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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
6 *牛頭/Minotauros*2
 法王庁からあっさり情状酌量で出てきたかと思ったら、いかにも怪しい事してますよといった雰囲気で世界地図の端っこに住みつき、
 いまでは魔女の支援まで受けている。
 やっぱりこの人はギーメルギメルに拘らずもうちょっと冒険したほうがいい仕事が出来たのかもしれない。
 奥に飾ってある軽量型と思えるスーパーアーマーを見て、レガシィはふと彼とエリオスが手を組む様を想像した。
 最悪の組み合わせだ。

「ん! いやまて!」

 大学芋の水あめをブサに与えているとウェルキン博士は停止し、しばらく電球の光を見ていた。
 チィチィ、とブサが歓喜の声を上げ、ルゥルゥがレガシィにジュースのお代わりを出し、もう一皿今度はシュウマイを出したところで
 ウェルキン博士はようやく興奮した調子で二の句を口にした。

「我々は大きな勘違いをしているのかもしれない!」

「はいはい、結論から言って」

「君と邪神、アサドアスルと邪神がイコールなのは事実だ。
 だが、君とアサドアスルがイコールとは限らん」

「…………なに」

「アサドアスルが生まれたのは遺伝子配列が見えない何千年も昔だ。そして君は最先端の技術を以ってして生まれた。
 クレアがわざわざお腹を痛めて実験台を生み出すわけがない。君はただのプロトタイプではないんじゃないのかな」

「…………」

 レガシィには心あたりがあった。
 母は自分の事を自慢げにこう言っていたのだ。
 ”私の研究データ全部、この子に詰まってるの。じゃなきゃあんな痛い思いして子供産むと思う?”

「ホムンクルスではいけない、クレアの子供でなくてはならない可能性があるかもしれん。
 クレアの資料が欲しいな……いや、ヘイルが彼女の実験所ごと吹っ飛ばしてしまったから、今では探すのは難しいな。
 あるとすれば、その例のセキュリティ会社だな」

「…………はぁ」

 頭をぼりぼりかいてレガシィは肩を落とした。
 エリオス・シャンポリオン。長い付き合いになりそうだとは思っていたが。

「でもさ」

 急に目を輝かせて話に割り込んできたルゥルゥは何ともメルヘンな事を言った。

「お父さんとお母さんの魂が遺伝するって何かイイよね」

「今はそういう明るい未来について話す気分じゃないの」

 正論を言ったルゥルゥの顔を押しのけ、レガシィは立ち上がり博士の研究物を値踏みするような――まさしく値踏みする目で見ていた。
 そして一つ巨大な鉄のケースを見つけてにやりと笑った。
 ウェルキン博士は彼女のその顔が嫌いだった。次に何が起こるのかをよく知っていた。

「ねぇ、博士ぇ〜」

 猫なで声で背後から迫ってくるレガシィが視界に入らないようにウェルキン博士は俯き耳をふさぐ。

「やらん! やらーん! 貴様にいくら騙し取られた事か!」

「博士が好きで私に貢いだんでしょ」

「この悪魔め、帰れ! 日本に帰れ!!」

「黙んな! 私に乗られるの大好きでしょうが!!」

「あ、ちょ、助けてルゥルゥ!」

「博士は新しい世界を垣間見た方がいいと思います!」

 顔を赤くしてプレートで前を隠してルゥルゥはウェルキン博士が成仏できるように祈った。
 寝技をかけられた末に背中に乗られ、ぐったりするウェルキン博士。
 その耳元にレガシィがいささか興奮した口調でエキセントリックに囁く。

「私に逆らうとどうなるか、たっぷり感じて覚えるのよ」

 がしっとレガシィの腕が首に巻きつき体が密着するも、次の瞬間には体が背面反りで折られていた。
 断続的に続く博士の断末魔とレガシィの高笑い。

「ギブギブ! ギブギブギブギブギブギブ!! ごおぅッはぁッ!」

 カンカンカーン。
 床に伏しながら変な汁を目を口から垂れ流しているウェルキン博士に足をかけレガシィは再確認する。
 なんともふてぶてしい口調だった。

「あれ、もらっていっていい?」

「よい、です……差し上げます」

 その代わりしばらく来ないでください。
 そのままウェルキン博士をふんづけて歩き、レガシィはケースを開いて中の獲物を確かめた。
 装着型のマシンガンだ。
 似たようなものをどこかで見た事がある。
 確か、法王庁の戦闘員カラミティ・ジェーンがつけていたガトリングガンの軽量型のようだった。
 スーパーアーマーに取り付けようとしていたのだろう。
 ケースにしまってそれをかつぐとレガシィはまたしてもウェルキン博士をふんづけて出口に向かう。

