NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
4 *悪意/Malicious*1
ランニングの後にシャワーを浴びてすこしはやめに登校する。
朝の澄んだ空気、太陽の温かさを感じてゆっくりと歩くのがジョーの楽しみだった。
人気が少なく少し冷ややかな時間。
軽い心の洗濯といったところだ。
稀に川べりの土手で隣の高校のお蝶夫人伊集院ユリカが執事を相手に剣の特訓なんかをしているのだが、
今日は幸いそういった暑苦しい姿を目にしていない。
なんて爽やかな朝なんだろう。
そうおもった瞬間、ばばばばばば、と無遠慮な音と排気ガスをまき散らして黒いバイクが追い抜いて行った。
「…………」
あの男が現れてから間違いなく自分のまわりの環境破壊は急速に進んだはずだ。
いや、環境が破壊されてみょうちくりんなものに作りかえられているかもしれない。
裏界という不思議の国が学校に派生してあの男はそれをほじくり返しに来たのだ。
「出来るだけ騒ぎとかは起こしてほしくないんだよな〜」
席について古典の教科書を読みながら朝礼を待つ。
先生の趣味によってはとばされてしまうような話がなかなか面白い。
さて、続きはどこだったか。
そこまでで教室に入ってから約一分、ジョーは隣の席にあるはずもない姿を見つけて悲鳴を上げた。
「おべぇええッ!?」
「遅いっつの!!」
大抵三時間目にやってくる二階堂レオだ。
思わず時計を見てしまうジョー。
そしてまばらにやってきた他の生徒も驚いて各自時計を確認する始末。
「な、なんだどうした。天変地異の前触れか?」
「出席日数ヤバいって言われたの」
「っはー! 卒業する気でいたんだ!!」
「うるさいっ!」
レオが大声をあげるとぱっと視線が集まる。
実のところそれも苦手なレオは振り上げた手を薄ら誤魔化し頭にやった。
「ほら〜、着席〜! 授業始めるぞ」
ジャージに筋肉隆々、一応担任の体育教師山崎が入ってくる。
入るなりレオに目を向けて時計を見た。
「何だ!? 今日で地球最後か!?」
「黙れ!!」
どいつもこいつも失礼である。
三年間教師の間では二階堂担当になっている山崎は十分に彼女の対処を心得ており、言うだけ言ってスルーした。
「さて、今日は転入生を紹介します」
わっとなる教室、そしてぎょっとするレオ。
自分の後ろの席があいている。
山崎に呼ばれて教室に入ってきた青年を見て女子ならず男子からも声が上がった。
「なにあれ、ほんもの?」
「アルビノってヤツだよな……?」
ひょろりと背の高い青年だった。
真っ白な髪に桃色の肌、紅茶色の目。
少しおどおどした雰囲気の、それでも間違いなく美青年と称していい容姿の生徒だった。
「こいつぁ、ちょっと難しい病気で入院してて今年の春から日本で学業再開したそうだ。
お前らより一つ年上になるが、ンな事気にしないで仲良くやれよ。
ほら、自己紹介くらいしろよ」
バン、と山崎に背中を叩かれてふらつき、青年は顔を真っ赤にしてか細い声をようやく出した。
「クロウ・ハディード……っていいます、あの……僕、こんなんなんでみんなびっくりするかもしれないけど……
仲良く、してください」
その間も顔を上げられず口元に手を持って行ってしまう。
よほど内気なのだろう、そのまま視線を上げられずにいた。
やっぱり彼の席はレオの後ろとなった。
「よーし、じゃあ出席とりまーす。今日も元気に声だしていこー!」
といいながらため息をつき生徒の名前を読み上げる山崎。
完全にそんなものを無視してジョーがずりずりと椅子を近づけて早速転入生に絡んできた。
「俺、鳴滝ジョーね。んでもってこいつが二階堂レオン。レオちゃんって呼んであげてね」
またしても自分を巻き込むのか。
「あ、はい、よろしくお願いします」
ほらみろ、引いてるではないか。
いつものことなのだが、ジョーが一方的に質問攻めにしている。
どこの国からきたの? 病気って大変なの? 兄弟いる?
