NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
31 *哀別/Here*2
夜明けか黄昏かわからない。
ただ、オールドブルーの空の中で黄金いろの太陽がとろけていた。
混沌だった。
混ざり合っていた。
――この夜明けは二度と目覚めぬ。
「……夜明け?」
――太陽は二度と昇らぬ。
「……黄昏?」
――どちらでもない。世界があいまいのまま焼きついた。
「……混沌」
――いかにも。
あの時の夜明けに似ていた。
あの時の黄昏に似ていた。
清らかな風の中、自分は一人太陽を見上げていた。
――さぁ、交り合おう。私とお前。そこに境などは無い。私の中へ。
そうだ。
知っている。自分と彼女の魂がそうある事を望んでいる。
――契りを。
「……あれ?」
何と言ったか。
アガペー、フィリア、エロス。
そんな名前がついていた。
太陽の方角から声が聞こえる。
絹夜が手を伸ばすと、声は明確になった。
「私が、守るから……!!」
はっと意識が戻る。
うたたねから覚めたような感覚と共に、頭をハイにさせる香りが漂っていた。
「娘……よくも……ッ!!」
反射的にレオが吊るされていた上空を見るとそこには宙空に磔にされた血だらけの手首があった。
言葉にならない悲鳴が仲間達から聞こえる。
血の滴るその床には、真っ赤になった右腕を抱えるレオが黄緑色の輝く瞳でアサドアスルをじっと睨みつけていた。
そのアサドアスルもレオに視線だけを奪われており、両者の間で魔力のぶつかり合いが均衡状態となっている。
「レオ……ッ!!!」
彼女は憎しみと虚空に沈む大事な人たちと自分の右手を引きかえた。
痛みに耐えかね泣いていた。
それでもアサドアスルから視線を外さないよう食いしばって耐えていた。
「お前……何だ、その邪眼」
罠にかかりかけた獲物を逃がされ、怒りをあらわにするアサドアスル。
だが、彼女の邪眼はレオの邪眼から逃れられていないようだった。
アサドアスルの言葉がひっかかった。
レオの邪眼はアサドアスルと同じゴールデンディザスターのはずだ。
「バラバッ!!」
すぐさま絹夜はオーバーダズを召喚し、半身に装備する。
それを合図に仲間達が戦闘態勢に入った。
土蜘蛛がルーヴェスを運び、レオを止血するがどちらの血も止まる量ではない。
ルーヴェスがどんな術を遣っているのか怪しいものではあるが意識がはっきりしているようだった。
しかしレオはだんだんと苦渋の表情になっていく。
「お前達、玩具のくせに……目障りだ」
アサドアスルの左腕が彼女の頭上に上がり、コブラのように構えられた。
前屈姿勢になったアサドアスルがとうとう敵意を以て動き出す。
「相手になってやる」
視線だけをレオに向けたまま、アサドアスルが絹夜の銃弾を左腕一本で受け止めた。
着弾したのは彼女のドレスの袖の部分で、まるで黒い布切れが生き物のように動いている。
意志のある大鎌を纏っているようなものだった。
的が小さすぎる。かといって彼女の手足を拘束している台座も破壊するわけにいかない。
「私、教師として二階堂さんの想いに応えます!!」
前に出たのは銀子だった。
もうすでに銀色の狼の姿をしており、何を言っても引く気配はない。
「突っ込んでくれちゃって構わないよ」
クロウは防御の印を重ねて構成していた。
「ユーキちゃん、じゃその二人は任せたかんね」
ジョーに応じてユーキは頷き、ルーヴェスとレオを守る位置に着いた。
「そいじゃ、やっちまおうぜ、きぬやん」
「……ああ」
オーバーダズやら魔力の一切を纏わないで木刀一本を肩にかけるジョー。
そして魔力が暴走しているにも関わらず精神を保つ異様な状態の絹夜。
「終わらせよう」
先頭に躍り出たのは銀子だった。
すかさずそこにアサドアスルの黒い鎌が落ち、銀子はそれを両手で受け止める。
銀色の毛に真っ赤なものが滲み出るが、彼女はそれを離さず抱え込むようにしてふんばった。
鎌の攻撃を抜け、ジョーと絹夜がさらに前に出る。
アルスアサドの指が動いたが青い魔法陣が浮かび彼女の魔力は届かなかった。
隙が出来た!
