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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
1 *再再来/ReReturn*4
 レガシィ――ハイパーレガシィの話はほんの数カ月前に浮上した。
 電子セキュリティ系のロックがことごとく外されるという被害が多発し、それ以外の特殊なコードを基盤とする
 ロゼッタ社のセキュリティサービスに火が付き始めてエリオスもその噂を調べ始めた。
 兎角、不思議だった。
 忍び入っては何も取らない義賊かと思えば真面目に働いている商人の家からはした金を奪ったりしていた。
 そして、何の偶然か、裏社会としてのつながりがあるイタリアのマフィアの本部にハイパーレガシィが入りピンポイントで盗みを働いた。
 『時代の獅子』である。
 美術品としてそう価値の無いその像も数カ月前に突如ネット上に現れた。
 今では誰が始まりだかわからないが、『時代の獅子』を高額で求める声が高まっている。
 その頃すでにレガシィに興味を頂いていたエリオスは私用エージェントを全員使って『時代の獅子』の場所を調べさせた。
 一つはルクソール美術館。そしてもう一つはニツワ上海の保管庫だった。
 どうせ借金の肩代わり的なものだったのだろう。
 会社ごと買収し、『時代の獅子』を手に入れてレガシィを待つ。
 面白いように彼女はすぐ目の前に現れた。

「上海支部にお戻りになるのですか?」

 秘書は目を瞬かせてスケジュール表を確認した。
 すぐに本社のあるニューヨークに戻って豚の様な政治家達と会食の予定だった事をエリオスも記憶していた。

「待ち合わせをした。先方には適当な理由をつけて断っておいてくれ」

「かしこまりました」

 秘書は上手に作り笑いを浮かべて恭しく頭を下げた。
 自分の父親ほどの年齢で白髪交じりの細い体、秘書と言うより執事という風体だが仕事をかっちりこなす人間でエリオスにとっての大事な右腕だ。
 そして本来の自分を唯一知っている、本当に信頼のおける数少ない人物だった。
 後仕事を彼に任せてヘリに乗り込む。
 巨体のガードマン長が隣に控えたヘリの後部座席はいささか狭苦しくて居心地が悪いが雑多な地上の道を通るよりもずっとマシだった。
 ヘリコプターが浮き、宿泊していたホテルが遠のくとエリオスはパソコンを開きながら携帯電話を操作した。

「工場長、今メールを送った。それが例の」

 エリオスは言葉をうちきりパソコンを操作してメールに添付した画像を開いた。
 それはこの部屋に忍び込んできた冴えないメイド姿、そして本来の彼女の姿の2枚の画像だった。

『ああ、このくらいなら明日出来ますよ。造型師も今日いますし。
 ところで、これなんですか』

 まさか突っ込んでくるとは。
 空気の読めていないニツワ上海の元社長――現工場長だが、その後ろで恐らくは造型師の声が聞こえた。

『うお、これハイパーレガシィじゃないっすか! こんないい画像見たの初めてっすよ!
 え、こっちのメイド服も!? え、コレ! え! えぇ!』

『ウォンくん、知ってるの?』

『うわ、これだからオジサンは。いいですか、正義の味方かはたまた悪の化身か。
 今ネットですげぇ熱いんですって』

『アイドル?』

『まぁ、そんなもんです』

 ふぅん、と納得したような工場長にエリオスは話をぶり返されないように無茶を叩きつけた。

「とにかく急ぎで。今日の夜までにバイク便で本社に送りなさい」

 あら、とオバサンみたいな声を上げ工場長はやっとエンジンがかかったような早口になった。
 本来ならばエリオスからの電話の時点でそういう対応になるのが正しいのだが、相当今までのんびりと小金を稼いでやってきたらしい。
 買収されてよかったのかもしれない。
 エリオスがため息をつきながら通話ボタンを押すと今度はガードマン長が正面を向いてケバブ屋店頭で回っている肉の様に太い腕を組みながら言った。

「自分もハイパーレガシィは許せません。低俗な小娘です」

 何を勘違いしたのか彼は警備に対する熱い思いを語り始めた。
 このネガ野郎が。
 そう思いながらエリオスは話を半分聞いていつものスレッドに入った。
 幸いまだ彼女が上海にいるという話はたっておらず、相変わらず妄想を叩きつける下賤話が盛り上がっている。
 そして相変わらず話の中心はピンクモモンガだった。

「くっくっくっく……」

 とうとう奴を超えたのだ。
 妄想予言者ピンクモモンガを超え、自分は本物のレガシィと遭遇したのだ。
 そして今夜こそ、彼女を捕え、独り占めする。
 こいつらとは違う!

「レガシィ……僕が手厚く迎えてあげるよ……!」

 朝の太陽光を浴びる黒光りのヘリコプター。
 一方地上では歩道にはみ出した店のテラス、レガシィはヘリを見上げ――

「へい、特盛り酸辣湯麺! 制限時間は40分だ!」

 ――ていたのだが、すぐにエリオス・シャンポリオンの事は忘れて鋭い視線をテーブルの上の器に向けた。
 パチン、と箸を折るとまだ一口も口にしていないのにギャラリーが拍手をし始める。
 肩を出したキャミソール姿の若い娘が鬼の様な形相で真っ赤なラーメンを啜る姿はそれは見ものだったろう。

 ハイパーレガシィ――本名、二階堂礼穏。
 時に義賊、時にコソ泥、時にメイドで時にフードファイターである。
 そして、彼女の真の姿、本当の目的を知る人間は、まだ時代には少なすぎた。













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