NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
Special session * Power of give and snatch *
響くアラート、恐慌の声。
四方鉄製の無機質な廊下を駆け抜ける黒い影。
『Cブロックを封鎖完了。Bブロックを封鎖します。作業者はただちに退避してください』
区画毎に下がる防火壁、残り僅か50センチの幅に向かってスライディングし、潜り抜ける。
抜けた先は左右に広がった通路だった。
「いたぞ! あそこだ!」
左右からどかどかと足音が響く。
右が4、左が6。
右の通路を走って角を曲がる瞬間、電流を放ってフラッシュを起こし、その隙に追手を通り抜けた。
『Cブロックを封鎖完了。Bブロックを封鎖します。作業者はただちに退避してください』
お目当てのお宝はAブロックのさらにその先。
少し区画封鎖に追いついていない感もある。
追手の相手をしている暇はない。
「じゃ、ちょっと本気だしますか」
両足を魔力補正してBブロックを駆け抜ける。
『Bブロックを封鎖完了。Aブロックを封鎖します。作業者はただちに退避してください』
かなり追手の声も引き離し、残りはAブロックの区画を超えるだけだ。
だけ、なのだが正面の部屋がかなり開けていて、しかも次のドアへの前ではスーツの男たちが拳銃を構えている。
円形の部屋の中央にサモトラケのニケのイミテーションが置いてあった。
勢い余って突っ込んでしまったが、マフィアだか雇われ軍人だかが部屋の壁にみっちり並んでいた。
ニケの像の前で停止する。
「あや?」
そのニケの像なのだが、翼は悪魔のようで、手足も太く、やや実物とモチーフが異なっているようだった。
別のものと融合した人間の像、といった方がしっくりくる。
がちゃり。
一斉にそんな音が聞こえて振り返ると周囲全員が銃を向けており、またお偉いさんらしい初老の男が前に出てくる。
人一倍高そうなスーツを着ているが、少しセンスが古臭かった。
「貴様のような小娘があのハイパーレガシィだったとは」
「私も有名になったもんねぇ。こんなド田舎まで名前が知れ渡っているんだから」
ハイパーレガシィは悠々と肩をすくめておどけて見せた。
最新鋭のハイテク機器を突破し、古代遺跡からの発掘よりも組織からの奪取を得意とする――ようするに強盗である。
どういうわけか法王庁が血眼になって捜している女盗賊。
そして何より、その噂の大きな部分は、非常に魅力的な女性であるという点だった。
被害者が口をそろえて言うのは、それは小悪魔的な愛らしい少女、若しくはたくましい女王の様な女性、そういった印象のどちらかで
しかも相手を選んで襲い、被害額そのものは大したなかった被害者が良しとして
ファンサイトを立ち上げるだ、もう一度侵入されるようにセキュリティを強化しただ、ゴシップ的な存在としても有名になりつつある。
今や、ハイパーレガシィは賞金首、盗賊、アイドル、セキュリティの警鐘者、不法侵入マニア、そんなわけのわからない称号で飾られた存在だった。
目の前にいるのは、確かにジプシーの様に蠱惑的で間違いなく美人の分類に入る女だが万人の心を捕えるのは美の女神にだって難しい。
「始末しろ」
噂は噂。
ボスが言い放った。
だがその合図があったのに誰一人として発砲せず、銃を構えたままだった。
「おい、撃て!」
自分も銃を持っているというのに大きな声で命じたボスにちらちらと視線が行く。
おい、誰か最初に撃て。
そんな雰囲気だった。
レガシィがばっとマントを開く。
そこにはショートパンツに奇抜な形状をしたシャツ、ブーツだけを身にまとった非常に露出の高い体があった。
小麦色の肌は瑞々しく、しなやかに引き締まっている。
腰のホルスターには巨大な銃が収められているのだが、そんな無機質よりも恐ろしくよく出来た体に視線が集中した。
