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NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
32 *超越/HyperLegacy*1
 当時は何も考えられず、漠然と物事が処理されるのを他人事のように傍観していたが、それがようやく自分達の事だと気がついたのはつい最近だった。
 アサドアスルとの戦いで敗北を喫して、そして黒金絹夜がいなくなってしまってあっという間に一カ月が過ぎた。
 その時の傷で病院に運ばれ、全員が無事一命を取り留めたものの、無くしたものが大きすぎて互いに沈黙を守っていた。
 特にクロウはアサドアスルの邪眼に中てられた上に近しい者の喪失を味わったのは初めてで今でもふさぎこんでいる。
 最も軽傷だったジョーは新学期の始業式には出席したが、名倉校長の死亡で代理となった教頭がだらだらと長い話をしていたので中抜けしてきた。
 何人かの空気の読めない生徒に、九門高校が襲われた時に出した妖怪は何だ、と色々聞かれたが睨みつけて黙らせた。
 銀子もユーキも、あの事件が原因で入院している事になっている。
 ルーヴェス・ヴァレンタインはひと通りの応急処置が行われるや否や、そのまま法王庁のタンデムローターで運ばれていった。
 何でも、世界に対する反逆罪で法王庁が指名手配していたらしい。
 しかし藤咲乙姫は彼の魔力部分がごっそり抜けおちて最早オーバーダズを呼び出すことさえできないと言っていた。
 だが、黒金絹夜は完全に存在が忘れ去られたかのように、いいや誰も口にしてはいけない事の様に扱っていた。
 木刀とバッグを担いで昇降口を下りると、並ぶ桜の花に小さなつぼみが硬く芽吹いているのが見えた。
 春が来てしまう。
 あの人がいないというのに。
 そして、彼女も煙の様に姿を消していた。
 二階堂礼穏。
 消えていたのは彼女だけではなかった。
 黒金絹夜が乗っていた黒光りするバイク、それに彼の自宅にあった資料、家財道具の全て。
 幻だったと念押しするように消えてしまった。
 ジョーも傷ついていないわけではない。
 黒金絹夜がいなくなってしまった事、そして仲間たちが傷ついている事。
 何より、脈守としての力が不十分だった事。
 考えれば考えるたびに償わなくてはいけない罪を掘り返しているような気さえした。
 変わりゆく季節、街の中、世界。
 いつもそこにいた自信にあふれた、獅子のような女の子。
 本当は子供っぽくて無邪気で寂しがり屋な魔術師。
 自分の魂がまるで欠けてしまったような喪失感。
 そうか、彼らと自分も混ざり合っていたのか。
 鉛色の空を見上げる。晴れるでもなく、雨降るでもなく、気圧の音が耳に痛い。

「ただいま」

 ボロも馴染んだ我が家に戻ると、長女の春野が困惑した表情で玄関先まで迎えて、そしてそこから見渡せるリビングにちらりと視線を送った。

「兄さん、お客さん……」

 視線を向け、ジョーは奇妙な取り合わせに愕然とした。
 一方は部屋の中のボロ加減に最早感心しているお嬢様、伊集院ユリカである。
 二階堂礼穏の所在について問いただしに来たのは目に見えていた。
 もう一方は、大きなトランクを座っている椅子の横にトランクを置いた字利家ひとみだった。

「ひとみさん!」

 ユリカはどうでもよかったので字利家ひとみに駆け寄り、ジョーは思わずその手を取る。
 クリスマスのあの日以来連絡がつかなかった彼女と久々の対面だった。

「触るな」

 とげとげしい態度で手を振り払う字利家。
 その原因はユリカにあるらしく、彼女はチシャ猫の様な意地悪な顔をしてうまくいっていない二人を見ていた。

「伊集院……お前、何か余計な事言ったんじゃないだろうな」

「ええ。”鳴滝ジョーは貧乏と貧乳がお好きなのね”と、言いました」

 めちゃくちゃ余計な事じゃないか。
 確かに字利家の体型は女性的な丸みのあるタイプではない。
 ただ、二の腕にしっかり筋肉がついているムキムキのお嬢様がそんなピンポイントな嫌味を言うのもお角違いな気がした。
 なんで俺の周りは扱いづらい女ばっかり……。
 口に出そうになったのをなんとか抑えてジョーは字利家にだけお茶を出した。

「鳴滝! なんですの! その態度!!」

「ひとみさん、今までどこにいってたの……? 心配したじゃない」

「それはお前の勝手だ」

 言葉の暴力をふるいながら何か後ろめたいことでもあるのか視線を落とすと
 字利家は肩にかけていたバッグから数枚の写真と紙きれ、そしてハンディカムビデオカメラを出しテーブルの上に並べる。

「これ、二階堂さんですの?」

 覗き込んできたユリカの言うとおり、写真に写っていたのはレオの背中だった。
 彼女は照明台に並べられた手のレントゲン写真を見上げており、身につけているものはジーンズだけだった。
 別の写真ではレオの右腕の先端が生ハムのような断面を見せていた。
 流石にユリカもそれには驚いたようだった。

「彼女のサイバネティクス義手の接続手術に立ち会っていた。
 非合法なもので、行き先は言えない。それに、二階堂礼穏という少女の戸籍も法王庁の圧力によって抹消された」

