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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
4 *遠呂智/Orochi*3
 本当に素人集団だ。
 鳴滝ジョーを流石に殺す事までは出来なかったが連中を揃って守備から外すことが出来た。
 夕刻、分厚い雲が濁った赤色に染まり少し嫌な色合いの中で雨が降り始める。
 人気の薄くなった校内に侵入し屋上にたどり着いた彼らは人影をみてぎょっとした。
 連中の仲間だろうか。
 だが、そこに立っていたのは薄桃色の可愛らしいナース服を着た美女だった。
 雨の中傘もささずに睨みつけてくる彼女は幽霊のように虚ろで、動きも気だるそうだった。

「おい、お嬢さん。一体何なんだい? 相手なら後でたっぷりしてやるからそこをどいてくれ」

 鳴滝ジョーの敗因が人数差であった事を流石に彼らも分からないわけじゃないだろう。
 それを女一人刺し向けてきた理由がわからない。
 降参のお詫び、でもなさそうだ。

「……ダンテ」

 彼女はそう呟いて足元の水たまりに呼びかけたがじゃぽ、と泡が浮き出てきただけで魔犬も魔剣も姿を現さなかった。
 そうだ、あれはもう自分には扱えないプログラム。
 戦う力は”自分”しか残っていない。

「どかないなら先に相手してもらうぜ。こっちは全部で8だけどな。
 お嬢さんの体がもつかわかんねぇなあ、はっはっはっは」

 ハイエナの様な笑い声を上げて男たちはオーバーダズを召喚する。
 全部近接タイプで力と力のぶつかり合いにもってこいのチームらしい。
 雨の中で濡れて透けたナース服にはそそられるのだが、女の放つ雰囲気が同族の力を持つ事を叫んでいる。

「ジョークはそこまでだ」

 そう言ってリーダー格の男とそのオーバーダズが構えた。
 相手が武器を抜く前に倒してしまう、それが常套手段だ。
 彼女はそういった類は何も持っていないようだったがここに立っていると言う事は敵である事に間違いない。
 やれ。そう命じようとした口が動かなかった。

「呪縛を断ち切る……」

 ひとみが呟き、男たちはその声に魅入られた。
 暗くどんよりとした詠唱は天を覆う空に似ている。
 とうとうごろごろと雷鳴が鳴りはじめ、一つ、二つと落ちていた。
 ピシャン!
 近くに落ちたのか目の前がフラッシュし、次の瞬間男たちの目の前には異形の影が現れていた。

「なんだ、こいつ……」

 ひとみの横には極太のロープの様なものが蠢いていた。
 空のような重たい鉛色、そして腹は真っ赤にただれている龍だった。
 途中から車輪のような魔法陣に吸い込まれてぱったり絶え、それと向かい合っている車輪からまた尾が飛び出している。
 龍の束だった。
 人殺しも厭わない大の男が――いや、歴戦の傭兵だからこそ戦慄した。
 彼女の中から出てきたものは異常だった。
 オーバーダズはその者の精神を表している、そして彼女の心の形は八つ首の龍として現れた。
 まるで省略記号の様な轍の為、どれだけの大きさかはわからないがかなり巨大であるようで、尾はそれをまとめたような太さの一本だった。

「こっちは……9だ」

 頭が八つ、その宿主が一人。
 質の悪い事に頭は一つ一つが別々の意志を持つように動いている。
 そして太い尾が一本男たちの間を縫いドカンという轟音を上げ出入り口のドアを潰した。
 後戻りはさせない。

「相手してやる。かかってこい……は、ははは、は、は……」

 かすれた声で挑発しひとみの表情は笑ってもいないのに彼女の口からそんな声が出ていた。
 頭がおかしいんじゃないかと疑いながらも男たちは彼女にオーバーダズを刺し向けた。

