NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
5 *病神/Camazotz*1
20個目のタコスを口の中に入れるとレストランの隅々から拍手喝采がわき上がった。
今しがた平らげたメニューを見てレガシィは満足そうに腹をさする。
「あ〜、食った食ったぁ」
スタイル抜群の彼女も流石にぽっこりとした下っ腹となり、しかし気にすることなく店の店主から1000メキシコ・ペソを受け取って
乾いた大通りに出た。
メキシコに上陸したのはついさっきだった。
本当はカリブ海なんかにいって現代の海賊とドンパチやるのも面白そうだったのだが、
自分に『時代の獅子』の情報を押しつけてくる”真実の魔女”の情報によるとこの片田舎で観光街とも微妙に遠い小さな村が今回の舞台らしい。
300メキシコ・ペソもあれば安い宿にでも泊まれるだろう。
だが、レガシィはその小銭の様な金をズボンのポケットに入れ、”真実の魔女”の端末からもらったメモを取り出す。
「メキシコ・カンペチェ州エズナUMA研究所……何でこんな寂れたところに」
右を見れば舗装もされていない道。
左を見れば舗装途中の道。
コンテナかと疑うような建物が軒並び、はげかけた塗装の店にご老体がのそのそと出入している。
もうすぐつぶれるんじゃなかろうか、この村。
第一、道のど真ん中を歩いているのがフンコロガシで、村をすぐ出たところでは乾ききった荒野にサボテンがぼーっと突っ立っている始末だ。
「…………ようし」
雑貨屋でこの辺りの地図を買って、ついでにその雑貨屋のおばさんにエズナUMA研究所について聞くと、
「あら、あなたラズロさんの知り合い? よかったわ。これ、渡しておいてちょうだい。
頑固なおじいさんよねぇ。村にきてくれないじゃない。あなたも心配でしょう?
みんな心配しているから早く村に住めばいいのに。
ああ、ごめんなさい。愚痴なんか言っちゃって」
と、紙袋に入った大量の缶詰を渡されてしまった。
両手一杯で邪魔極まり無いが、正確な場所を教えてもらいレガシィは断れなくなっていた。
ラズロさん。
エズナUMA研究所の所長、らしい。
というか、そこには彼しかいない、らしい。
今年で70にもなろうと言う老体で未だに遺跡の中心、大アクロポリスと呼ばれるところに魔獣がいると言っている、らしい。
記憶によれば観光客が入るような場所はそれはもう労力と金を費やして根絶やしにされているはずだ。
村を出て怒涛の日天の下を3時間、50キロも歩くとようやく蜃気楼の向こうに白い小さな建物が見えた。
ジリジリと焼けつくオレンジ色の土。
そして足元をちょこまかするサソリだ、トカゲだ、フンコロガシだは元気だ。
サングラス越しに見える景色だがどれも自己主張の強い陰影を持っている。
エネルギッシュなその風景、黒いレガシィの方が目立っていた。
「暑いぃ……重いぃ……まぶしぃ……」
レガシィは当然のようにその白い建物の中はキンキンに冷えて、ついでに氷菓子もあると思っていた。
意識がぼんやりしてきたのを叱咤してようやくその入り口までやってくる。
レガシィはサングラスを持ち上げてドアの注意書きを呼んだ。
「呼び出し不可……え?」
白いドアの右隣にはしっかりインターホンがある。
これを押すなということだろうか。
いや、ノックも呼び出しになる。
大声を上げてもそれは呼び出しになるのだろう。
じゃあ、とレガシィはドアノブに手をかけた。
すると鍵は開いており、すんなりと中に入る事が出来た。
呼び出し不可、なら呼び出さないで勝手に人様のおうちに入る。
盗賊の彼女にとっては当然のことだった。
事務的な部屋だった。
地図に、模型に、ホワイトボード。
いくつか並んだ机の上には分厚いファイルが積み上げられている。
中には古めかしい石版なんかも無造作に置かれていた。
何より驚いたのはこの部屋が外よりもむしむしして居心地が悪い事だった。
「なんだ、お前は!」
急に奥に続く廊下からよれたシャツを着たじいさんが顔を出していた。
てっぺんの禿げた色黒の爺さんがラズロさんだと知ってレガシィは机の上に缶詰の袋を置く。
「雑貨屋のおばちゃんに頼まれちゃってさぁ。呼び出し不可って書いてあったから。
おじいちゃんがラズロさんだよねぇ?」
「雑貨屋……? ああ、なるほど。食料か。確かにワシがラズロだが、お前は何だ。
この辺のモンには見えんな」
「何だって言われると困っちゃうんだけどさ。ねぇ、おじいちゃん。
こんくらいのさ、黒い像持ってない? 頭がライオンで、体が女の。『時代の獅子』って呼ばれるみたいなんだけど」
「あ? お前さん、遺跡荒らしか?」
そう言いながらラズロ爺さんはレガシィが持ってきた缶詰の袋を覗き込み、キッチンと思われる奥に入っていった。
そして一杯の水を持ってレガシィに手渡す。
「……温いぃ」
そのコップを握りながら非難の声を上げらレガシィ。
だが、ラズロ爺さんはふん、と鼻を鳴らした。
「冷蔵庫があったら缶詰なんかを持ってきてもらう必要があると思うか」
「うそ、おじいちゃん、冷房も冷蔵庫もないこんなとこで暮らしてるの?