自分も最初はやられたものだ。
「鳴滝ー。鳴滝ーッ!!」
「あ、はいはーい!」
「お前、誰彼構わず絡むなぁ。変な趣味あるんじゃないのか」
「山ちゃんだって最近きぬやんにべったりじゃない。
どーせまた合コンとかに連れて行こうとしてんでしょおー?」
「…………。
二階堂ー!」
「……はい」
きぬやん。
恐らく絹夜のことなのだろう。
いつの間にそんな誰にでも通用するようなあだ名をつけたのか。
早速寝るかと鞄から枕を取り出したレオ。
だが、その背中がちくんと痛んだ。
「っつ!」
なんだ、今のは。
振り返ると、クロウ・ハディードが赤い瞳でじっと見つめ、そして灼熱の砂漠のような熱い視線を向けていた。
何なんだ、こいつ。
* * *
朝礼にはいたレオなのだが一時間目には出席せず戻ってきたのは昼休みの後だった。
しかしその後も机に伏しており、出席日数を気にしながら中途な中抜けをしていた。
脳みそも寝過ぎで型崩れしているのだろう。
いつになったらこのコは学校に勉強しにくるのだろうか。
「…………」
とりあえず起こすのは怖いのだが、今日のところは彼女に用がある。
遠目から木刀でつつくと、やはり猛獣のように反応してぎらついた目で起こした犯人を捜した。
そして背後からジョーが木刀でつついているのに気がつくと、また机に伏せた。
「…………」
今度はレオのスカートに木刀をひっかけてまくり上げようとすると、起き上がりゲンコツをもってきた。
「何してんのよ」
「あーはー……バレないかなって……」
起こされてようやく周囲を確認し、少し眉間にシワを寄せて溜息をつく。
「クロウってヤツは帰ったの?」
「ああ、ついさっき放送で呼び出されてたよ」
「……そか」
「どうしちゃったの。恋煩いかなんか?」
「…………いや、思い違いかもしれない」
「なんだよ、つまんないの」
あの男は確かに敵意のある笑い方をしたのだ。
気のせいじゃない。
ただ、確証もないし本当に敵意があるかは別だ。
早速まわれ右で帰ろうとしているレオの肩に木刀を乗せて引きとめる。
「ねね、今日さ、これから時間ある?」
「ない」
「買い物付き合ってくれない?」
「イヤ」
「よっし、行こうか! レオって本当、友達想い!
俺の事大好きだよね〜!」
「…………」
ガンを飛ばすレオ。
日本人にはあり得ない、黄緑色の肉食獣の目。
一般生徒ならそれで一目散なのだが、相手はジョーだ。
花の咲きそうな朗らか笑顔で対抗する。
まるで北風と太陽。
「レオたん、友情パワーをボクに分けてっ」
「気色わるい。大体、ジョーが何の買い物するっての?」
貧乏の代名詞であるジョーから買い物という単語が出ること自体不自然だった。
「ほら、この間の」
「あー?」
ジョーの話によると、母の日のプレゼントという事で女性物の買い物をしたいらしいが、
さすがに年頃ということでそういった店に入りづらいらしい。
ここで、頼める良き友人というと、二階堂レオたった一人だ。
今日は金曜日。そして、明日5月11日は土曜日。
「わかったわかった。乗りかかった船ってヤツね」
明日にはレオも一人暮らしなもので洗濯、掃除という大規模なイベントがある。
今日中に片そう、そのつもりで承諾した。
げた箱にまで降りる途中、廊下の先、人気のないところに目立つ白い頭を見つけた。
クロウ・ハディード。
怪しげな事をしているのかと思ったら、彼は目の前にいる女子生徒が泣いているのを慰めているようだった。
そっと肩に手を置き、何かを語りかけているようだった。
「さっそくフっちゃったのかな?」
後ろから軽い調子でジョーが言ってがははと笑う。
まあ確かにモテそうではある。
何かひっかかったレオだがあまり気にせず先をいくジョーをならってレオも深入りしない事にした。
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