そう思った刹那アサドアスルの腕が前に突き出されジョーの胴を抉る。
「……ッ!」
驚いたのはアサドアスルの方だった。
その左腕もジョーに掴まれ自由を失った。
それも、強引に引き戻そうとしても相当な腕力を持つアサドアスルの腕がピクリともしなかった。
ジョーは五感覚醒で体の痛みを抑え、さらに腕力まで操作してアサドアスルの腕も放さない。
がしゃり、と重い金属音がアサドアスルの額につきつけられる。
刹那だった。
アサドアスルの邪眼がぎょろりと絹夜を見て、そして咆哮した。
彼女の口からは獅子の咆哮、それによる衝撃波が放たれる。
重心がずれて絹夜が打ち抜いたのは背もたれの部分だった。
好機を外した!
次の瞬間、アサドアスルが反撃に出る。
突き刺さった左腕の爪をジョーから引き抜きながら切り裂き、銀子が抱えていた鎌も刃がこすれ合う金属音と彼女の血を引きながら抜かれ放たれた。
それはまっすぐにレオに向かい、しかし彼女をかばったユーキの背中を刺す。
さらに、邪眼ゴールデンディザスターが後方で更なる守護の魔法陣を完成させ掛けていたクロウを襲う。
グルルルルル……。
敵を薙ぎ払って獣が喉を鳴らすような音を放ち、アサドアスルが右から左に首をゆっくりと睨んだ。
「ごみ虫どもめが」
レオは手を床に着き、息を荒くしていた。
そんな満身創痍無状態でアサドアスルを捕えた事だけでも異常な出力だったのだ。
左手の拳を握る事で彼女は意識を繋ぎ止めているようだった。
力の根源である血が流れていく。
体の芯である精神が壊れていく。
アサドアスルは圧倒的に強い。
それに、傷ついた仲間を放っておいて奇跡なんて待てない。
ようやくよろよろと立ち上がったジョーだが、言い返す言葉も無くふと絹夜に視線を向けた。
彼はどういうわけか酷く落ち着いた表情をしており、そして大きく息を吐いた。
何故、そんな穏やかなのだろう。
ジョーの頭に不安がよぎる。
絹夜の銃口は下がらず、何度も何度も魔力と銃弾の応酬があった。
恐らく彼が扱える魔力の出力の限界である攻撃に対し、アサドアスルは封印を免れた肩手一本で余裕を見せながら応じている。
レオがゴールデンディザスターで封じていなければ勝機すら見えない相手だった。
しかし、彼女の体の限界も近づいてきている。
満身創痍、その言葉がしっくりくる状況だった。
「そうだ、そうだ! お前が抗えば抗うほど、絶望は深く、甘く熟す!」
再びアサドアスルが獅子の咆哮を上げた。
それは銃を構えていた絹夜に直撃し、彼の体は片手を地面につけ押さえていながらも数メートルも下がる。
そこで絹夜は何を思ったかゴールデンディザスターを持つアサドアスルにオクルスムンディを使った。
バラバを消し、青白く染まる瞳にさらに意識を集中する。
「……何のつもりだ」
ゴールデンディザスターの能力は未だにはっきりしない。
相手の視線を反射、模倣だかをしているだけは確かだ。
どちらでもよかった。とどのつまりは、通用しないわけではないのだ。
咆哮した前傾姿勢のままアサドアスルは捕えられ、そして彼女の邪眼も絹夜を捕えていた。
均衡の意味がわからない。
血を流し、意識を蒙昧させた仲間を庇うのに今最も望ましくない手ではないか。
アサドアスルは眉をしかめた。
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