「撃つの? 撃たないの? Please shoot me」
彼女はそういうが誰一人として撃とうとせず、中には銃口を下してしまう者まで出た。
大げさに肩をすくめて進行方向に向かいそこにいた男達に命じる。
「通して」
絶対に通さない。
恐らく雇われ傭兵であろう男達は首をかしげながらも道を開いてしまう。
レガシィは当然の様にそこを通り、通路わきの壁に手を当てるとにこやかに笑ってもう片方の手を振った。
でれっとした笑顔で何人かの男が手を振り返す。
ずどん、と接続端子を破壊された防火壁が両者の間に落ちた。
こうしてAブロックも抜け、レガシィはいかにも宝物庫ですと名乗りを上げている扉の前にたどり着く。
通路の右側に暗証番号入力と指紋認証、網膜認証があるのだが、レガシィは装置のすぐ下のあたりに手を当てた。
ピ、とすぐに暗証番号のロックが解除される。
「いい子ねぇ。大人しくしてるのよ」
数分時間がかかり、さらに指も当てていない指紋認証のロックが解除された。
「網膜認証か……」
それに関しては機械を操作して実際に網膜をあてる。
ブブー、というビープ音ではじかれ、レガシィは笑った。
「ま、当たり前ですけど」
そして同じように壁に手を当てて十分ほどでようやくそれも解除した。
ロックを解除した扉を開き、死体安置場所のように味気なく棚が並べられた部屋の中、
片っ端から棚を漁り貴金属に目もくれず数分で目当てものと対面する。
それは黒い大理石で作られた獅子頭の女の像だった。
『時代の獅子』である。
レガシィは喜びの声もあげず、黙って『時代の獅子』をポーチに入れたが、その像には付箋がついており、『関連資料P−34−5E』と書かれていた。
それに該当しそうな棚を見ると、薄っぺらい紙が一枚入っていた。
何かの走り書きの紙切れで、お粗末すぎてここにあるのが不自然だ。
こんなゴミみたいなものでも保管する価値があるほど、ここには重要な事が書いてあるのだろうか。
興味本位で文字をたどると、そこには『ロゼッタ社』、『プロジェクト・アテム』と書かれていた。
走り書きのメモにはさらにこう書いてある。
『エジプトの太陽信仰があった地域に邪神の魂を降臨させた巫女との交配を重ねることにより
人の世に邪神を作りだす禁忌が行われていたとの報告がある。
記録によると、邪神を宿した巫女には本来遺伝情報に乗らない細胞情報――ヒドゥンジーン(隠された遺伝子)というものが解放されており、
実際に秘密結社ギーメルギメルではヒドゥンジーンの解析が行われている』
つまりは、何ものかの魂が本来存在しないはずのDNA情報を染色体上に押し上げ、遺伝させるといった技術なのだろうか。
法王庁が規制をかけているロストテクノロジーの一つだが――
「邪神増やされたらたまんないねぇ……」
数ヶ月前。
日本、東京――九門高校にて邪神アサドアスルとの激闘を繰り広げていた二階堂礼穏。
その技術の果てに生まれたアサドアスルの半クローンとなる彼女にとって面白くもない計画だ。
しかも、この話は夢物語ではなく、事実邪神を人間界に引っ張り出す事が出来る。
二階堂礼穏という名称を消されて今ではどこでも『ハイパーレガシィ』と呼ばれる。
超越の遺産という意味で呼ぶ人は羨望と期待の眼差しを向け、過度の遺産という意味で呼ぶ人は拳銃を向けてくる。
だが、彼女が何を目的としているのかは、多くの人間が知らない。
「……キミなら、立ち向かうよね」
ぐっとその紙切れも握り締め、レガシィは再会を約束した彼に問いかけた。
――当然だ。踏破する。
そんな返事が聞こえたような気がした。
<TO BE NEXT STAGE! ⇒ <天使の顎>season2'《Power of give and snatch》>
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