NOVEL 天使の顎 season2 ジュブナイル編
17 *流星群/StarRain*2
「もしかして、意外と仲良しさん?」
「ガブトムシと野球くらい関係ありません」
裂が見下したような視線で庵慈を睨む。
だが、庵慈はカラカラと笑ってチロルに振った。
「マッキー、のぼせてるの?」
「私もそう言ったんですが……」
「貴様ら、そろいもそろって! しかも”マッキー”ってなんだ!」
「マッキーミウス」
「何それ」
チロルも庵慈の顔を窺った。
「…………。あんた達、旅行中になんかやらかしてみなさい。とっ捕まえて武○鉄也の歌をエンドレスで聞かせるわよ」
「!!」
何を開き直ったか世にも恐ろしい刑罰である。
たとえそんなことが冗談でも背筋がブルリと震えた。
そんなことされたあと、標準語が訛るのは必然、意味も無く髪をかきあげまくるに違いない。
「で、喧嘩は禁止。仲良く、手を取り合うのよ?」
庵慈が無理矢理にチロルと裂の手をとって握手させると外見からは想像できない握力で握りつぶす。
にっこりと笑顔で偽装した庵慈だが、こめかみには青筋が浮いていた。
「生徒側に強要して責任問題の発生をさし止めるのは間違いですよ、先生」
「あら、牧原君は海援隊が好きなの?」
「はっはっは、先生、年代が二昔も古いですよ」
「あら、ごめんなさい〜」
ぎしっと握手をした腕が軋んだ。
意地になっている裂はともかくチロルは巻き込まれるままにされている。
「痛い! 痛い!」
「耳元でうるさいです」
「だから、喧嘩御法度って言ってるでしょ、牧原!」
「庵慈先生、手を放してください!!」
まさに三つ巴、誰が何を言おうと悪化の一途だ。
もういい加減無視をしよう。ギャラリーも冷め、視線がなくなった時だ。
カシャリ。大げさなほどのシャッター音が耳に入って三人は庵慈の後ろあたりに目を向けた。
携帯の背を向けつつもその画面を見てにやけている小林。
「…………」
「うわぁ、私服の風見先輩だぁ」
満足いってよかったな、とは言えないチロルはいつもは相手にしていない小林に鋭い視線を向ける。
他二人も白々しい目で彼を見ていた。
小林は画面に納まっているチロルの画像を見て何やら気味の悪い笑みを浮かべていた。
これほどまでに痛々しい視線を投げかけられてよくも気がつかないものだ。
感心もほどほど、ようやく小林が気がついて携帯を隠す。
「…………小林」
「あ、牧原さん」
あ、牧原さん、じゃねえだろ。
口は動かずとも裂の表情が明確にそう訴えた。
「イケナイ子がまた増えたようね……!」
「な、なんですか? 庵慈先生」
蛇睨みというヤツで小林を抑えた庵慈。無意識に邪眼も開放して本気である。
彼女の事情はさておき、どうせ旅行中の責任を押し付けられかねないからだろう。
陰楼学園の教師人は逃げに長けている。ちょっとでも隙を見せれば祇雄のように使えるまで使い古すカモになるだろう。
魔女庵慈とてそれは変わらない。いくら力があったとて押さえ込むスタンスを取っていない以上利用できるところは利用されるのだ。
さらに今回はどうもトラブルメイカーたちの参入が大きい。
これでは心穏やかではないはずだ。
あれこれ考え、チロルはドサクサに紛れてそっと一歩引いた。
そして、また一歩、また一歩とフェードアウトを試みる。
ある程度後退するとチロルは背を向けてそのままトンズラを決めかけた。
「逃しません!」
背後、裂が人差し指と親指で作った円の中にピンポン玉を構えた。
そして勢い良く、筒状にした手を小鼓の容量で叩く。すると、ポン、とコミカルな音を当ててピンポン玉は真っ直ぐ飛んでいった。
チロルの後頭部に直撃したピンポン玉は数グラムのボールらしくもない威力を持っていたのか、彼女は前のめりになってそのまま床に伏す。
「僕のコーヒー牛乳の件、忘れたとは言わせませんよ!」
「みみっちい男だ……!」
後頭部を押さえながらぴょこんと立ち上がったチロルの目には闘志の炎。
理知的で優等生、しかし同時に火のつけやすい性格でもある。
困ったことに裂もおかしなところにスイッチがあるタイプで、ひとたびオンになると吹っ切れてしまうようだ。
