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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
5 *病神/Camazotz*3
 狭苦しくてむしむしする、その上コウモリ達のフンの匂いで充満し、洞全体で発酵作業でもしているようだった。
 足元にはぞろぞろとムカデが歩き回り、肌にまとわりつく臭気は鼻で呼吸が出来ないほど臭い。

「デートスポットにしてはちょっとイケすぎだったかもね、カルロスさん」

 耐えかねて酸素ボンベを取り出し口に装着したレガシィ。
 手に宿る雷撃を光に変えて出力し、地図と現在地を確かめる。
 赤水晶の間という場所ではありそうだが、ここだけやたらと広く、さらに上からぶら下がっているコウモリは確かに巨大だ。
 胴体がボーリングのピン程あるのだから翼を広げれば一メートル近くあるんじゃないだろうか。
 そう思いながらそいつらがカマソッソである事は否定出来た。
 なんせ、襲ってこないのだ。
 キィキィと侵入者に対し警戒の音波を放っているが大人しいものである。
 むしろその警戒音は言い聞かせる様な穏やかなものだった。
 戻りなさい、戻りなさい。ここはお前の様な生き物が顔を出していい領域ではありません。

『黙んな、雑魚』

 音波を変換して彼らの波長で語りかけると羽音と鳴き声が津波の様にわっと刺した。
 お前は一体何なんだ!
 怯えと怒りで喚き始めたコウモリ達の中、ぶわ、と重たい風圧がレガシィの髪とマントを靡かせた。
 大きな翼が動いたのだ。
 レガシィはにやりと笑い、光を強くした。
 ドーム状のその空間はエズナUMA研究所よりもふたまわり程大きく、天井はコウモリのカーテン、足元は赤紫色のムカデ、
 そして壁面には輝く赤い水晶が煌めいている。
 そして正面には特大の赤く輝く水晶――ではない、レガシィの赤い雷光を反射する異様やたらに巨大なコウモリの二つの目だった。
 でけぇ。
 体だけでも縦2メートルはあるんじゃなかろうか、とにかくここで暴れるに相応しくないサイズだ。
 のそり、とそれが這いながら出てくると、他のコウモリたちが耐えかねてまだ昼下がりだと言うのに我さきにと出口に飛んでいく。
 その羽音と風圧でまた目にしみる様な酷いにおいの風が巻き上がるのだが、正面の巨大コウモリはレガシィを見つめたままゆっくりと胴を持ち上げた。

『ニエ……ゴチソウ! ゴチソウ!』

 攻撃的なニュアンスで語りかけてきたそれに対し、レガシィは銃を抜いた。
 コウモリといえば吸血のイメージがあるが実際に人間を襲うコウモリは少ない。
 しかしコイツは例外中の例外、人間一人の血液を啜るサイズと凶暴性があるようだ。

『ここに入った人間はみんなバラバラにして血を飲んじゃうの?』

『ニンゲン? ニエは皆食う。食っていいからニエがいる』

 カマソッソ。
 カルロスの地図の走り書きにはこう書いてあった。
 マヤ文明の闇と生贄を象徴する死神。
 英雄の首を刎ねる巨大なコウモリ。
 ニエとはカマソッソに捧げられた生き物たちの事なのだろう。
 ここに来たと言う事は食べ物として捧げられたという意味、それがカマソッソの認識だ。
 いくらカルロスが、観光客が人間に相当する正当な言い訳をしてもここは通用しない領域なのだ。
 カマソッソは腹が減ったから食うと言う正しいプロセスを行ったに過ぎない。

『お前も食う』

 次の瞬間にはレガシィの目の前にカマソッソの顔面があった。
 小さな口には牙が無く、一見有翼のネズミの様に見えたがレガシィは咄嗟に翼の下をくぐった。
 ぶおん、という大振りと同時に壁に傷跡が走りパラパラと天井から礫が落ちていた。
 後ろから光をあててわかったが、その翼の、親指にあたる部分が鋭くとがり剃刀の様な煌めきを反射している。
 50センチあろうかというその鋭利な両手は人間ごときあっという間にバラバラにしてしまうだろう。
 その上、図体の割に素早い。
 レガシィは大きな体に銃口を向けすぐさま発砲したが着弾したのはカマソッソの翼の一部だった。

『ニンゲンの道具が通用すると思うな』

 両手の鎌を高くかざしてカマソッソが再びレガシィの上から襲いかかる。
 だが、羽を大きく開いたその体制こそレガシィにとって思ってもみないチャンスだ。
 彼女の後ろから咆哮を上げセクメトが姿を現す。
 カマソッソの両刃を掴んで首に噛みついたセクメトは翼をめりめりとしならせとうとう左右を不自然な方向に捻じ曲げた。

『ぎぃいやああああぁぁ!!』

 布の様に地面に叩きつけられたカマソッソはくしゃくしゃの状態で叫び声を上げる。
 それでもまだ翼を動かそうとするのにレガシィは眉を捻じ曲げた。

『食うのに食われたくないの?』

『食われたくないから食う』

『……んまぁ、それもありかもしれないけどね』

 辺りが静まり返ってセクメトがその姿を消すと、チキチキと洞窟の奥で何かが蠢くのをレガシィは見た。
 彼女の足がそちらに向かうと意味不明の音波を上げてカマソッソが這いずる。
 赤水晶の間の奥にはさらに通路があり、そこには赤い水晶の合間に埋もれた毛玉がいくつか転がっていた。
 子供だか亜種だかは分からないがカマソッソの大きさに比べると可愛いもので掌に収まってしまいそうだ。
 レガシィの後ろでカマソッソの姿がどろりと解けた。いや、その消え方はセクメトと同じだった。

『オーバーダズ……?』

 となると宿主はどいつだ。
 最早、赤水晶の間で丸くなってふるえているコウモリたちのうちのどれか――いや、もしかしたら。

『お前らのオーバーダズ……?』

 洞窟の通路でぶら下がっていたものとは違う、小型で鼻が反りかえっている。
 俗に言う吸血コウモリと呼ばれる類いだった。

『魔術師をみんなで食った。カマソッソが現れて守ってくれるようになった。
 ずっと昔から、昔から、みんなでカマソッソを作った。
 だんだん弱くなってきて、カマソッソ、お前に食われた』

『交配を重ねて魔道の力が薄まってきたってワケか……』

 かなり昔から魔道コウモリと化していたらしい。
 テリトリーを守る為に動物が巨大な鋳型を見せて威嚇するのも当然と言えば当然だ。
 レガシィは赤水晶に手を伸ばしいくつかを強引にへし折ってポシェットに突っ込みそれが満タンになるともう一度吸血コウモリ達の前に戻って腕を組んだ。

『カマソッソを復活させてあげてもいいけど、ちょっとばかしお願い事があんのよね』

 そう言ってバタフライナイフで左手の掌を深く切り込む。
 赤水晶の合間にレガシィの血が落ちて、コウモリたちはその匂いに顔を上げた。


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