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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
11 *乙姫/dragon*1
 日差しが痛い。
 昨晩から寮の裏でセミが鳴き始めた。
 七月に入ってからもう半ば近くになるがまだ雨が降っていない。
 インド人もアフリカ人もびっくりなじめっぽい熱帯国、日本。
 その首都東京一角の学園もプール開きだ。

「死ぬ……」

 威勢だけがとりえの絹夜だが、夏場の日差しにはこの有様である。
 元々、牢獄生活が長かったために日光には格段に弱い彼は日照りだけでも憂鬱だった。
 だが、現在進行形で炎天下の中、プールサイドでなまっちろい身体を日光に晒している。
 本当は体育の水泳なんてすっぽかす予定だったが、単位制度によってそれは阻まれた。
 進級できないとなると法皇庁に示しがつかない。その上、兄達がそこに属しているとなると、高校程度でつっかえる失態は絶対に晒したくない。
 何より風見チロル筆頭、NGの連中が指差して笑うビジョンが脳裏を駆け巡る。
 恥も仕事のうち、と割り切って他と混ざって素直に水着に着替えたがその際にあまりに肌が白いのを突っつかれて欝になっていた。
 その上にこの天気だ。

「いーちにーさーんしー」

 反対側のプールサイドでは女子が準備体操をしている。
 健全な男子諸君が盛り上がる一方、絹夜の視線は背後の縁に向いた。

「風見先輩、スク水、ハァハァ〜!」

 例のカメラ小僧である。
 とりあえずその辺に立てかけられていたビート板を手裏剣のように投げつけて打ち払う。
 今回は小林をいじめる余力も無い。

「なんか今、おらんかった?」

 絹夜と同じ方向に向いていたガタイのいい男子生徒が問う。
 絹夜は何事も無かったと首を振った。

「ああ、そう」

 関西なまりの口調の男子生徒は正真正銘、先祖代々由緒正しき東北出身の東海林(しょうじ)。
 絹夜に恐れびびり気味なクラスの中で唯一絹夜にちょっかいをだそうというお節介二号だ。
 チロル調べによると、魔女部とは一切関係の無いただの野球部員だそうだ。
 ちなみに、絹夜が地下育ちのホワイトアスパラガスであることを指摘しまくって早速蹴りを入れられたのは彼である。
 くっきりと蹴りの後を残した六つに分かれた腹筋を、むしろ主張しまくった立ち方で東海林は女子のほうに向かって手を振った。
 微妙な、憐れんだ笑い声が返って来る。
 絹夜の位置づけでは、祇雄と別方向で痛い人種に分類されている。

「っか〜、乙姫ちゃん、足、細い〜!」

 どちらかというと小林と同じ分類だ。
 向こう岸で友達を談笑をしている乙姫。

「か、かじゃみしぇんぱい……ッ!」

 どうやらまた這い上がってきた小林。
 もう彼を見てみぬふりをしようと視線を他に外すと絹夜は不意に場違いな物体に気がついた。
 いや、気がついてはいたが、なんとなく視界に入らないようにしていた。
 改めて直視すると気が遠くなる。
 メタリックに乱反射する大きなゴーグル、子供用のキャラクターがついた浮き輪を装備している金髪が一人。
 宇宙人かと思ったが風見チロルにも見えた。

「…………」

 後方で小林が酷く呆けているのが気配だけでわかる。
 絹夜は思わず東海林に視線を投げた。

「ああ、チロ? あいつは去年からあんなんやで」

「…………」

 転校生の絹夜と一年生の小林が我が目を疑うわけである。
 他は慣れているのか、特に気にした風も無い。
 しかし、確実にそのなんだか断定しづらい生き物は異様な雰囲気を放っていた。

「スポーツ万能のチロは全く泳げんらしいんよ。去年、俺、浮き輪つけながら溺れた人間始めてみたわ〜」

 そうか、人間であることは確かなのか。
 絹夜はそう考えるほど現実を受け入れていなかった。

「酷すぎる……」

 一種限界が見えた。
 授業が始まって言われたままに何往復も泳ぐ。
 訓練しようとしなくとも泳げる奴は泳げる。泳げない奴は泳げないのだ。授業内容の薄さに絹夜は内心で毒づきながらも他より早くノルマをこなす。
 さっさとひっこみたいあまりに一番にプールサイドに這い上がる絹夜だが、その瞬間、プールを取り囲む塀の上のレンズと目が合った。

「あ?」

 シャッターが下りる音がした。
 とりあえず、再度その辺に立てかけられていたビート板を手裏剣のように投げつけて打ち払う。
 今度は直撃したものの小林は縁にしがみついたままだった。

「いきなり何をするんですか」

「それはこっちの台詞だ」

 髪を両手で後ろになでつけながら小林に向かうとそこでもシャッター音がなる。

「…………お前、そういう趣味だったのか」

「庵慈先生が買い取ってくれるなら経費になると思って…………」

 いけしゃあしゃあとよく言ったものである。
 おそらく、あの風見チロルの姿を撮るのをどうかと悩んだ小林は路線変更で小遣い稼ぎをたくらんだようだ。
 逞しいというか、懲りないというか、ある意味人類は彼のしつこさを見習わなければならないのかもしれない。
 かといって庵慈に売られても困るのだ。
 絹夜は掃除用のホースを小林に向けて思い切り蛇口をひねった。

「あー、水は無し!! フィルムがー!!」

 裏手に落ちたであろう小林の叫び声を無視して、東海林が朗らかに呟く。

「あ、虹が綺麗やなぁ〜」



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あきゅろす。
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