「黒金の前に三枚におろしてやる!」
「望むところだ!」
裂が振り上げるソウルイーター。チロルは銃を持っていないがそれでも素手で充分か拳を構える。
危険な雰囲気に今まで和やかに遊んでいたギャラリーがどよめいた。
ここでやってくれるな、そんな願いが通じたのか間に庵慈が入る。
「ちょっと! 平和的解決って言葉知ってる!? ストーップ!」
「なんなんですか!」
「陰楼で暴れるのはオッケー。でも、ここはよそ様。窓ガラス破って誰が修理費払うと思って!?」
なかなか美しくない理由であった。
嘘でも道徳を語らないあたりが彼女らしいがせめてそういう現実はしまっておいてほしい。
己が心中を吐き出しきって庵慈は唐突に卓球台を指した。
「アレで決めなさい」
「はい?」
「破損を伴う勝負は許さないわ」
よほど金銭的に困っているのだろう。庵慈の目は据わっている。
だが、それに怯えるまでもなく、裂とチロルはあいている卓球台に向かっていた。
「僕が勝ったら詫びてもらいましょうか」
「構わない。しかし、私がかったら――」
買ったところで特に要求のないチロルはそこでつまって語尾を延ばしたまま考えた。
詫びてもらうこともない。
二度とちょっかいを出すな、というのは詫びとは釣り合わない。
「フルーツ牛乳をご馳走になろう」
「まだ飲むのか!?」
いい提案だと思いきや、そうでもないようだ。
だが、撤回すると勢いがしぼんでしまう。チロルは当然と言わんばかりに深く頷いた。
「いいだろう! 庵慈先生、得点を数えていただけますか?」
「いやん、私、これから夕食の席を数えなきゃいけないの」
「…………。そこの銀髪!」
裂がソウルイーターを持ち替えたラバーで指したのは先ほどまで頭上にエクトプラズムでも浮いていただろう仮谷衣鶴だ。
すでにクレイアニメの終わっており、つまらない地方のニュースに切り替わっている。
見るからに暇そうだ。
しかし、衣鶴は裂の声には全く反応しない。口半開きで画面の方向を見ているが、その視点は画面上では結ばれていなかった。
極めてぼんやりしている衣鶴に裂はもう一度声をかける。
「そこのチョコレートアイスを溶けたところから食ってる銀髪」
やはり反応がない。
「衣鶴ちゃん?」
庵慈が本当に肉体だけ残して魂はどこか遠いことろに旅立ったのではないかと心配して呼びかけるといとも簡単に衣鶴は意識を取り戻した。
目の色が戻ってきて衣鶴はいつものようにゆるい表情で笑っているのか重力に負けているのか微妙な表情で首を横に倒した。
「数くらいは数えられるでしょう。得点係りをお願いしますよ」
「えぇ?」
今までのいきさつを全く効いていない衣鶴だが、彼が承諾する前に裂はピンポン玉を宙に上げた。
白いボールが手元の高さまで落ちてくるとラバーで表面をこするように打つ。
強くスピンのかかった玉はネットを越え黒いボードの上の白いライン、壁際すれすれに落ち、角に当たる。
「!」
角に当たった玉はボードから大きく外れた方向に弾かれた。
チロルはそれを追い、手を伸ばす。しかしあと一歩のところで間に合わなかった。
「そんことでは思いやられますよ、風見チロル」
得意気な表情の裂だが、玉の軌道が不自然にもほどがある。
わずかながらソウルイーターの重力を操作する能力を使って玉を動かしているに違いない。
反則といえば反則だが、それを言えばチロルの驚異的身体能力のほうが反則だ。
「早死にしない程度にな」
見抜いたことを告げてチロルはピンポン玉を拾い上げた。
確かに、通常のピンポン玉よりもわずかに重い。隠してはいるが裂は玉を操っている。
「あぁぁ〜! 風見先輩、頑張って〜!」
コソコソと応援する小林。裂の前だからなのかと思えば、コソコソと携帯のカメラを向けている。
そんな小林に誘発され、だんだんと周りの視線はチロルと裂の非破損勝負に集まっていた。
チロルにとってはやりにくい状況である。
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