NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
5 *病神/Camazotz*2
「ぬおおおぉぉお、屈辱……恥辱プレイだぁ……」
机に対して腰を90度に曲げかなり不自然な体勢で缶詰を開けているレガシィにラズロ爺さんは冷や水のような言葉を浴びせかけた。
「黙って仕事出来んのか。ぐつぐつと五月蠅い娘だな。座ってやれ」
顎を机の淵に乗せきこきこと器具を動かしながらレガシィの視線はぎょろりとラズロ爺さんに向かった。
缶詰を見ては積み重ね、いくつか取り出すと目の前にほうり投げてくる。
それを流れ作業の様に開けていくレガシィは落ち着きなく下半身をよじっていた。
「座ってやれるならやってる! わかるでしょ!」
「切れたのか」
「キレてないッ!!」
6つ程缶を開けるとラズロ爺さんはそのうち2つ、魚の缶と豆の缶をレガシィに突き出した。
「今度腐ってたら……承知しないわよ」
「悪いと思ってるからやるんだ。ほれ、食え」
そう言って投げられたのはぼろぼろに錆びたフォークだった。
こっちの方が危ないんじゃないかと疑いたくなる。
まだましだった柄の部分でぐずぐずに煮込まれた魚の切り身をつっつくとトッピングの様に盛り付けられた野菜の中から見覚えのあるものが出てきた。
白くふっくらした特大サイズの米粒、ではなくダシの染み込んだ何だかの幼虫だ。
「おじいちゃん……この缶、虫湧いてる」
「虫入りだ。美容にいい。食え」
メキシコのこういった一部の地域には昆虫食の文化がまだ残っている。
しかも幼虫は蛋白源として重宝され、むしろ高級食材として扱われていた。
柄の先端にそれをのせ、見つめ合ったレガシィだがぐったりしたそれに憐れみと、食べもんじゃねぇだろうというカルチャーショックが同時にのしかかる。
レガシィが幼虫とにらめっこしている間、ラズロ爺さんはサンダルをぺったぺった鳴らしながら事務椅子を鳴らしてそこについた。
机に対して斜めに座り、片膝をつきながら缶の中身をほじくり返しては口に運ぶ。
その間も机の上に並べられたものから目を反らしていなかった。
「これやだぁ。そっちのと取り換えて」
「これはイナゴの蛹入りだぞ」
「…………」
蛹と幼虫、どっちがいいか。
眉間にシワを寄せたままレガシィは豆缶の方に手をつけることにした。
しばらくかちゃかちゃと缶づめがつつかれる音が続き、そしてそれも止まるとラズロ爺さんは振り返ってレガシィの目の前にある魚と虫の缶を見ていた。
「お前、腕は立つのか?」
「ん? まぁそこそこ。わりと」
「魔獣退治の経験は?」
「なぁに? 何か頼みごと? 聞いてあげようじゃない、その代わり『時代の獅子』を出してもらわないとねぇ」
顔を上げてレガシィの得意げな表情を疑念の眼差しで貫いてラズロ爺さんは押し黙る。
そしてゴクリ、とつばを飲み込むと声を低くしていった。
「何故それほど『時代の獅子』に拘る。あれはいったい何なんだ」
「それは知ってるってこと? ここにあるってことでいいんだね?」
挑発的なレガシィの視線を無視してラズロ爺さんの目はぎらついた。
「あれはなんだ。どれほどの価値がある」
「売りたいの?」
あぶねぇ、エリオスより先にここにたどり着けてよかった。
レガシィは安堵を表に出さず、すっとぼけたまま頬杖をついて胸元を強調した。
だがラズロ爺さんは視線を真っ直ぐ向けたまま少し興奮気味に声を大きくした。
「せがれに売るなと言われてる。誰が来ても渡すなと。
いずれ自分が売って、結婚の資金にすると……言っていた」
急に勢いのしぼんだラズロ爺さんを見て、レガシィはそのあとの展開を大体想像出来た。
「いつ、亡くなったの……?」
「もう20年も昔だ」
そこでようやくラズロ爺さんは机に向かいなおり、一枚の写真立てを手にするとそれに語りかけるように今度は穏やかに話し始めた。
「せがれのカルロスはこの先のシバルバーという洞窟に住んでいる魔獣について調査していた。