暑くて頭おかしくなっちゃうって」
「都会のモンにはそう思えるかもしれんが、ここでは普通だ。
届けもんの礼は言う。それ飲んだら帰れ」
「だからぁ、私は『時代の獅子』っていう像を――」
「かーえーれー」
「…………」
睨みあってレガシィはぐいっとその水を飲みほした。
がつーんとコップを机に置いて、仁王立ちになる。
「口で相手してあげてるうちだよ。降参する? それとも後悔する?」
ぼきり、ぼきりと指を鳴らすレガシィは余裕の表情だったが、それに応えたのはラズロ爺さんではなかった。
ぐぎゅるるるるごろごろろ。
レガシィの腹が哀れっぽい悲鳴を上げて、そして彼女はくしゃりと腹を抱えた。
「の、ごおおぉ……差し込みがぁ……!」
タコス20個が原因か、生水が原因か、それともその両方による化学反応か、
冷たい目をしてキッチンの奥を指すラズロ爺さんに苦笑いをしてレガシィはおとなしくトイレに駆け込んだ。
* * *
『あのコメ、なんだったんだろうな』
『スレごと吹っ飛ばすなんて尋常じゃねぇぞ』
『事件は現場でwwww』
『邪神崇拝禁止〜みたいな事書いてあったよな』
『またレガシィスレのネガ運動じゃねぇの』
『ネガと戦わなくてはならない時代が来たか』
『将軍、如何する』
『平和的にね』
『モモンガ将軍……』
『スレ鯖止められたらいくら俺様でもおまいらをかき集めるのは不可能だ。
(っていうか面倒くさいし)
ここは静かにモキュモキュしようではないか』
『微妙に本気見えたwwwww』
『すまん>面倒くさい』
『ピンモモいつもありがとう』
『もきゅー』
『モキュモキュー』
今日もピンクモモンガを中心とした言葉が流れていく。
以前は、はやしたてたり、のっかって一緒にバカな妄想を巡らせていた。
だが、優越感も通り越して虚しい気分になっていた。
「レガシィ……僕の、レガシィ……」
ニューヨークの社長室。
きらびやかなオフィスの奥には小ざっぱりしたプライベートルーム、そしてそのさらに奥にある更なるプライベートルームでエリオスは膝を抱えていた。
棚に並ぶ美少女系のフィギア、アニメ雑誌、ゲームソフト。
窓のない暗く牢獄の様な場所。
デザインデスクとベッドと偏った趣向の棚だけがその場にある事を許されていた。
ベッドの上に寝転がりながらパソコン画面で流れていくレスを見ていくとやはり住人達はレガシィの正体や彼女が○○だったらという妄想を始めた。
「僕の……」
ニツワ上海から完成したフィギアが届いた。
本当にいい出来で100体だけ作ってネットのアンダーグラウンドに流すと一時間もしないうちに嗅ぎつけた彼女の信者がさらうように買っていった。
これほどまで彼女の味方がいると言う事に嬉しくなりながら、レガシィの言った言葉が脳裏にリフレインしていた。
あんた、バカね。でも、私バカって大好きよ。
そのあとで嫌いと言われて怒られたが都合のいい情報だけが頭を駆けまわっていた。
「僕が……」
DNAという人間の鋳型を暴く行為に少し興奮を覚えた。
吾妻クレアが熱中していたのもこの感覚の為だろうか。
レガシィのフィギアを手に取りそれを掲げながら天井を見上げる。
『プロジェクト・アテム』、『時代の獅子』、ハイパーレガシィ。
彼女は何の為に、何をせんが為にこの時代に浮上してきたのだろうか。
知りたい。その正体を暴きたい。
やはり欲望はそこにいきつき、エリオスは自らを、そして最早自分の手の中にいるレガシィを嘲笑した。
「僕のレガシィ! あは、あははははははははは!」
フィギア、抱き枕カバー、等身大パネル。
好き放題作らせ、コレクションとして部屋一杯に敷き詰めたが満足に至らなかった。
やはり彼女を手に入れなければ。
本物を手に入れなければ。
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