの体はミノタウロスの拳をかわして夜空に舞いあがる。
 全身血まみれでこのままでは彼女も無事で済まないだろうが、レガシィはダウ達を見下ろすとニヤリと笑った。
 まるで彼女を殺し損ねた事を嘲笑っているようにダウは思った。

「……ぐ、むむ」

 まずい。まずいぞ。
 あの娘はまずい。世界の敵だ。
 ダウは震える腹の底を気がつかぬふりしたまま無線に手をかける。
 すぐに上司であるエリオスが出た。

「レガシィを逃しました。申し訳御座いません」

『……まぁ、そうだろうね』

「社長。生け捕りは難しいかと。あの娘、そうとうまずい相手ですぞ。
 死体ならお持ち出来ますが」

『暗殺仕事を目的とした君たちにこう頼むのは恐縮だが、命令は変わらないよ。
 生け捕りだ。かならず生きた状態で連れてこい。生きている彼女が必要なんだ』

「……それが人間でもなければ、我らのような逸脱した存在でもない、最早”世界の敵”と称する他無いような存在でも?」

『面白い表現をするんだねぇ』

 しばらく考えたのか、笑ったのかした後、エリオスは少し怒気を含んだ調子で念を押した。

『だからこそ、だよ……!!』

「かしこまりました。それでは、失礼します」

 無線をきり、彼女が去った東の空を見る。
 白々、夜が明けかけていた。

「……しかし」

 エリオスは天才だし、確かに経営者としての悪さも持っている。
 どこか純粋で魅力的な男であるが、直感的な危機感に疎い気がしていた。
 いいや、一般人にしては危機管理は上出来だ、しかし話はそういったレベルではない。
 自分の未来を滅ぼす可能性のあるものがいて、それがまだ自分の手に収まるレベルならば摘み取ってしまうのは当然だ。
 魔術師や聖者の誰もが彼女と遭遇して、その異常な可能性に気がついて否定したくもなるだろう。
 それを、命令の上とはいえ生かせとは、いささか敵が増えそうな注文だった。

「それをわからないエリオス様ではない、か……」

 そう、きっと彼はそんなこと承知なのだ。













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