ある程度慣れて油断していたんだろう。婚約していた娘の為に、その奥にある水晶をとりにいった。
帰って来たのは、2日後だ。五体が八つ裂きにされて、洞窟の入り口にさらされていた。
その上、婚約していた娘さんも自殺してしまう始末でな。死んだカルロスが大層責められた」
それで彼も村から出たのだろう。遠ざけられたのか遠ざけたのかは定かではないが、
あの雑貨屋の女主人の態度からして皆もう過去のものと乗り越えてるはずだ。
ラズロ爺さんの視線は今度デスクの上に向かった。
レガシィもさっきから彼がちらちらと机の上に視線をよこすので何が乗っているか気になりラズロ爺さんの後ろからそれを覗き込む。
ラズロ爺さんが熱心に見詰めているのは真っ青になった男の頭だった。
その他にも人間なんだかマネキンなんだかわからない人間の部位がいくつも写った写真が並んでいた。
鮮明に取られている写真なのだが、その肌は青く、まるでインド人が描くシヴァ神のようだった。
何だこれは。
問う前にラズロ爺さんが重苦しく口を開く。
「3日前に酔った観光客がふざけてシバルバーに入った」
「その、シバルバーって何?」
「遺跡から繋がっている地底洞窟だ。何人かその筋の傭兵を雇おうとしたが、金目のものが無いとわかるとすぐに手を引いて行った。
金にならないこういった遺跡がまだこの世界にはいくつかある。お前もそんななりしているなら知っているだろう。
カルロスが調べていたのはその洞窟にいると言われているカマソッソという魔獣だ」
「かまそっそ……」
「カルロスはそう言っていた。この地域に伝わる伝承では、カマソッソは巨大なコウモリらしい。
鎌の様な翼であらゆるものを切り裂く恐ろしい生き物だ。
実際にワシも見たことはないが、こんな切り口で人間をバラバラに出来る生き物が公の生物であるはずがない」
「まぁ、確かにね」
鋭利、を飛び越えて綺麗な切断面だった。
「カルロスは『時代の獅子』を売る当てを見つけたらしくてな。
ワシらは事情はわからんが、高値で買い取ってくれる話を受けようとおもったんだ。
カルロスが死んだのはその矢先。何故『時代の獅子』にそれだけの価値があるのか、ワシにはわからないままだがな」
ようやく話が繋がってレガシィは納得する。
一つ気になったのがその買い取り先の組織だ。
エリオス――そんなわけがない、20年も前の話だ。
となると、ギーメルギメルか。
世界中に散らばった『時代の獅子』を探し求めていても不思議ではない。
だがそれは過去の話だ。
「悪い奴が悪い目的の為に集めてるっていったらどうかしら。
ま、私もそのうちの一人だけどね」
表面をちらっとしか舐めていない説明をするとラズロ爺さんはため息をついて机の引き出しからよれた地図を取り出した。
そして後ろ手にレガシィに渡す。
「カルロスが作ったシバルバーの地図だ。赤水晶の間の、さらに奥にカマソッソが眠っているらしい。
報酬は『時代の獅子』、それでいいか」
受け取ったレガシィは早速地図を開いて確かにこのあたりである事を確認すると腰のポーチに突っ込んだ。
イタリアの倉庫に置いてきたバイクがあればあっという間だったと悔やまれるが今から取りに戻るわけにもいかない。
「悪い奴だって言ってんじゃん。おじいちゃんも世界の敵にされちゃったりしてね」
「お前さんがなんだって構わん。カマソッソを太陽の下に引きずり出して来い」
「仇討、復讐……幸せな世間様にはわかんないかもね。
間違いだって確定されても、やんなきゃいけない事は世界にごろごろしてるってのに。
正義とか美徳とか、鬱陶しいったらない」
レガシィはマントを翻す。
刹那、彼女の目には邪悪で悲しいものが映ったように見えてラズロ爺さんは彼女の背中を目で追った。
ふと、ラズロ爺さんは彼女があらゆる垣根と正義をぶっ壊して世界に指さされながら、それを笑って跳ね返しながら突き進むのを期待した。
やれやれ、全部やれ。
神がブルって泣き叫べば、人間様の勝利だ。
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