「……じゃあ、レオはもう存在しない事になっている、っていうこと?」

「サイバネ義手の接続手術の後、コンタクトがあって魔女たちに会ってきた」

 字利家は慣れた手つきでビデオカメラを操作して映像を再生される。
 小さな画面の右上に出ていた日付はどこの国の時間だかは定かでないが、信じるのならつい先日だ。
 そこにはフランス人形のような少女とマントの様なコートを羽織ったレオが向かい合って座っていた。
 人形の様な少女の後ろには何人か女性と思われる影が立っている。
 その一人がバラ糸の髪を持つ神緋庵慈、背筋を正して魔女たちと距離を置いて立っているのが藤咲乙姫だとジョーにはわかった。
 子供部屋のようなその場所は正面の窓から燦々と光が入って二人はシルエットだけが見えた。
 表情などは一切うかがえない。
 レオがようやく動いてテーブルに二つ、『時代の獅子』のオブジェを置いた。
 黒い獅子頭の女性の像で、台座にはアラビア語で『時代の獅子』、つまりはアサドアスルと刻まれている。
 それを手に取ったのが神緋庵慈だった。

『なぁに、この趣味の悪い像』

 藤咲乙姫が答える。

『アサドアスルの信仰が行われていた場所で見つかった『時代の獅子』と言われるオブジェです』

『ふ〜ん。お金になるの?』

 関心のなさそうな庵慈の手からひょい、と長身な女性が『時代の獅子』を取り上げた。
 そしてじっと先端の獅子頭と睨みあう。

『……こいつ、邪眼だ。獅子の目に邪眼の網膜が張り付けられている』

『何それ、楽しそう〜。私にも見せてぇ〜』

 かつ是つの悪い少女が長身の女から『時代の獅子』を受け取った。
 大きなメガネをかけているのか、レンズがぎらりと輝いた。
 少女は獅子の頭の方ではなく、底の裏面を見てまるで鑑定士の様に叩いたり指でなぞったりしている。

『これ、なんか意味あるみたい〜。ただの像じゃないっぽいの〜。
 ここにちっさい切れ目があるじゃない。何かのエネルギーを邪眼で受け取って、この切れ目の形状に放射する装置みたいだよ。
 ……内角140度ってところだなぁ。なんだっけなぁ』

 両方を手に取りながら少女は首を貸しげる。
 そこにレオが呟いた。

『9?』

『そうそう、九角形! エニアゴーン!』

『こいつは全部で9つあって、囲むように置くとお互いに作用する、という事でいいんだな、”機械仕掛け”』

『あい、恐らくは』

 長身の女に『時代の獅子』を戻して”機械仕掛け”は”真実”と”先見”にも確認してもらうように言った。
 残った長身の女は”隻眼”と呼ばれ、五大魔女のうち4名が一つの部屋にいる事になる。
 その正面で座っていたレオ戻ってきた『時代の獅子』のオブジェを見つめながらしばしば攻撃的な口調で言った。

『残りはどこ』

『おっかな〜い。流石は邪神候補ちゃん?
 集めるの? こんな一銭にもならなさそうな像』

『ヘラクレイオンをもう一度開く。それで……』

 説明の出来なくなったレオにかわって乙姫が黒金絹夜がアサドアスルと共にヘラクレイオンに封印された事を伝えると、
 神緋庵慈だけではなく、他の魔女も言葉を失っていた。

『”腐敗”は強いよ〜? 本気だしたら街一個ぶっとんじゃうって』

『いや、物理的には非常に優れた戦闘タイプだが、精神面では人並みのガキだ。
 おかしくない結末だろう。しかし決着のついたものを何故また掘り返す。
 仇討をするには少々厄介な相手なんじゃないのか』

 今度はレオからゴールデンディザスターという邪眼についてを説明した。
 効果不明、詳細不明の邪眼だが、使い方さえはっきりすれば明確にアサドアスルを止められる感触を掴んでいた。
 自分の目的はゴールデンディザスターの完全操作と、『時代の獅子』の収集、解明、そしてヘラクレイオンから黒金絹夜を連れ戻す事と説明した。

『法王庁は貴方を狙ってるじゃない。あんた賞金首なのよ?
 私らもあのカビ臭い連中にどんな嫌がらせされて貴方の敵になるかわかんないわ。
 そんな中で独りで悠長にお宝コレクション出来ると思ってんの?』

 確かにそうだ。
 ゴールデンディザスターに関しては彼女にしか出来ない事なのでさておき、
 『時代の獅子』を探す方は独りではどうにも出来ない可能性が非常に高い。

『誰も力を貸せないのよ。あなた、それでもヘラクレイオンを開くの?
 何年かかるか、わからない。もしかしたら一生成し遂げられないかもしれない。
 開いた先に待っているのが希望的な未来とも限らない。それでも、あなたはやるの?』

 諭す様な口調でレオを追い詰めた”真実”。
 だが、レオはあっさりと答えた。

『やる。世界を敵に回しても、彼を迎えに行く。
 逃げてる場合じゃないんだ』

 サイバネティクスの右手を握り、レオは黄緑色の冴えた瞳を魔女たちに向けた。
 その横顔は驚くほど黒金絹夜に似ていた。
 あきれたような溜息と、息を飲む沈黙の果て、今まで沈黙を守っていた”先見”がレオに尋ねた。

『ヘラクレイオンを、いつに開くおつもりですか』

『出来るだけ早く』

『十年?』

『一年』

 ”先見”は彼女の返事に怯えた。
 他の魔女もそうだった。
 レオが禁句でも口にしたかのような反応だった。

『そっ、じゃあ今だけ力を貸してあげるわ〜』

 一人呆れたため息をついていた庵慈が乙姫と視線を交わして何か意志疎通した後に甘ったるい声を上げた。

『そうだな、久々のいいカ……いいや、いい商売相手だ』

『あ、ずるーい。私も一杯いいものもってるんだよぉ〜お〜』

 そこで映像が切れ、字利家が簡潔に説明した。

「ここからは全部、商談だ」

 そう言いながら字利家は今度トランクの方を広げて今しがた見た黒い像を取り出す。
 間違いない、『時代の獅子』だ。


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あきゅろす。
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