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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
18 *変則/irregular*2
「いい人じゃないか」

 能天気な祝詞の言葉にほっとしたような、しかし死相ばっちりの顔で揺らめく半透明女性。

「口先だけはいいんだから……」

 ぼそり、と呟く卓郎。
 口下手よりはマシだろう、と祝詞はいつも返すが、今回はそうでもない。
 半透明女性が退いたところで祝詞が、本題に入ろう、と正面に座った。

「改まって、何? チロルの件は乙姫ちゃんに任せたから――」

「ぶっぶー」

「ん? イチゴ大福?」

「何のことだか全然分からないけど、それも違うなぁ」

 とぼけた祝詞。
 こういうときが一番怖い。
 崩れた態勢を正座に直して卓郎はうつむいた。

「何でしょう……」

 祝詞を凝視できず、つい祇雄に視線が行くが、痙攣し始めた彼も見ていられなくなって結局は膝の上にそろえた両手の甲を見つめた。

「字利家に何を吹き込まれた?」

「!?」

 さぁっと血の気が引いた。
 ”tirol → lor it”
(チロル→「それは主なる御神なり」)
 その言葉が頭に浮かぶ。祝詞は知っているのだろうか?
 チロルが神。狩るべき敵なのか?
 字利家はにこりと微笑んだだけだった。
 祝詞は何のことを言っているのだろう。ほかの事を言っているならおかしなことを口走れない。
 だが、黙ってもいられない。

「いつ?」

 聞き返して祝詞の様子を窺う。これほどまでに怖い相手はいない。
 祝詞は外側から、ログで見ているのだ。それを解析できているかによりだが、証拠はいくらでも画面上に吹き出ている。
 字利家と接触した時、あまりの衝撃に祝詞に言えないでいた。
 いつか自分が言った、チロルが”イエス”の一人なのではないかという可能性が他人である字利家に示唆されてしまったのだ。
 そうであれば祝詞はどう思うだろうか。
 NGとしてチロルを狩るのか? それとも全てを裏切ってでも彼女と生きるのか?
 チロルはどうするのだろう。
 本性を表すのか? それとも隠し通すのか?
 そんな可能性は自分の口からいえなかった。隠したかった。

「そうだな、夏休みの直前だ」

「…………」

 まさにそのとおりだ。
 終業式の時、音楽室で字利家に会った。そこで恐ろしいことを聞いた。彼は微笑むだけだった。

「…………卓郎。思いつめるな、別に責めているわけじゃない」

「…………」

 何かやらかしたのだな。卓郎は肩を落とした。そうだ、いつもこうなる。自分が足を引っ張る。

「卓郎、字利家が何言ったか知らないが、もう耳を貸すな。性格悪いぞ、あいつ」

「え?」

「やられたんだよ、お前。まんまと使われたの、しわ寄せのパイプに。
 字利家のバグ、全部うつされちゃって……。男の子でも気をつけなさいよー? 何うつされるかわかんない時代なんだから。
 修正するこっちの身にもなってよねー。これからは色男に気をつけなさいよ」

「…………ご、ごめん」

 ヘンな言い方するなよ。
 内心まだ恨みつつ恐れつつ卓郎は普段どおりに振舞おうと勤めた。
 祝詞はまだチロルのことについて掴んでいるようではないようだ。であるなら、自分の口からは言えない。
 このまま無かったことにしたい。

「あーっとそれからな、字利家をこっちで探したんだ」

「え? いたの!?」

「探したんだ――が、いなかった。まあ、それらしい候補は上がっているからコンタクトとってみる。
 俺んとこのPCでやるわけにもいかないから、こっちの時間軸、一ヶ月、そうだな、夏休み中は空けるから、チロルにそう言っておいてくれ」

「今から?」

「んああ。じゃ、後のこと頼むぜ〜」

「…………」

 後のこと?
 ふと、祇雄が目に付く。
 灰になったボクサーのように精気のない顔だ。いまさらいいだろう。
 いいや、そうじゃない。祝詞がいっている後のこと、というのはチロルのことに違いない。
 ぺたぺたと短い足でまたも風呂場に戻っていく祝詞。今回は言伝だのために出てきたのだろう。

「…………ふぅ」

 小さな背中を見送り卓郎は心労の世界から現実に戻った。
 常軌を逸した状況といえば変わりないのだが。


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