[携帯モード] [URL送信]

NOVEL 天使の顎 season2’ OVERDOSEEXOCIA
30 *終幕/Ending*3
 校庭のど真ん中、9つのゲートが解放され現れた9の魔法陣、その中央でひときわ目立つ血色の文字。
 アサドアスルがこの奥にいる。
 個々の心情をあざ笑うかのようにその文字はぬるぬると移動し始め組み換わった。
 ――私は過去。私は未来。現在にしか存在できぬか弱いお前達に、この私の存在を否定できるはずが――

「無い」

 それはレオの口から洩れた言葉だった。

「二階堂……さん!?」

 彼女は少し苦しそうな顔をして、首を振りそしてその唇に喋らせたいだけ喋らせた。

「私はアサドアスル。千年の昔の邪神。百年未来を支配する統治者。
 そして、お前達を喰らい尽くす獅子である。覚悟は良いな、我が生贄たちよ」

 じわり、と赤い血の文字が溢れだし、あっという間に絹夜達を包囲する血の魔法陣となった。
 そしてまるで嵐のように立ち上り、一面を真紅に包み揚げた。

「行こう、混沌なる永遠へ! 全ては始まりと終焉を繋ぐ無限ループ」

 前が見えない。
 仲間の気配も無い。
 探ろうとしたオクルスムンディすら届かず、この真紅がアサドアスルの力の渦である事を絹夜は察知した。

「懐かしい……心が躍る。まるでまさしくあの時の恋心、私の愛した漆黒の人。
 過去は鋼の番人。未来は虚ろな夕霧のヴェールの中。されどお前は獅子の様に歩み続ける」

 レオが呼吸を荒くしながら言葉を吐き出し続ける。

「過去は未来永劫変えられぬ! それに機縁する未来も、永劫に変えられぬ!
 つまり全ては運命。希望も確率もただの幻想。落ちろ、堕ちろ、墜ちて無くなれ!!」

 乱暴にカーテンが開かれた様に赤い嵐が過ぎ去り、全員が何もない白い空間で茫然と立っていた。
 足元に血色の魔法陣、そして目の前には巨大な両開きの扉だけがそびえたっていた。

「……随分、簡素なところに飛ばされてしまいましたね」

 ユーキが扉を見上げながら言った。
 簡素、というより不気味な空間だった。

「ゲートの支配権が外れた」

 絹夜は己の魔力が押さえていたものがはじけるのを感じた。
 ゲートが完全に封印を解いて、まるで内側に眠っているものを通す準備をしているようだった。
 扉には左右に広がる翼や象形文字が並んでいる。
 白く滑らかな一枚石で作られたようなそれにはびっしりと文字、数式、印が刻まれ厳重な封印を受けている。
 それに触れ、ルーヴェスが語った。

「かつて、腐敗に贄とされていたアテムの一族は巫女の体に邪神を下し、一族と交配して邪神の力を持つ子孫をつくりだした。
 その末に誕生したのが、邪神とゲートのDNAを持つアサドアスルだった。
 しかし、参った事に時代の獅子までアテムを食いだした」

「なんだって……?」

「この物語には常に、共食い、同化、混在がつきまとっている。
 同じ食料を巡って腐敗と時代はこの場所で争った。だが、魔法の力を持つ両者に勝ったのは知恵ある人間だった。
 多くの犠牲を出し、アテムは争う魔女と邪神をここに封じた。それがここ、ヘラクレイオンだ。
 アサドアスルがその娘を介して現代に干渉するまではシュレーディンガーの猫のような状態だったがようやく中身が定まったようだな」

 それを聞いて絹夜は九門地下室に閉じ込められて共食いし合っていたウジの山を思い出した。

「既に力を継承していた腐敗は時代に食われ、そしてアサドアスルは自分の後継者が現れるのを待っていた。それが、その娘だ」

 ルーヴェスは恐らく、最初から最後まで知っていた。
 ヘラクレイオンに眠っているのが初代腐敗の魔女か、それとも時代の獅子なのか、それを知るために絹夜達を観察していた。
 そこまでした彼の目的がわからない。

「わからない……何故お前がそこまでしたのか……」

 ストレートに聞くと、彼は高らかに笑い、そしてストレートに答えた。

「お前の母の遺言だ。腐敗を守れ。
 少々単純すぎるかもしれないが、私には野蛮な魔道の力しかない。
 だが、この力で守らねばならん。いや……ならなかった、というべきか」

 彼が守りたかったものは、初代腐敗の魔女なのか、それとも黒金絹夜という新たな腐敗の魔女なのか。
 だが、彼は悔恨の果てにここに立っているようで、本当に目的が尽きてしまったようだった。

「……ベレァナは恐ろしい魔女だった。村を焼き払い、殺戮に愉悦し、おとぎ話から出てきたような恐ろしい魔女だった。
 だが、腐敗の力とお前を守る為に、力を譲り、中途な魔力しかない状態で聖者と戦い、そして敗れた。
 決して、愛を知らない女ではなかった……」

 巨大な剣を掲げる大天使、我が子を守る為に立ちふさがる魔女。
 彼女が死んだのは、決して贖罪の為ではなかった。
 罪を背負おうと、無様であろうと、愛する者の為に立ち向かった。

「…………」

 死ぬとわかっていて挑んだ。

「お前を死ぬほど、愛していた」

 その時のルーヴェスの眼差しは間違いなく父親のそれで、絹夜は熱いものに胸を貫かれたのを覚える。

「私はその軌跡をたどっているだけだ。
 腐敗という切り札を継承しそれでも尚、腐敗の誇りを失わなかった初代腐敗、そしてベレァナ。
 私はまだ、腐敗の魔女という伝説に恋煩い、踊らされている。
 絹夜、教えてくれ。腐敗とは一体何だ……?」

 沈黙ののち、絹夜は振り返り仲間たちと、そしてルーヴェスと視線を合わせると扉に手をかけた。

「行こう、みんな」

 無言の返事、それを受け取り絹夜は扉を押しあけた。
 重苦しい石のこすれ合う音、沸き立つ焼けついた砂の香り。
 目の前に広がっていたのはベージュ色の大理石で囲まれた精緻な神殿の中だった。
 そして、その中には獅子の頭の刻まれた巨大な椅子に座をしめる黒衣の女の姿があった。
 しかし彼女の足元から人間の手の様なものが伸び、両足と右手に絡んでいる。
 その座から動けない状態で黒衣の女は左手で頬杖をつき、開いた戸と、絹夜達をいささか冷めた目で見ていた。
 不遜な態度のまま、彼女は宣言した。

「――我が名はアサドアスル。時代を屠る終末の獅子なり」









<TO BE CONTENUDE!>



[*前へ][次へ#]

2/8ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!