「二階堂――!」

「あん?」 

 地上へとつながる階段に昇りかけたところでレガシィは油断した表情でウェルキン博士に向き直った。
 ブリッジを押し上げられた眼鏡がきらりと光り、ウェルキン博士は椅子にもたれかかりながら大真面目な顔で言った。

「お前は、何の為にヘラクレイオンを再び開こうとしているんだ……?
 アサドアスルを倒す為か? それともあれの力を手に入れる為か……?」

「やめてよぉ、疑ってんの?」

「……最初に言っておくが、それ相応の覚悟で言っている。
 黒金絹夜が生きていると思っているのか」

「…………」

 ぴりっと赤い雷光が彼女の指に走ってブサはびくびくとしながらマフラーの中に収まった。
 黄緑色の目に憤怒と敵意が宿り、しかし彼女は親しいものに向ける笑顔を見せた。

「ま、あいつが死んだとしても天国に行ってるわけないからね。
 その時はこの世を地獄にすればいいでしょ」

「…………」

 バシン、と赤い光がフラッシュし、彼女の笑みが瞼に焼きつく。
 悪魔の微笑みの様に犬歯をむき出しにした恐ろしい笑みだった。
 聖女や女神なんかじゃない。
 着々と、彼女は邪神に向かって形を変えつつあるのだ。
 光に目が慣れた頃には、音も無く彼女の姿は消え去っていた。

             *                      *                     *

「社長、分析結果が出ました」

 白衣の研究員が秘書トマスに書類を渡す。
 だが、エリオスはこういった研究に首を挟んだ事は無く、拍子に描いてある単語すら馴染みが無かった。
 顕微鏡と白いテーブル、一体何に使うのだかはわからないのだが落ち着きなく動いている装置。
 試験管がピカピカして素朴な可愛さがあり、エリオスは悪くないと思っていた。

「第16番目……つまり、性染色体に人間ではあまり見られない形の配列があります。
 一応、人間以外の動物でも調べたところ、どうやら古い種類のネコ科の動物が一番近いんじゃないでしょうか」

 研究員が言った結果にエリオスはびっしり眉間にしわを寄せた。
 それに慌てる研究員は明るい表情を作って今の報告を無かった事にする。

「それからもう一つ! この染色体、異常なまでにテロメラーゼが長いんです!」

 テロメラーゼは細胞分裂の回数を決める。
 細胞分裂を繰り返すたびにすり減り、無くなると肉体は死に至ることから命の回数券と呼ばれてもいる。
 テロメラーゼが長いと言う事は長生きすると言う事だ。
 だが、異常というのはどういうことだろう。

「ご長寿はいい事だ」

「それが……1000年分あるんです」

「……はぁ?」

 通常の人間より10倍もあるというのか。
 トマスが書類のページをめくりエリオスにさしだした。
 そこには「X」というよりよれよれのパジャマを着た子供がバンザイをしたようなだらしのない形状の染色体、の様なものの画がプリントされていた。

「何だこれ。気持ち悪い」

「はい、気持ち悪いです」

 率直な意見を口にしたエリオスに研究員も恐る恐る同意した。
 単純計算、レガシィの寿命は1000年?
 本物の化け物じゃないか。
 しかし何故こんな異常な形状をしているのか。
 ふと、エリオスの頭に黒い獅子の像が蘇った。
 黒い女の体、そして獅子の頭。

「……まさか、あの像、レガシィ自身……?」

 『プロジェクト・アテム』の資料として持ち込まれた『時代の獅子』、そしてそれを追うレガシィ。

「…………っ!」

 頭の中でパーツが組み上がった感覚を覚え、エリオスは背筋に生温かいものが走るのを感じた。
 『プロジェクト・アテム』は彼女を作る実験なのだ。
 つまり、彼女さえ捕えれば、欠損した吾妻クレアの知識を結論から導き出せる。

「いかがされましたか、社長」

 気がつくとエリオスは額に手をやって笑いを堪えていた。
 とうとう拭きだし、壁に背をもたれかける。

「くっくっくっく……! はははははは! なんて回り道を……!
 レガシィ……レガシィ! 僕はやはり、彼女を手に入れるべき運命だったんだ……!!」

 研究員はエリオスが気でも触れたのではないかというぞっとした顔つきをしていたが、
 秘書のトマスは息子の恋を見守るような穏やかな調子で微笑みかける。

「左様で御座いましたか。それではまた、お嬢様をお迎えする準備を整えなくてはなりませんね」

「ああ、『時代の獅子』を集めるんだ! 彼女が手にする前に!
 そしてレガシィを捕える!」

「かしこまりました」

 彼女のDNAを暴いた紙の束を、聖書かエロ本の様に抱えてエリオスは恍惚の表情で脳内に描いた彼女に語りかける。

「僕が君を、奪ってみせるよ……!」



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あきゅろす。
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