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NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
17 *流星群/StarRain*4
 廊下を駆けずり回って生徒たちに伝達をする、そう言い出したのは庵慈からだった。
 他の学校も季節違えど利用するこの宿舎には、宿舎全体に放送が流せる設備がある。
 朝の集合もこれでかければ同伴の先生方も楽になるだろうという配慮からだ。
 大抵の宿舎にはこのような設備がついているが、庵慈はせっかくだから自分が生徒の顔も見に行くと言い出した。
 もちろん、彼女の申し出に他の教員たちは二つ返事で、後は手馴れた押し付けで新米を手伝わせればいい。
 そうして庵慈は宿舎内を堂々歩き回っているわけだが、本当の目的は別である。
 
「さて、字利家くんはどこに潜んでいるのかしら……」

 昼間、字利家に遭遇してから庵慈は警戒態勢に入っていた。
 字利家蚕。生徒名簿にはない生徒。そして、彼がここに来る予定も無かった。
 だが、絹夜、またはチロルを監視するために近くにはいるだろう。
 宿舎内には陣を構えているはずだ。
 長い廊下を小走りに行く。そう簡単に見つからないものなのだろうか。
 男子生徒の階、女子生徒の階、地価遊戯室、ロビーを探してみたが姿は無い。
 大抵、女子に取り囲まれて目立つはずなのにどうにも人気が無かった。
 原因は地下遊戯室で繰り広げられている卓球勝負なのだが火をつけた庵慈はすぐに現場を離れたため、知る由もない。
 おおよそに伝達をし終えたし、一度その伝をしようと教員用の階に降り閑散とした廊下を歩いていた時だ。
 自分の部屋を通り過ぎた時、無意識に邪眼が開いた。
 燃えるような丹田。一体何が起きたのだろうか。
 自分の身体が突然に警戒態勢にはいった。
 まさかと思って邪眼をこらし、割り当てられた自分の部屋を見る。
 紙にデカデカと書かれた保健用の文字と木目のドア。その向こうには濃密な気配が漂う。
 いる。
 なにも無ければ虚空が見えるはずだ。
 目が感じているその気配は間違いない。字利家だ。

「一体、どうやって忍び込んだっていうのよ……!」

 教師用の部屋は二階だ。周りに木々も無くよじ登って入れる高さではない。
 それに、間違いなく窓にも戸にも鍵をかけたはずだ。
 ポケットから借りていた鍵を取り出し鍵穴に差込む。
 ここで大げさに構えるのは格好悪い。庵慈は極普通に自分の部屋に入るようにドアを開いた。
 今日、広げた用具はそのままの位置で、何をされたというわけではない。
 だが、非常に気分が悪かった。
 低い窓枠に腰をかけ、優しく微笑む天使の笑顔。

「お仕事、大変ですね」

「字利家君、先生に無断で入ってくるなんて……卑怯よ」

「でも、廊下で語らえるような内容は退屈ですよ。あなたが僕に聞きたいのはそんなことじゃないはずだ」

「よく分かっているじゃない」

「ええ」

 後ろ手に鍵をかける庵慈。
 どうやって侵入したかは知れないがここで逃げられるわけにはいかない。

「早速だけど、魔女部書記の字利家くん。<天使の顎>って何かしら」

「はン、さすが先生。目の付け所が生徒たちとは違いますね」

「答えてくれるからここにいるんでしょう?」

 開け放たれた窓からはまだ蝉の声が吹き込んでくる。
 夏の空気が心地よいはずだが、庵慈は息を止めて唇の奥では歯を食いしばった。
 それほど字利家の能力が見えない。
 せめて力量が見えればどうにかなるものの、それすら一切、彼は見せない。
 なんとも性格の悪いやり口だ。

「<天使の顎>……。あなたの飼い主の法皇庁が躍起になって探している世界をひっくり返すお宝、なんて言うのではどうでしょう」

 法皇庁の名が出て庵慈の表情はあからさまに嫌悪に変わった。
 だが、字利家のにやけた顔も一気に冷めた。

「的場ダイゴ。法皇庁のエージェントであり、陰楼には黒金絹夜の魔女部殲滅準備のためやってきた。彼が動きやすいようにね。
 だが、その任務の途中思わぬアクシデントに見舞われ一緒に行動していたあなたはやむなく法皇庁の犬となり、的場ダイゴの後任を果たしている」

「…………! どうしてそこまで」

 的場ダイゴ――庵慈の恋人が法皇庁のエージェントであることは陰楼の誰もが知らない。
 衣鶴でさえ詳しいことは知らないはずだった。

「あなたの予想以上に僕の手は長いようですね。あなたは黒金絹夜の協力者だ。彼と意向は同じ、魔女部殲滅でしょう。
 しかし、法皇庁の目的はそうじゃない。魔女部が守っている<天使の顎>だ。
 魔女部を殲滅させ、<天使の顎>を手に入れる、それが法皇庁……いいや、浄化班責任者、黒金代羽の企みだ。
 あなたもそれには薄々感づいているから<天使の顎>のことから聞いてのでしょう?」

「全くもってその通りよ。忌々しいくらいにね」

「ただ、権力を狙っている策略なら僕も魔女部に<天使の顎>なんて大事に守らせたりはしません」

「ん?」

「……ふふ」

 庵慈が字利家の言葉に目を見開くと、彼は満足そうに微笑んだ。

「守らせる……?」

 まるで自分が魔女部に命令を下しているような言い方だ。

「あなたが……魔女部を作ったの!?」

「いいや、そこまで回りくどいことはしませんよ。ただ、そんな場所があったから利用させてもらったんです。
 今思えば、僕はもう少し、厳しくなるべきだった。人間の保護者、友誼のラファエル、そんな天使の名は捨てたというのに、僕は人間に甘すぎる」

「…………?」

 突如話を脱線させた字利家。
 ただただ後悔の念を大真面目に吐き出す字利家の言葉が濡れて湿ったように重い。
 悔恨と安らぎが映る彼はそれでも微笑んだ。

「僕はね、黒金の両親ととても仲が良かったんですよ」

「!?」

「僕と彼らは、協力し合って”神”を探した。そう、やっていることはNGと同じだ。”神”を刈り取り、秩序を取り戻した。
 そして、僕らは法皇庁に浄化班というコミュニティーを設立し、この世界でも”神”を討ち果たした。
 それで終わればよかった……」

 庵慈の心臓が早鐘を打った。
 字利家はとてつもないことを言っている。
 本気で真相を吐き出すつもりなのか?

「…………」

「…………」

 怖い。
 何かやばい話だ。今なら知らなかったで引き返せる。
 今までそうやって華麗にかわして生きてきたではないか。
 庵慈は思わず耳を塞いでしまった。

「……ん、聞きたくない!」

「…………」

 庵慈の邪眼が真実を捉えかけ、警告を発していた。
 これ以上は危険だ。これ以上は、危険だ!

「そうでしょう? 無駄な詮索はよしてください。僕は君たちを傷つけたくは無い」

 その余裕溢れる言葉の流れも、憂いた目も見たくはない。
 真実を見てしまうのが恐ろしかった。
 ”真実の魔女”といわれながらそれを恐れる自分が情けない。
 だが、分かっていても身の安全が先だと本能が叫んだ。
 目を閉じ、耳を塞いだまま、それでも貫通する蝉の声に意識を預ける。
 見たくない、見たくない、見たくない。
 三回唱えて目を開くと、窓枠の天使が消えていた。



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