「宿主を狙え! あんなバケモン、相手にしてられるか!」

 だがその宿主の看護婦は身のこなしが軽くオーバーダズの攻撃をかわしながら後退していった。
 そのオーバーダズをすぐさま4つの頭が噛みつき切り裂く。
 さらに残った四つの頭が男たちを襲い始めた。
 そのうち一人のオーバーダズが猛攻を抜けてひとみの前にでる。
 鉄球を構えた中世の戦士を彷彿とさせる影だが、その攻撃を避け、ひとみは相手の懐に入り込み背負い投げるとそれもオロチの餌食にした。
 暴虐だった。
 食われてなるものかとオーバーダズを消した男たちは四方からちりじりに攻撃をしかけても頭と尾で合計9本の大縄が張り巡らされているのである。
 最終的に男たちは追い詰められて金網と一緒に折りたたまれた揚句、
 金網は根元が90度折られて丁度彼らが袋包みされている部分だけが宙に浮いている状態になった。

「くそ、このアマァ!!」

 ガシャンガシャン金網を蹴る者もいれば

「やめろ、落ちる!」

 それを止めるものもあり。
 ざぁざぁと降る雨の中、ひとみは彼らに近づいて行った。
 まだ雨は降り続いていると言うのに雲の切れ間から光が落ちてきて神々しい光景が広がっている。
 そんな中でナースキャップをとり、髪をかきあげたひとみは恐ろしく綺麗に、冷たく微笑んだ。

「私は、すごくすごく機嫌が悪い。私から奪おうなどと浅はか千万。
 それじゃあ頂こうか。お前らの大事なクシナダヒメを」

 こおおぉぉお。
 空風のような音を上げてオロチは黒い息を吐き出す。
 潮の、原初の香りに男たちは包まれ、そしてそれが何なのか思い知った。
 喪失感だった。
 大事なものを失って胸がぽっかり空いた、やるせない気持ちを植えるつける。
 いや、本当に失ったのかもしれない。
 大事なものを思い出してみろ、ほら思い出せない。
 失った。

「もう二度と戻らない」

 それは幻。何も失ってなんかいない。
 強烈な喪失感が渦巻いているだけだ。
 ただ、微笑む彼女が非現実的な絵画の様で現実と幻の区別が曖昧になっていた。

「私と一緒に毒沼に沈めばいい……」

 屋上出入り口のその反対側。
 ひしゃげたドアののぞき窓からオロチがようやく消えるのを確認してユーキは胸を撫で下ろした。

「とんでもないものが出ましたわね……」

 流石のユリカもオーバーダズを食おうとする上に怪しげな息を吐くオーバーダズを見て嫌な気分になったようだ。

「あ、あれ……どうなっちゃうんですか」

「ああ、大した魔術じゃないですよ。同調の精神攻撃です。
 普通は精神療法とかに使うんですけど……。
 あの人、大したことじゃないのにネガティブに捕えられるんでちょうどいいんじゃないですか。はははははは」

「ははははは、じゃないですよぉ!!」

 ただでさえひとみに恐れをなしていたクロウはさらにトラウマが出来たのか蛇こわい蛇こわいと泣きそうになっていた。
 例えこの場所が守られていなくとも、結界が張られており警報機の役目を果たす。
 また、ゲートへの入り口はそう簡単に開かにように面倒くさいロックをかけてあるので一時間やそこらで突破できるようなものではない。
 急いで戻ってきたが、あの光景を目にしてついでにドアまで破壊されて出るに出れなくなったのだ。

「スサノオのオーバーダズを持つ鳴滝君の彼女からヤマタノオロチが出てきました……何か変です。
 私はクシナダヒメとか、きれいめなものを期待していました」

 グロい蛇でした。
 銀子の言うことはもっともなのだが出てきたものは仕方ない。
 とにかく、と話をまとめて退散を決め込み、ジョーには何も言わない事にした。
 知らぬが仏、よく言ったものである。


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あきゅろす。
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